18:忘れられたものと命
「看護師が来た! 逃げるぞ」
は?
「ひと、ちがい……よ」
は?
「早く隠形印を使え! ちっ、自失状態か」
どう、して、あまき。おぼえて……ない。
「白玉か 何ぞ問はるる 芥川 露と答えて ここに消えゆく」
もやが、かかる。あまきとおれの、つながりがとぎれる。
「戸門さ~ん。包帯変えますよ。あれ? ドアが開いてる? カーテンも?」
だれかのこえ。そのこえが、どんどん、とおのいていく。
あまき、あまき。どうしておれを、忘れて……
「いい加減、起きろっ」
どれほどの時間が経ったんだろうか? 強烈な頭突きが、俺の精神を現実世界へ引き戻す。
病院の外。見知らぬ女性が、こちらを苛立たし気にこちらを見ている。
女性はすぐに鬼の面をつけ、素顔を隠す。
「ちっ。このワタシが残業とは……、クソ上司めっ、こうなることが分かっててワタシに仕事を押し付けたな」
悪態をついて、鬼面の女性、〈正義〉の魔術師は踵を返して帰ろうとする。
「待ってくれ」
「ん? 何だ貴様。ワタシにこれ以上の残業をしろって言うのか」
ものすごい剣幕。表情は見えないのに、イライラしているのが、手を取るように分かる。
それでも、聞かなくちゃならない。
「上司が、春秋が分かっててやったっていうのは、どういうことだよ!?」
「……これはワタシの失言だな」
俺の質問に、魔術師は立ち止まって、こちらを向く。
「忘れろ。戸門のクズ共のことは忘れて、可愛い幼馴染を救うことだけに集中しろ。それが、二番目に幸せになれる選択肢だ」
雨季にも、同じような言葉を言われた。
『あなたが見たのは、何もかもが夢。そうしておくのが、一番幸せな選択よ』
樹木の異世界から帰っていたあとに、雨季はそう言った。
魔術師の言葉で思ったのは、それだけだ。このまま引き下がろうという考えは、全く浮かんでこない。
「覚悟をしていない者には、危険無き道を示し、覚悟を決めた者には、真っ直ぐな道を示す。それが、ワタシの〈正義〉だ。
昔、もう数えることも億劫になるほど昔に、ワタシはそれに従って生きると決めた」
諦めたように、覚悟を決めたかのように、〈正義〉の魔術師は肩を落とす。
「でも、貴様みたいに、不幸な道に落ちることを分かっているバカに道を示すのは、いつも虚しくなるよ」
自らを嘲るかのように笑い、魔術師は再び俺に背を向ける。
「明日、カウンセラー室に来い。仕事の時間中になら、質問を受け付ける」
いた。