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15:せいちゃんと命

今回から、ミコト視点に戻ります

 チクタクと、アナログ時計が動く音で目を覚ました。

 音のする方を見ると、8の数字に近づいている短針が見えた。


(そうだ、俺、雨季に眠らされたんだ)


 微睡の中にあった頭が覚醒し、俺、木村命は現状を理解する。


 公園の魔術工房での会話の後、俺は睡眠薬を飲まされて眠ってしまった。時刻はすでに8時前。異世界への扉は、とうに閉まっている。


「何なんだよっ! ほんと!」


 困惑とともに、工房を出ようと梯子を上る。


『丸一樹という人物は、ほんとに実在するのよね?』


 寝る前にされた質問を思い出す。

 丸一樹。『俺の幼馴染で、生枝先輩の一つ下の妹。中学三年生の時に付き合うことになり、高校一年生の六月に、行方不明になった少女』だ。その感覚はある。助けるために命を懸けていいと思えるほど、大切だった実感がある。


 しかし、肝心要の思い出だけが、ほとんど思い出せない。

 思い出せるのは、幼年時に遊んだ時の記憶と、行方不明になる直前、一緒に実菜と会った記憶くらいだ。


 告白の思い出も、卒業式の思い出も、何も思い出せない。

 それ故に、雨季の予想、丸一樹という少女は元から存在せず、俺は記憶を植え付けられただけという仮説を否定できないのだ。


「くそっ」


 悪態をつきながら、マンホールを持ち上げる。

 一樹の存在を肯定したい感情と、否定する理性が、心を揺らす。


 異世界の門は閉まり、行く当てもないが、何かしなくちゃという強迫観念が、俺を公園の外へと弾き飛ばす。そのときだ。


「お早いお目覚めですね」

「ヒヒヒ、あの薬に耐性があるのでしょうな。ヒヒヒ」


 公園に二つの影が見えた。二人とも、今朝、Sクラスで見た姿だ。

 敬語で話しかけてきたのは、右腕がなく、角の欠けた鬼のお面を被った女性。下卑た笑い声をあげたのは、風船のように太ったピエロ装束の男性だ。


「あんたら、誰だ?」

「〈正義〉の魔術師と申します。取るに足らぬ影の身ゆえ、覚えていただかぬとも結構」

「ヒヒヒ、〈笑顔〉の魔術師。ヒヒヒ」


 俺の問いに、魔術師たちは名を言わず、自らの〈願い〉でもって答える。そして、更なる声が続いてきた。


「二人ともボクの護衛だよ。って、はは、ピエロの身体が大きくてボクが見えてないな」

「ヒヒヒ、これは失礼」


 〈笑顔〉の魔術師を名乗ったピエロが横に退けると、白い髪に三本の黒メッシュを入れた男の姿が見えた。


 校門で会った、Sクラスの代表、戸門春秋だ。


「なんなんだ? 一体」


 突然接触してきた魔術師たちに、俺は困惑を露にする。

 春秋が、むっとした表情を向けてきた。


「『なんなんだ?』は、こっちのセリフかな。編入の書類手続きをお願いしようと、7時に駅に行ったら、君がいなくて、雨季君が血まみれで倒れていたんだよ。こっちの困惑も分かってほしいな」


 クラス編入届なる紙をチラつかせながら、春秋は文句を口にする。

 雨季が「血まみれで倒れていた」という発言が気になる。


「ああ、説明は不要だよ。雨季君のカバンから睡眠薬入りのペットボトルが消えていたからね」

「あいつは今、どうしてる? 血まみれって言ってたよな?」


 俺の質問に、春秋は答えない。口を開いたのは、〈正義〉の魔術師を名乗った鬼面の女性だった。


「現在、雨季様は、市内の病院にて治療を受けています。魔術による応急処置も滞りなく済ませておりますので、命に別状はございません」


 鬼面の魔術師の言葉に、俺はそっと息を吐いた。どうやら、彼女は無事らしい。


「気になるなら、見舞いに行くといい。ちょっと小細工を使えば、この時間でも面会の一つくらいできるだろうさ。あっ、その前に、ここにサインね」


 提案をしながら、春秋はクラス編入届を差し出してくる。

 軽く内容を確認してからサインすると、春秋は満足げな笑顔を浮かべていた。


「はい、ありがとね。あと、ご家族のサインを貰えば、君も晴れてSクラスの仲間入りだ。ボクが家を訪ねて貰っておくから、せいちゃん、木村命君を病院まで案内してあげて」

「はっ」


 春秋の指令に、〈正義〉の魔術師は首を垂れる。〈正義〉だから、せいちゃんなのか? 

 鬼の面のせいで、『せいちゃん』なんて呼称が似合う感じには見えないが……


 春秋が公園を去り、ピエロがそれに続く。公園に残ったのは、俺と隻腕鬼面の女性だけだ。


「春秋様は行かれましたか?」

「ん? ああ、今、姿が見えなくなったとこ」


 平伏したままの魔術師に、答えを返す。すると、魔術師は頭を上げて、俺の方に向き直る。


「あの男の道楽に付き合ってやる必要はない。学生は帰って勉強してろ」

「はい?」


 今までの丁寧な口調がウソのように、投げやりな口調が飛んできた。

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