12:縁結びと雨季
「縁結び、黄泉醜女」
魔術師が口にするとともに、岩壁から黒い靄が立ち上る。靄はそのまま、十人の女性のような姿に変容し、私を囲む。
ヨモツシコメ。古事記などに記載されている、黄泉の住民だ。
そして、それらの靄からは紅い糸が飛び出ていて、その先端は、私に向いている。
「死なない程度に加減はしてあげるわぁ。あなたを黄泉に招いても、邪魔なだけだしぃ」
糸が私に触れると同時に、十体のヨモツシコメが四方八方から襲い掛かってくる。
「uruz、isa、teiwaz」
対する私が持つのは、魔術らしさの欠片もない、二丁のサブマシンガン。しかし、ルーン魔術により改造されたそれは、只人の操るそれとは、比較にならない威力を持っている。
二つの銃口を一方向に向け、一体のヨモツシコメを、黒い靄ごと跡形もなく吹き飛ばす。
そして、そこを通って、挟撃を脱する。
逃げた先。そこは、そのまま魔術師がいた電車のすぐ近くだ。
「Fire!」
と叫んで飛び出したのは、炎の魔術なんかではなく豪速の銃弾。銃口を向けている先は、〈接続〉の魔術師がいた場所だ。
人間の反応速度で避けられるはずもなく、魔術師の身体にハチの巣のような穴が空く。
「愚かねぇ」
しかし、それだけだ。穴から血も出ないし、痛みに呻く声も響かない。
「私は死んだの。幽霊みたいなものよぉ。今さら、ただの銃弾なんて効かないわぁ」
呟きとともに、穴が塞がる。直後、背後から轟音。
見なくても、分かる。先ほど挟撃に失敗したヨモツシコメがこちらに向かってきているのだ。
でもそれは、もう読んでいる。
「kano」
ルーンが示すは炎。カバンの内側に刻み込んでいたものだ。ヨモツシコメたちが最初に襲い掛かってきた場所に、カバンを置いておいた。
カバンの中身は、銃弾と火薬、その他便利な薬物の巣窟だ。炎が燃え移ったら、大惨事になる。
ドゥオオオオオン
カバンの爆発が、ヨモツシコメを吹き飛ばす。これらも、さっきの魔術師のように復活するのだろうが、それでも時間はかかるはず。
その間は、一対一だ。
「シコメちゃんたちじゃ、相手になんないかぁ。で、サシなら勝てると? 半人前の魔術使いが? 私に? 舐められたものねぇ」
「ええっ、勝つわ! 一字咒、急急如律令!」
自信満々の魔術師に、お札を投げつけながら答える。
お札に書かれているのは、不動尊の梵字。不動尊の信仰が魔力となり、あらゆる不浄を祓う炎が顕現する。
死穢を纏った魔術師には効果抜群だろう。
先の銃弾とは違い、魔術師は電車から降りながら、これを躱す。
「えんむ……」
「言わせないわ!」
指から紅い糸を伸ばそうとした魔術師の口に、左手のサブマシンガンをつっこむ。例え、ダメージにならなくとも、口に風穴を開ければ、魔術詠唱はできなくなるはずだ。
「Fire!」
気合と同時に、魔術師の頭蓋が吹き飛ぶ。すぐに元に戻るのだろうが、ここが好機だ。
右手のサブマシンガンを投げ捨て、胸元からピストルを取り出す。
銃そのものに細工はない。ただのピストルだ。特殊なのは、弾丸。ここに入っている六つの弾丸には、不動尊の梵字が刻印されている。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン」
詠唱すると同時に、弾倉が赤熱する。
きちんとしたお札と異なり、真言の詠唱が必要となるが、その隙さえ作れれば、敵の体内で爆発する銃弾の完成だ。
敵を見ると、すでに口元が復活している。しかし、こちらはもう、狙いを定めて、引き金を引くだけ。
魔術の詠唱は間に合わない。
……はずだった。
「習合せよ!」
こちらが狙いを定めるより早く、魔術師が早口で何かしら呟く。瞬間、私と魔術師の間に炎が発生した。
(まだ、目は見えてないはず。苦し紛れか!)
そう判断して、引き金を引く。多少狙いは甘くなったが、距離は近い。
当たれば、不浄を祓う爆発で大きなダメージを与えられるはずだ。
「一字咒、急急如律令!」
最初の「い」を発音した時点で、弾が銃口から飛び出した。
そして、真っ直ぐに魔術師の胸元の方へ進み、そして、
炎の中からでてきた黒い何かに阻まれた。
「えっ」
呟くが、呆気にとられている場合ではない。爆発に巻き込まれぬよう、地面を蹴って後退する。直後に、黒い何かが弾け飛んだ。
「……何が?」
「習合よぉ。混合された冥界のイメージを使って、黄泉と、別の死後の世界を繋げたのぉ」
黒い何かの正体に気づき、困惑している私に、甘ったるい声が降りかかる。
「一樹を探すのに、黄泉に居場所を固定するわけないでしょぅ? 世界と世界との曖昧な境を〈接続〉して、死後の世界ならどこでも行けるようにしたのぉ。肉壁に使ったのは初めてだけどねぇ」
黒い何か、人の型をしたソレには見覚えがある。土曜日に見た餓鬼だ。
習合。本来は異なる宗教、異なる存在であるものを同一視する考え方。〈接続〉の魔術師は、その名の通りに、「死後の世界」という共通点をもとに、黄泉と餓鬼道を同一視し、〈接続〉したのだ。
「雨季さんの戦い方。多分、かなり効率的なんだと思う。銃火器を併用することで、扱う魔力の差を補っているわぁ。でもねぇ……」
視界の端で黒い靄が沸き上がる。ヨモツシコメと同一の靄だが、その存在感は、比べ物にならないほど大きい。
「そんな搦め手に頼らなきゃいけなくなる時点で、高が知れてるわぁ。縁結び、火雷大神」
瞬間、黄泉の稲光が、視界を埋めた。黄泉の女神が生み出した八柱の雷神、ホノイカヅチノオホカミ。その神威が、背後の電車ごと、私の身体を吹き飛ばした。