11:〈接続〉と雨季
「あなた、死んだはずじゃなかったかしら?」
「ええ。死んだから黄泉の国にいるの。至極当然でしょう」
私の問いに、まるで当たり前のことを言うかのように魔術師が答える。
「この世界に関する予想は当たったかしらぁ? ねぇ、雨季さん」
「異世界の水を飲むって行為。それがあなたの死因と仮定した場合、黄泉の国の可能性は、一番最初に思いつくわ」
ヨモツヘグイ。一度、黄泉の国の食べ物を口にすると、生者の世界に帰れなくなる。
これが彼女の死因だ。黄泉の水を飲んだせいで、彼女は現実世界に戻れなくなった。
黄泉。日本における冥界の伝承。生命の有無をもって、現実世界と隔たれた異世界だ。洞窟という景色もイメージに一致している。
「それで、わざわざ生者が黄泉に何の用かしらぁ。今ならお姉さん、気分がいいからスリーサイズと体重以外だったら何でも教えちゃよぉ」
「防犯カメラの画像を加工したのは、あなたかしら?」
「…………そう思ったのは、なぜ?」
甘ったるい口調が消えた言葉。気分がいいと言った表情から一転、冷たい視線で私を見下ろしている。
「ミコト君を味方に引き込めるわ。ただ一樹が行方不明なのと、他人の記憶と公的な記録が消えたと言うだけじゃ、彼を異世界の旅に誘導できないわ」
「それは変ね。別に彼が異世界旅行をしなくても、一樹が見つかるなら、私の本懐は果たされる。別に問題はないわ」
予想通りの回答。事実がどうであれ、ウソでも、本当でも、魔術師はこう答える。
「こっちとしては、丸一樹の存在自体を疑っているわ。彼女を知る全ての人間から彼女の記憶を奪うより、ミコト君に偽りの記憶を植え付ける方が楽だしね」
「ああ。雨季さんの視点だとそう見えるよねぇ。実際、命君には、魔術を使って無理矢理に一樹の記憶をねじ入れてる節はあるし」
あくまで、イツキさんは実在するという主張は曲げていない。写真の加工についても、明確な答えはしていない。
この情報の少なさでは、ウソを見破るのも難しい。ここを掘り下げたいのは山々だが、今は少しでも時間が欲しい。
「あなたはミコト君に何をしたのかしら? さっき、縁がどうのこうのって言ってたけど……」
「想像がついてるんじゃなかったの?」
「最近、想定と違って一般人を巻き込んだことがあってね、確認を怠らないようにしてるのよ」
話題を変えて、今度は彼女がしてきた工作について探る。
「といっても、多分完全にご想像通りよぉ。縁結びの願い。心理と行動による人と人との〈接続〉。これが私の操る魔術の一つ」
そう言って腕を振る少女の指先から、紅い糸が飛び出してくる。運命の紅い糸というやつだ。
「これを使って、私と命君。さらには、命君と一樹の縁を繋いだのぉ。まあ、一樹の方は不完全な術式しか組めなかったから、完全に記憶を戻すまでに繋げることはできなかったんだけどね。でも、そのおかげで彼は一樹に執着して、大切だったはずの恋人を救うチャンスを得たんだから、成功よぉ」
十指から伸びた紅い糸が、洞窟の壁に張り付いていく。右手の人差し指から出ていた糸が切れ、先端が私に迫ってくる。避けようとするが、背後の糸に阻まれて、失敗する。
糸に当たった瞬間、糸のもう一方の先端、洞窟の壁に視線が吸い寄せられた。
「それが、縁結び。まあ、今のは偶然目についた程度の縁だけど、しっかりと結びつければ、住む世界が分かたれても切れることのない絆を作ることもできるわ」
自慢気に自らの魔術を口にする魔術師。自分の手の内を簡単に話すのは、経験不足から来るものか、それとも自信から来るものか。
最初から違和感はあった。なぜ、一樹さんの記憶をほとんど思い出していないミコト君が、魔術と関わり、生命を懸けるまでに彼女に執着するのか。
その理由が、今分かった。この魔術師が、そうさせたのだ。自分に都合がいいように。
「最後に二つ、聞きたいことがあるわ」
「別に、まだそんな時間じゃないんだけどぉ……」
「何でわざわざ死んだの?」
私の問いに、魔術師の表情が消える。
彼女の死因は、異世界の水を飲んだらどうなるかを検証する過程で、ヨモツヘグイをしたことだ。
しかし、縁結びの異能を持つ彼女なら、異世界の実験に使う被検体を用意するのに、大した手間はかからない。
その辺の人間と縁を結び、異世界へ連れ込んで、そこで水を飲ませれば事足りた。
しかし、彼女はそうしなかった。
ならば、彼女の死、黄泉への移動そのものに意味があったと考えたられる。
「40分の時間制限」
「えっ?」
「だから、怪異の時間制限が邪魔だった。だから、異世界の中で無制限に動ける身体が欲しかった。それだけよぉ」
あまりにもあっさりとした、しかし、はっきりとした理由に、私は少しだけ取り乱した。
理屈は分かる。
現実に戻れなくなるということは、つまり黄泉での活動時間が長くなることだ。研究時間も長くとれるし、黄泉のなかだけといえど、妹を探す時間もとれる。
しかし、それだけ。たったそれだけのために、自らの命を捨て、幼馴染を泣かせたのだ。
分かってはいたが、
「あなた、狂ってるわ」
「うん、知ってるぅ。で、もう一つ聞きたいことがあるんでしょ? それは何?」
改めて戦慄する私に、〈接続〉の狂人は笑顔を向けてくる。
私がしたい、もう一つの質問。その答えは、もう得ているようなものだ。
「あなたはミコト君をどうするつもり?」
「別に。考慮に入れたことはないけど、どうにもしないわぁ。協力してもらうだけ協力してくれたら、あとはどうでもいいしぃ」
不干渉、無興味。魔術師はそう主張するが、「協力してもらうだけ協力」という表現が気にかかる。
「利用するだけ利用して、使い潰したあとは放っておくって聞こえたんだけど」
「ええ。そう言ったものぉ」
険しい口調で確認する私に、魔術師は簡単に答える。
このまま、ミコト君が彼女の思惑通りに進んだら、ろくでもないことになる。
魔術師の言葉には、そんな意味が込められていた。
銃口を向けるのには、十分な理由だ。
ババババババーン
「ふーん、そうくるのねぇ」
敵影に向けたはずのサブマシンガンは、しかし、先ほど縁を結ばれた洞窟の壁に放たれていた。
「うーん、あなたと協力し合っても良かったんだけど、完全に信用されてないわねぇ。仕方ない」
改めて銃口を向ける私に、〈接続〉を願う少女は、ねっとりとした甘ったるい口調で告げてきた。
「二度と私の邪魔できないように、生きたまま四肢を生け花にしてあげるわぁ」




