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9:夢と雨季

 ガ………トン


 夢を見ていた。まだ何も失ってはいなかった、あの日の夢を。


「冬夜様は、本当に優秀ですね。傍系の血筋とは思えない」


 兄、正確に言えば、いとこを称賛する声が響く。しかし、ほんの少しではあるが、言葉の尻が少し歪んでいる。


 続きの言葉を口にする気配はない。しかし、幼い私には分かる。「それに比べて、本家のグズは……」と、こう続くはずだ。


 傘下の魔術師、魔術使いを含めた戸門家の宴会。居心地の悪い視線が、私とシュン兄に集まってきた。


 戸門家は代々、魔術師の家系である。その起源は古く、平安時代、未だ魔術が社会から秘匿されず、戦争の道具とされてきた時代にまで遡る。


 昔の名前、土御門という苗字は、魔術師たちどころか、一般人すら知っている。


 魔術の秘匿が重視されるようになり、当時、陰陽師と名乗っていた一家の魔術師たちは、天皇の下を離れ、苗字の「御」の字を返上した。ゆえに、土門。それが転じ、今の戸門となったのだ。


 世界広しといえど、千年続く魔術師の家系は、戸門を含め片手で数えられる量しかいない。


 そんな家系の宗家、その子息が、八つを数え、未だに魔術師になっていないのは異例中の異例だった。


 魔術師の絶対条件として、魔術発動中の苦痛に耐えうるほどの精神、狂気じみた〈願い〉を持つことが条件になる。

 幼い子どもが、そういった精神を持つように、より端的に言えば、狂うように仕向けることが、私の中での教育の意味だ。


『なぜ止まる。なぜ叫ぶ。なぜ喚く。貴様らは、魔術の〈発展〉のため、遺伝子レベルの調整をして作られたのだ。諦めることは許さん。狂え。狂って新たなる魔を見せよ』


 おとーさんの声が聞こえた気がして、肩が震えた。止まれ、怖がっていると知れたら、また殴られる。


「何をおっしゃいます。私は、春秋様、それに雨季様の方が優秀かと存じます」


 私たちに向けられる悪意の視線を断ち切るように、宴会上に高い声が響いた。

 声の主は、先ほど褒められていた私のいとこ、十歳の戸門冬夜。

 六歳の時に、魔術の苦痛に打ち勝ち、〈断絶〉の魔術師を名乗るようになった天才児だ。


「魔術の苦痛に挑まずとも、彼らは大抵のことを成しえます。皆様は、雨季様が開発なさった、銃なる兵器とルーン魔術の併用をご覧になられましたか? 妹の自慢をするようで恐縮ですが、あれは良い魔術です。時代が時代なら千金にも成りえましょう」


 声変わりのしていない甲高い声。その声が讃えるのは、苦痛を避ける私が、苦し紛れに生み出した応用魔術だ。


 一般に利用される銃を、魔術を使って強化する。基本的な火力を外部の機会に頼る分、扱う魔力が少なくて済む。

 魔術が戦争に使われた時代ならともかく、この時代では無用の長物だ。


 しかし、それを素晴らしいと褒め上げる少年の眼には、何ら曇りがない。もしかしたら、世辞などではなく、本当にそう思っているのかもしれない。

 逆の意味で、居心地が悪い。


「雨季君、あそこにお母さまがいるよ。ご挨拶しなきゃ」


 私の気持ちを察したのか、隣のシュン兄が会場の端の方を指差す。

 たしかに、私の白メッシュを黒く染めて、そのまま大きくしたみたいな女性が佇んでいた。


 大して会った記憶もないが、あれがおかーさんで間違いないはずだ。


「別にいいよ。おとーさんもおかーさんも、私たちを魔術研究の道具としてしか見てないんだもん。挨拶に行ったって面倒に思われるだけだよ」


 どちらにせよ、居心地が悪いんなら、移動しない方をとるね、私は! 


 ガタ………ン、ガタン………


 トウヤ兄の私たちへの称賛は未だに続いている。魔術の苦痛に耐え抜いたということは、何かしら狂気的な願いを持っているはずだが、必死に兄弟の自慢をする彼には、そんな一面など、全く感じ取れなかった。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン


 音がする。シュン兄におかーさんと言われた女性が、消え入りそうな目でこちらを見つめていた。


 彼女が亡くなったのは、その三日後。悲しみの涙など、でるはずもなかった。

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