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8:ペットボトルと雨季

今回はヒロイン視点 こっから先の内容は、彼に見せたくないからねぇ

「丸一樹という人物は、ほんとに実在するのよね?」


 私、戸門雨季の問いに、ミコト君は呼吸を忘れて、驚いていた。


「〈接続〉が死に、パソコンの画像には加工の可能性がでてきた。彼女の存在を確かにする情報は、あなたの記憶しかない」


 そして、その記憶すら、魔術師が本気をだせば、簡単に操れる。

 実際、私が〈接続〉の魔術師に、ミコト君のことを話したのは、あいつに、ミコト君が持つ異世界の記憶、生命の危険にさらされたという恐怖を消し去るためだった。


 半人前の私では、忘れさせることも、思い出させることもできないが、存在しない記憶を植え付ける方法すら、実在するだろう。


「……存在するよ。俺にはたしかに、一樹の記憶がある」

「なら、具体的な思い出話を聞かせて。付き合っていたんでしょう? 告白をしたのはどっち? 最初のデートはどこに行ったの? イツキさんの好きな食べ物は? 色は? 動物は?」

「…………」


 二度目の質問に答えはない。答えられない。

 例え魔術で存在しない記憶を作ったとしても、ボロがでる。具体的なエピソードも少しくらいは用意しているだろうが、十年以上あるはずの、ミコト君とイツキさんの思い出を全て作り上げているわけではないはずだ。


「きっと、きっと思い出し切れてないだけだ。最近、色々あったし、一年近くも彼女のことを忘れてたんだ。まだ、鮮明に思い出せてないんだよ」

「…………その可能性も否定はできないけど」


 丸一樹という人物が存在しない可能性も、十分にある。そして、存在しないと考えると、防犯カメラの加工も説明がつく。


「そんなわけない。そんなわけない! だって、だって、だって!」

「ちょっと、支離滅裂になってる。ほら、一旦、落ち着こ」


 私の問いを否定したいが、明確な理由をだせない。そんな思考で滅茶苦茶になっているミコト君を宥めながら、私はカバンから飲みかけのお茶のペットボトルを取り出し、彼に渡す。


「えっと……」

「魔術使いから渡された飲み物は怖い?」


 午前中、Sクラスの設備を案内しているときに聞いた話では、〈接続〉の魔術師は、彼にペットボトルの水を飲むように勧めたらしい。

 中身は洞窟の異世界で組んだ水。それを飲まなかったミコト君は生き残り、飲んだ魔術師は死んだ。


 それを今、思い出しているんだろう。


「大丈夫よ。危険なものは何にも入っていないから」

「分かってる。何度も助けられたんだ。今さらお前を疑ったりしないさ」


 笑って、ミコト君はペットボトルに口をつける。もう少し仲がよければ、間接キスだの何のと言って、からかいたいところだが、私たちはあくまで、協力者だ。そんなことをする間柄ではないだろう。


 それに、もし言うとしても、そんな時間はない。喉を鳴らし、ペットボトルを口から離した直後、ミコト君は膝をつき、そのまま倒れた。お茶が床に零れる。


「……何を」

「別に、嘘はついてないわよ。ちょっと睡眠薬を混ぜただけ。魔術で効き目を早めているけど、害はないわ」


 言って、ペットボトルを取り出したカバンから、白い粉末を取り出して、見せつける。


「あっ、最初にあったとき、あなたを眠らせるときに使ったのと同じやつね。少し耐性がついてるかもだけど、起きた時には7時過ぎてるだろうから、安心して」

「な、にも、安心、でき、ねえ、よ」

(ごめんなさい)


 心の中で謝りつつも、私は梯子を上り、彼の魔術工房から出る。六月、梅雨の季節らしい雨空だ。


 私がこれから暴こうとすることを、彼の耳に入れる気はない。

 少し前まで一般人だった彼には、きっと受け入れられないだろう。

 だから、教えない。だから、伝えない。だから、連れ出さない。


 丸一樹が存在しないと、幻影を植え付けられただけだと理解すれば、彼がこれ以上、この血みどろの世界に関わる意味はない。


 彼を一般人に戻すため、彼を巻き込んだ、私の罪を清算するために、私は一人、駅の方へ歩いて行った。


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