表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/85

3:怪物と命

「立ち上がって! すぐにここから逃げるわよ。この世界の暴力が、こんなところで終わるとも思えない」


 直後、濁流の中から腕が生えてきた。最初に俺を襲ったのと同じものだ。

 腕は、崖の淵をつかむと、そのまま上へあがってくる。胴体に両腕、さらには、図体には似合わない細くて長い脚もついている。


 それだけならば人間の体と大して変わらないが、異様なのは、そのサイズ。脚はそれだけでひとの身長と同等にあり、先端が獣の爪のように鋭い腕は、すねとおぼしき部分にまで伸びている。

 頭にあたる部分には目も鼻も口もなく、申し訳適度の球体がくっついている。

 そして、それらは全て、直径十センチほどの極太のツタで構成されていて、常に蠢いている。もとの小枝は、腰のあたりにくっついているようだ。


 総じて怪物というには、十分すぎる、異形の身体だ。


「一字咒! 急急如律令!」


 隣で雨季が叫び、投げつけた紙が爆発して、怪物をのけぞらせる。


「逃げるわよ!」


 手を引っ張られて、俺は雨季に連れられて、崖の奥側へと走り出す。

 怪物は、先の爆発がなかったかのように、こちらに向かってくる。

 濁流よりは遅い。頑張れば逃げ切れそうな速さだ。


「速く! 追い付かれたら、おしまいだと思って!」


 雨季は地面に落ちた細かい枝や、木の根を器用に避けながら、崖の上を駆けている。俺もそこについていく形で走っている。

 徐々にではあるが、怪物との距離は離れてきている。このまま行けば逃げ切れる。

 そう考えた矢先に、


「うわぁ……」

「くそっ」


 眼前の光景に、雨季は嫌な顔をして声をあげ、俺はたまらず悪態をつく。


 谷。こちらの足を阻むように、谷が横一直線に伸びている。後ろからは怪物。しかし、前には道がない。分かりやすい詰みだ。


「嘘だろ……どうすれば」

「ねえ、口を閉じてくれる?」


 そう言われて、俺の言葉が遮れる。その直後には胸倉を掴まれていた。


「は?」

「そうじゃないと、舌を噛むかもしれないから、ねっ!」


 世界が回る。どうやら投げられたらしい。柔道の技的な感じではなく、ボールみたいに投げられた。二メートル以上はあったはずの谷を越え、向こう側に着地する。

 着地の衝撃が体を突き抜ける。投げられた驚きもある。それより、


(あいつを助けなきゃ……)


 すぐに怪物が来る。雨季も谷を越えなければならないはずだ。

 そう考えて、谷の向こうに向かって手を伸ばす。


 案の定、向こうもこちらに向かい手を伸ばしていた。しかし、それは雨季の、人間の腕ではなかった。

 左手を伸ばした先にあったのは、怪物の巨腕。爪のように研ぎ澄まされたツタが、俺の腕、そしてその先にある首へと伸びていた。


 祈るように両の手を合わせていた雨季も、驚いた表情を浮かべている。


 ガタ……トン、……ンゴトン


 怪物の爪の先と俺の首の距離は、およそ十五センチ。もう、何をやっても避けられない。


 ガタンゴ……、ガタン……ン


「ダメッ」


 雨季の体当たりにより、怪物の身体がのけぞらされる。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン


 怪物が足を踏み外し、谷の底へと呑み込まれる。首に向けられていた爪が、俺の左腕をかすって落ちていく。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン


 そして、




『電車が参ります。黄色い点字ブロックの内側まで、下がってお待ちください』


 気が付くと、駅のベンチに座っていた。昔の夢を見ていた時と、同じ場所だ。目の前に電車が入ってくる。時刻は7時過ぎ。電車の中には、何人も人が乗っている。


「さっきのは……夢?」

「夢よ」


 困惑する俺の声にかぶせるように、少女の声が響いてくる。先頭車両の方から夢で見た白メッシュの少女が歩いてきている。


「あなたが見たのは、何もかもが夢。そうしておくのが、一番幸せな選択よ」


 意味の分からないことをいいながら、少女は俺の目の前を横切っていく。

 目の前に電車が来ているのに乗り込もうとする気配はない。


「それと、もうこの時間に駅に来ない方がいいわよ。また巻き込まれても、助けてあげないから」


 もう一度声が響いた時には、戸門雨季と名乗った謎の少女の姿は、どこにも見当たらなくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ