6:加工と命
五つの可能性。その全てを提示したあとで、雨季はパソコンの画像に向き直る。
「実際に映像を見る前に考えたのが、この五つ。これから、映像を解析して、一つずつ外していくわよ」
そう言って、雨季は6時59分59秒から、7時00分01秒までの映像をループ再生させる。
7時なった瞬間に、映像が一瞬だけ乱れ、元に戻った時には、そこにいた少女が消えている。といった内容だ。
「まず、幻だけど、これに関しては完全に有り得ないわ」
言い切って、少女は理由を説明する。
「幻覚という魔術は、基本的に人の理解を対象に行うものだから、防犯カメラを騙すことはできない。光を操って同様の事象を起こすことはできるけど、その時に発生する歪みがないから、これも無理ね」
残りの可能性は四つ。
「それで、二つ目と三つ目は、同じ理由で否定できるわ。ここを見て頂戴」
示されたのは、駅のホームに落ちていたビニール袋やペットボトルといったゴミ類だ。7時になって少女が消えても、それらが動く気配はない。
「吹き飛んでいないってことは、何の力も働いていないってこと。人の大きさのモノが、カメラに映らないほど速く動いたり、粉々に破裂したりしたら、必ずゴミに風圧がかかる。それがないってことは、これらも有り得ない」
「それじゃあ……」
残る可能性は、二つ。しかも、内一つは、
「五つ目、私の理解を超える超常が起きたという可能性を捨てることはできないわ。あの駅の異世界の怪異は、未だ分からない点もあるし」
必死に頭を回転させながら、雨季が呟く。
「でも、新たな情報がでない限りは、考えなくてもいいと思うわ。人間一人の質量を消すなんて、核がいくつあっても足りない位のエネルギーが発生するはずだもの。それを抑え込めるレベルの魔術なんて、この時代には存在しない」
言い終わって、雨季は口を閉じる。これで三つの可能性が否定され、一つが難しいと判断された。
つまり、考えるべきは、最後の一つ。
「…………加工?」
「そ。魔術なんて関係のない。合理的な思考に行きついたわね」
腕を組み、雨季が笑う。
「……そんなこと、誰が……?」
「可能かどうかで犯人を捜すのは、難しいわ。この程度の加工は誰にでもできるし、加工の機会があった人間を探そうにも、事件から一年が経ってる。とても絞り込めないわ」
「…………」
「犯人に目星をつけるなら、動機を考えるしかないわね。どうしてこんな加工をしたのか……」
言葉に詰まる俺に、雨季は問いを投げかける。防犯カメラの画像を加工した理由。分かりやすいのは……
「誘拐の隠蔽、か? いやっ、でも」
「そう、それだったら、最初から少女を消した方がいいわね。被害者の家族は、その人のことを覚えてないだろうし、立件もされないから、捜査される心配はない
〈接続〉みたいに、被害者のことを覚えてるイレギュラーを相手にする場合でも、完全に姿を隠した方がいいはず。
たしかに、私たちは混乱してるけど、この混乱に、わざわざ防犯カメラに細工する手間と危険性に釣り合う価値はない」
もし加工が見つかれば、警察が捜査に動くか、もしくは、テレビ局が、心霊番組のロケでもしたかもしれない。
誘拐の犯人が誰にしても、それは本意じゃないはずだ。
「これは、……本格的に、あの可能性が見えてきたわね」
「ん? 考えなくていいって言ってた、五番目の可能性か?」
質量保存の法則を超越した超常現象か。
「いやっ、そっちじゃなくて、加工の犯人の方。こんな加工で得をした人物が、現状では一人しか思い浮かばないから……」
「は!」
一人、思い浮かんでいるのか! だとしたら、そいつが、映像の加工の犯人の可能性が高い。一樹がどうなっているのか、知っている可能性も、十分に高い。
「……ほんとに、最悪の推論だわ。心の底から、外れててほしい」
光明が見えたと喜ぶ俺に対し、雨季の表情は沈んでいる。
「一つ、ひとつだけ確認していい?」
「……なんだ?」
人差し指で俺の方を指す雨季に、俺は困惑の表情を浮かべつつ答える。そして、
「丸一樹という人物は、ほんとに実在するのよね?」