5:五つの可能性と命
「ここだよ」
「いい公園ね。あそこのブランコとか、何となく懐かしい気がするわ。来たことはないはずだけど」
生枝先輩の魔術工房がある公園。今は、俺のだが。
学校での会話が終わった後、俺たちはすぐにここへ来ていた。
時刻は6時前。あと1時間とちょっとだ。
「子ども用のデザインの遊具の中に、真っ黒なマンホール。悪目立ちしそうだけど、その気配がない。魔術による簡単な暗示ね」
工房の入り口たるマンホールを眺め、雨季が呟く。俺にはまだよく分からないが、魔術師は自らの〈願い〉の次に、魔術の秘匿を重要視するらしい。
案内されたSクラスの設備も、ほとんどは魔術実験の秘匿用のモノだった位だ。
このマンホールにも、目立たないことや、開けた時に感じる嫌悪感など、魔術の秘匿をなすための仕掛けが施されている。
俺と雨季は、軽いマンホールの中に入り、地下の魔術工房へ辿り着いた。
「暗いわね。ミコト君、明かりある?」
「前に進むと、メモ用紙が光だすよ」
「あっ、ほんとだ。どうゆう仕組みよ、これ?」
お前が知らないなら、俺に分かるわけがない。
心の中で、呟いていると、雨季が目の前のパソコンを起動した。
「ここに電気が通っているのか? って疑問は後回しにしといて、ミコト君がこの前言ってた、防犯カメラの動画っていうのはこれよね?」
慣れた操作で動画を再生し、7時になった瞬間に少女が消えてしまう動画を食い入るように見つめている。
三本の動画を全て見終わり、雨季が呟いた。
「やっぱりおかしいわね」
「おかしいって何が?」
「身体を異世界に飛ばす方法がないってことよ」
「…………はっ?」
白メッシュの少女の言葉に、俺はたっぷり1秒の間、言葉を失った。
一樹が異世界に行っていない? それはどういうことだ。
「あの異世界で私たちがしたことは、現実世界では夢として処理される。そこはいいわよね?」
「痛みもあるし、傷も残るけどな」
「多分、思い込みの影響ね。『自分は傷ついた』っていう思念の魔力が作用しているんだと思う。でも、焦げた服や、使った銃弾なんかは元に戻っていたわ」
銃弾の話は初耳だが、たしかに樹木の異世界で吹っ飛んだ靴も、餓鬼道で焦げた服も、目が覚めた時には、無事だった。
「そして、夢として処理される以上、質量保存則は守られなければならないの」
「…………あっ」
質量保存の法則。核反応とかいう例外中の例外を除き、あらゆる出来事で全体の質量は変わらないという法則。中学校の理科を受けた人なら、絶対に知っているはずの法則だ。
そして、それを考えると。
「異世界での出来事のせいで、身体が消えるなんてことは有り得ないのか?」
「そ。だから、〈接続〉のやつが言ったことは間違っているわ」
断定して、雨季は話を進める。
「なら、この動画は何なのか? そして、イツキさんはどうなったのか? それについて、日曜日を使って色々仮説を練ってきたわ」
指を一つたてる。
「一つ目が幻。姿を消す魔術で、被害者の姿を消した」
指を二つたてる。
「二つ目が高速移動。防犯カメラが映せないほどの速度で、何者かが、被害者を連れ去った」
指を三つたてる。
「三つ目が細断。瞬時に被害者を目に見えないほど粉々にした」
指を四つたてる。
「四つ目が画像加工。魔術関係なしで7時になった瞬間に画像が差し替えられる加工がされた」
指を全てたてる。
「最後が……、これはほとんど有り得ないんだけど、異世界で、質量保存則が適用されない現象が起きた」
五つの可能性。その全てを提示したあとで、雨季はパソコンの画像に向き直る。
「実際に映像を見る前に考えたのが、この五つ。これから、映像を解析して、一つずつ外していくわよ」