4:接続と命
「とりあえず、Sクラスの案内はこんなところね。生徒は一人ひとり魔術工房を持てるんだけど……」
「生枝先輩が使ってたとこを、そのまま使えんだろ? なら、それでいい」
一通りSクラス用の設備を見終わった時には、六限目のチャイムが鳴っていた。すぐに、終礼を終えた生徒が、部活棟になだれ込んでくるはずだが、部屋の立地的に魔術師たちと一般生徒が接触することはない。
というより、最初から接触しないように建物が建てられている。
「前から気になってたけど、お前の苗字の戸門って、やっぱ、この学園創設者の……」
「ええ、戸門学園の戸門ね。自分たちの苗字を校名にするイタいやつらだなんて思わないでね。ちょっと死にたくなるから」
自分で言って、自分でダメージを受けてる。まあ、思ったけど、自分の苗字がそのまま学校の名前にするやつのセンス、めっちゃ疑ったけど。
「そもそも戸門家っていうのは、魔術師の家系だからね。戸門学園の設立も、Sクラスの魔術師育成と、研究資金の確保が目的なの。名づけのセンスとか、全く考えなかったんじゃない?」
「魔術師の家系って響きに違和感を感じるんだが……魔術師ってのは、まともな人間がいないんじゃなかったのか?」
雨季の言葉の端に強い違和感を覚える。
つい先ほど、魔術師とは、狂気的な苦しみから耐え、〈願い〉に手を伸ばした者たちだと聞いた。
魔術師の家系という言葉は、まるで一家揃ってそんな苦行を受けたような表現だ。それは、流石に、……
「有り得ないって思うだろうけど、それが事実よ。私とシュン兄……あっ、春秋のことね。私たちを除き、一家の全ての人間が魔術師になってるわ」
「は?」
「流石に、〈進化〉様みたいに、マトモっぽい人たちも何人かいるけど、ほとんどは魔術技術の〈発展〉を願って正気を捨てた人たちよ」
雨季の言葉に俺は唖然とした表情を隠せずにいた。正直、住む世界が違う。
駅のホームで寝なくとも、6:66発の電車に乗らなくとも、異世界に行く方法はあった。
魔術師たちの住む場所は、明らかに文化も、価値観も違う。異世界と呼ぶには十分だ。
俺はもう、そこに足を踏み入れているのだが……。
「まあ、いいや、とりあえず時間も時間だ。一樹を助ける話をしたい。協力してくれるんだよな」
戸門家の話、特に、体育館で先生が言っていた戸門冬夜という魔術師も気になるが、それを一々聞いている時間はない。
時刻はすでに、5時半を回っている。戸門学園駅で異世界の門が開かれるまで、あと1時間半だ。
その間に、話し合いと準備を済ませたい。
「そうね、ミコト君を巻き込んだのは私なんだし、あなたが目的を果たして、元の生活に戻るまでは、面倒をみるわ」
「…………」
雨季の不注意で、一般人である俺が怪異に巻き込まれ、雨季が不用意に俺のことを生枝先輩に話したから、俺は先輩に利用された。
彼女はそれらを全部、自分のせいだと思っているらしい。だから協力する。だから命がけで俺を守る。
責任感と罪悪感。それだけを理由に、雨季は俺を守っている。『優しい』性格という表現では生温いだろう。魔術師の家系らしい狂気がそこにある。
ここで拘泥しても、俺に利はない。彼女の協力が無ければ、俺はすぐに死んでしまう。
狂気的な感情であれ、何であれ、利用しない手はないのだ。
「さっき、魔術じゃ物理法則を超越した現象は引き起こせないって言ってたよな? あれ、結局何だったんだ?」
話題を変えるように、傷を隠すように、俺は言葉を投げかける。
雨季がわざわざ、先生の前でした補足。それの意味を知りたかった。
「それより先に、〈接続〉の、いや、ミコト君の魔術工房を見せてもらっていい? 私の疑問の答えがそこにあるはずだから」