3:魔術と命
「ふむ、今日は天気もいいし、体育をしている一般生徒は校庭に行っているね」
「それで、何で体育館なんですか?」
先生、つまり〈進化〉の魔術師について行って5分。俺と雨季を含めた三人の姿は、校内の体育館にあった。
「大した意味はないさ。ただ、魔術の基本原理を示すのに、丁度いい例えがあるだけだ」
俺の質問に答えつつ、〈進化〉の魔術師は俺たちの方に向き直る。
「まず、魔術とは、人の思念を利用し、超常をなす行為なんだ」
体育館に来た理由は説明せずに、先生は、魔術についての講義を始めだす。
「『左手を上げたい』という意思が左手を動かすことからも分かるように、思念というのはエネルギーを帯びている。
一口に思念と言っても、一人の意思か、大衆の常識か、はたまた集団の信仰かと、種類は多いんだけどね~」
どこかのアニメで、感情のエネルギーという題材を使った作品があったのを覚えている。
魔術もそういうものなのだろう。
「魔術はね、そのエネルギーを用いて、元となった思念を実現させる行為なんだ。そういう思念のエネルギーを私たちは魔力や呪力、マナなどと呼んでいる」
先週、生枝先輩は駅での怪異を、『メートルやリットルは、100やら1000やらで繰り上がるんだから、時間もそんな風でいい』という子どもの願いの具現と言っていた。
あれは、子どもたちの何世代にも渡る願いの魔力を、時間間隔を引き延ばすという事象に変換しているのだろう。
この字面だけ見れば、微笑ましい限りだが、それで異世界に繋がるんだから納得がいかない。
「それでは、例を見せるとしよう。ミコト君、この場所では、どんな思念が生まれると思う?」
そこまで話してから、〈進化〉の魔術師はようやく、体育館に来た意味を語る。
「体育館ですし、『上手くなりたい』とか、『面倒だから、動きたくない』とかですかね?」
「うむ。たしかにそうだが、そういった思念には常に『自分が』という枕詞がつきまとう。人間一人の思念でできるのは暗示くらいのものだね~。やってもいいが、見た目としては分かりにくいし、後処理が面倒だ」
言って、先生はその指を上に向ける。見ると、屋根に挟まってとれなくなったボールがそこら中に見える。
「より多くの人が思うのは『屋根のボールが気になる』だね~。準備運動で屋根を見上げてるとき、無性に気になることはないかい?」
「まあ、多少は……」
思ったことがあるような気がする。屋根は高いし、とれないのは分かるが、単色の屋根に不規則な点の模様がついているのは、何となくだが気になる。
「うむ。その程度の思念でいい。その程度でも、何十、何百という人間が同じことを思えば、これくらいのことをする力にはなる」
瞬間、先生が杖で地面を叩く。そして、
ド—————ドドドドン
体育館に、ボールの雨が降り注いだ。
「超能力でいえば、サイコキネシスといったところか。離れたところにあるボールを、魔力で動かした」
バスケットボールにバレーボール。古いものに新しいもの。床には、多くのボールが転がっている。
逆に屋根は、どの鉄骨にもボールは引っかかっておらず、完全な単色になっている。
「これは基礎中の基礎だが、魔術の原理はこれと同じだ。時計の単位を歪めるのであれ、神話を再現するのであれ、ね。わたしの話はここまでだけど、どうだい? アマキ君、君の方から補足はあるかな?」
「……そうですね」
唐突に話を振られて、雨季は一度、あごに手を当てる。
「魔術はあくまで、魔力、つまりは思念のエネルギーを利用する技術であり、世界の物理法則を無視できるものではありません。それ故に、決して万能ではないです」
「ああ、その通りだ。一般には知られていないだけで、魔術も万物の法則の一側面にすぎないからね~。初心者に一々念を押すことでもない気がするが、君がこの場でそれを言うのは、何か理由があるのかな?」
「はい。しかし、その理由は、私が協力している彼の願いに関連するものであり、この場での言及はいたしません」
つまり、お前は信用できないから話さない。きちんとした敬語から飛び出した雨季の発言に、先生の笑みから、「苦」の一文字が染み出した。
「まあ、警戒心を持つのは、悪いことではないからね~。こちらは少し悲しいけど……」
呟きつつ、先生は杖を振るう。床に散らばっていたボールが、『片付いてほしい』という、面倒くさがりの思念に従うように、独りでにボール籠へと戻っていく。
「シュンシュウ君の方から、屋根のボールの清掃をしたって話を学校に通してるから、不自然とは思われないはずだよ。一般生徒諸君には、次のSクラス新入生が来るまでに、沢山ボールを屋根に挟んでほしいものだね」
そう言って、金髪の魔術師は体育館を去っていく。
「ああ、そうだ。ミコト君、優しい大人として、警戒すべき魔術師のことを君に話しておこう」
去り際、先生が思い出したように俺の方を向いた。
「学園創設者の家系、戸門家の魔術師の中にね~、厄介なのがいるんだよ。君のことを嗅ぎつけたら、何かしらの行動はしてくるだろうから、気を付けるようにね」
そんなことを言ってから、魔術師は危険な人物の名を示した。
「トウヤ。〈断絶〉の魔術師、戸門冬夜。アマキ君やシュンシュウ君のいとこで、二つ上のお兄さんだ」




