23:生還と命……そして
振るわれる巨腕。しかし、雨季は銃を撃とうとしない。俺の方に銃口を向けつつも、後退して怪腕を躱そうとする。
しかし、それに対応するように、巨腕も指を伸ばした。
その指の先には、雨季の首が———
『電車が参ります。黄色い点字ブロックの内側まで、下がってお待ちください』
眼を反らそうとした瞬間。駅のアナウンス音が聞こえてきた。
「———っ!」
それを知覚した直後、鮮烈な痛みが全身を駆け巡る。異世界に行っていた間に味わった痛みが、一気に押し寄せてくる。焦げた服は元に戻ったのに、受けた傷は、現実に継承されるのだ。
しかし、その痛みすら、今の俺にはどうでもいい。
「あま、きは」
「大丈夫、私は無事。ミコト君がギリギリで一歩下がったお陰で、攻撃は当たらなかった」
痛みに声を曲げながら確認をとる俺に、隣に座る少女は声をかける。
最後の瞬間。言うことを聞かない身体を無理矢理に動かして、一歩だけ後ろに下がった。それが、功を奏したらしい。
「あれは、あの腕は、一体?」
「分からない。けど、正直あれに助けられたわ」
未だ、混乱が冷めやらぬ中、俺たちが言葉を紡ぐ。正直あれがなければ、俺は餓鬼の波に潰されていた。雨季も炎の怪物にやられていたかもしれない。
最後の出来事を考えると、救われたとは思いたくないが……。
分からないことは、とりあえず置いておいて、俺たちは生きている。あの異世界から無事に生還した。
そのことを確かめるように、互いの手を握りしめていた。
この時は考える余裕がなかったが、もしこの光景を電車内から見た人がいれば、きっと、恋人のように見えていただろう。
※
好きな相手の胃袋を掴むのは、あたし、月石実菜を含む、全ての恋する乙女の願いだ。
夕方、公園で先輩と別れた後、あたしは電車に乗り、戸門学園の向こう側にある大型ショッピングモールで買い物をしていた。
亡き生枝先輩の遺志を継ぎ、何か危険なことをしようとしているバカな先輩に、何か作ってあげようと思ったからだ。
先輩の好物はチョコレートと紅茶だ。逆に、ラムネ菓子と炭酸飲料、特にコーラは絶対のNG。理由はよく知らない。
とりあえず、来年のバレンタイン用に考えていた計画を、今、決行することにした。
もちろん、打算まみれの優しさだ。これをキッカケに先輩に近づき、傷心につけ込む気満々だ。
人は偽善だの何のと言うかもしれないが、関係ない。
一度やると決めたら、恋する乙女は無敵なのだ。
というのが、つい数秒前までのあたしの見解だった。しかし、訂正しよう。敵はいた。天敵が。
ありとあらゆる恋する乙女、その天敵、つまり失恋である。
例えば、告白の玉砕。例えば、相手の殿方の交際宣言。
そして、あたしが立ち会っているのは、そういった失恋のなかのひとつ。
『他の女と仲良くしているのを目撃する』である。より具体的に言うなら、『他に誰もいない駅のホームで、隣のベンチに座り、手を繋いでいる』だ。
当初の計画通りに買い物を終えたあたしは、電車に乗って帰宅していた。そして7時ごろ。電車は我らが学校の近く戸門学園駅に停車した。そして、あたしは、見てしまったのだ。
目の前の座席に座っているおっさんのハゲアタマ。
ではなく、その先にある強化ガラスの向こう。あたし恋の対象である命先輩が、髪に白メッシュを三本入れた少女と手を繋いでいる光景を。
何なんスか? 何なんスか、これ!?
流石は天敵。ありとあらゆる恋する乙女が恐怖する、最悪の一場面。おそらく、他人に見せられない表情になっているんだろう。ハゲアタマのおっさんが怖がっている。
しかもここで、さらにあたしの精神を破壊する事実がある。現在あたしが睨みつけている先、先輩と手を繋いでいる泥棒猫の顔だ。
「なんで、なんであんたが、そこに、先輩の隣にいるんだ?」
あたしは、あいつを知っている。知りすぎている。だから、許せない。認められない。
「戸門雨季!!」
それは、中学の時にあたしを裏切り、先輩と初めて会うキッカケを作った、あたしの『元』親友の名前だった。
一章完 二章「Sクラス騒乱編・月」に続く