20:銃撃と命
「「「がぎゃぎゃがあああ」」」
絶叫は木霊して、餓鬼の身体が吹き飛ぶ。無造作に放たれた弾丸が、頭を貫き、腹を破裂させ、眼球をくり抜く。
「うんうん、日本じゃそうそうぶっ放す機会もないし、気持ちいいわね」
「俺の中の魔術のイメージが音をたてて崩壊しているよ」
少なくとも、笑顔でサブマシンガンをぶちかます少女を、魔術師とは言わない。
いやっ、実際、魔術師じゃないらしいけど。
十数分前、電車を降りた瞬間に襲い掛かってきた餓鬼に、雨季は、カバンから取り出した銃器で応戦した。
それに対し、餓鬼も数の力で突撃する。
例えるなら、中世かそこらの軍隊と、戦車の戦いだ。地力が違いすぎるが、数の不利は圧倒的だ。
雨季が引き金を引くだけで、銃口の先の餓鬼が五体以上吹き飛ぶ。しかし、その間に六体の餓鬼が、別方向から接近する。
「おいっ、流れ弾が心配なんだが、大丈夫か、これ?」
「だから、離れないでって言ったでしょ! 変なところに突っ立ってたら、一瞬でハチの巣になるわよ」
「離れないでって、そういうことかよ!」
守り切れなくなるんじゃなくて、自分の攻撃に巻き込んでしまうから。
結果、一樹を助けるために異世界に踏み込んだ俺は、彼女の傍でしゃがんでいるだけだった。情けないけど、それ以外にやりようがない。
いくつもの弾丸に貫かれ、餓鬼は地面に倒れ伏す。そして、その数が二十を超えると、急増の防壁のように機能し、後続の餓鬼の進行を塞ぐ。
死体の山が五十を超えた時点で、餓鬼は危険を察したのか、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「とりあえず、制圧完了ね。さ、また囲まれる前に、ここら辺を探索しましょ」
「でも、ここらは一面、炎だらけだぞ」
「……一応、火伏せの魔術は使えるけど、避けて進みましょ。幸い、道はあるらしいし」
銃撃の前に倒れ伏した餓鬼たちが押しのけられ、その先にある景色が目に入る。
電車の中で見た景色と同じ、一面の炎。
しかし、視点が低くなったこともあって、幾つか地面も見えている。炎と炎との狭間に伸びる形で、道が続いている。
「炎の中からの不意打ちに気を付けてね。まあ、近づいてくる前に私が殺すけど」
「がぎゃ」
軽い言葉とともに、雨季が炎に向けて引き金を引く。火の光で何も見えないが、餓鬼の叫び声が聞こえてきた。
「油断も隙もないわね 今のうちにリロードしておこ」
「さっきも思ったけど、これは魔術なのか?」
「れっきとした魔術よ。ミコト君に渡したやつと同じで、魔術で銃を強化しているの」
そういえば、夢を見始める前に渡されていた。しかし、俺が持っているのはピストルなのに対し、雨季はサブマシンガンを使っている。
火力差は歴然。圧倒的な連射力で餓鬼を蹴散らす雨季と一緒なら、やはりこちらの出番はない。
「で、とりあえず周囲の餓鬼は殲滅したけど、どうするの? 異世界の探索って言っても、ここは六道の一つだし、結構文献に書いてあることもあるんだけど」
「一樹を探すって言いたいところだけど、複数ある異世界で、闇雲に探すわけにもいかないよな」
初めて行った樹木の異世界、昨日行った洞窟の異世界。それに、今回の炎の世界、餓鬼道。そのあり方は危険なこと以外は、全てが異なり、とても同じ世界とは思えない。
あの駅に繋がっている異世界は複数ある。その中で、何の手掛かりもなしに一樹を探すのは、余りにも無謀だ。
情報の少ない手探り状態ではあるが、一つひとつ確かめて最適な道を探すしかない。
「一樹は駅で姿を消していた。でも、異世界で死んだ生枝先輩は、身体が戻ってきた。そこが手掛かりになるかな?」
「ちょっと待って? 姿を消したってどういうこと?」
俺の言葉に、雨季は想定以上に食いついてくる。姿を消したのが、そんなに信じられないのだろうか?
「どういうって、防犯カメラで7時になった瞬間に消えたんだよ」
「本当に、肉体が消えたのね? 目覚めなくなったとかではなく」
「そう言ってる。ていうか、普通そう思うんじゃ?」
俺の反応に、白髪の混じった魔術使いは頭を抱える。
「(幻術による隠ぺい? いや、ありえない。犯行を行った魔術師による加工? いや、それなら最初から姿を隠す方いい。ってなあると、答えは一つね)」
「ん? 今、何か言ったか?」
「言ったけど、魔術をしらないあなたにはきちんと説明できないわね。生きて帰ったら、魔術理論と一緒に話してあげるわ」
ん? 今、いわゆるフラグ発言ってやつじゃ……
はぐらかして、雨季は炎に向かって銃弾を放つ。数メートル向こうで、餓鬼が吹き飛んだ。
「おっと、無駄話が過ぎたわね。囲まれないように、少し移動するわよ」
言って、少女はサブマシンガンで餓鬼を牽制しながら、背後が土壁になっている場所へ移動する。
「さ、今は何時?」
「6時90分。あと10分で帰れるはずだ」
「あと、10分ね。弾の残量は大丈夫そうね」
あっ、弾が切れる気がする。
銃撃の牽制で止まっていた波が一気に押し寄せたのか、一面の炎が、一瞬真っ黒に塗りつぶされる。
その全てが餓鬼だ。電車を降りてきた直後に押し寄せてきたやつとは、数の規模が違いすぎる。
先の戦闘を、中世の軍隊と戦車の戦いに例えたが、今度は津波と戦車の戦いのようだ。
あの餓鬼の群れは、一昨日のツタの濁流と同じように、吞まれたら助からないと思えるような存在感がある。
これは無理かと銃を構えようとした瞬間、波が吹き飛んだ。
「uruz、isa、teiwaz」
少女の声が響く。雨季の方を見ると、両手にサブマシンガンを持ち、餓鬼の波に応戦していた。
両手に、一丁ずつだ。
狙いがぶれないようにするための肩当てを無視し、二丁のサブマシンガンを自在に操作している。
よく、見ると、手袋と持ち手、銃口に刻まれた刻印が光っている。渡されたピストルと同じ、コップをひっくり返したような刻印と、直線の刻印。それに、矢印型の刻印もある。
「ルーンが示すは、力、停滞、勝利。力で腕力を上げて、停滞で反動を緩める。勝利で命中精度を上げれば……」
自分に言い聞かせるように、俺に説明するように、雨季が口を開く。
「多少無理な姿勢でも使える。例えば、両手で使うのを想定された銃を、こう使うことができるのよ!」
瞬間、銃弾の波が、餓鬼の波と衝突した。