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19:魔術使いと命


『戸門学園、戸門学園、次は—————

「オエェ」

「ちょっと、人の顔を見るなり吐きそうになるの止めてくれる」


 夢から覚め、駅に戻った俺は、直後に口を押さえた。となりにいた雨季が、嫌そうな顔をこちらに向けている。

 くそっ、何でよりにもよって、あの時の夢を見るんだよっ。あの時以来、コーラは当然として、あらゆる炭酸飲料飲めなくなったんだぞ! 次、ニット帽に会ったら、もう一度文句を言おう。

 もっとも、次に会う機会があるかは分からないが。


「6:66発、異世界行き。前来た時も思ったけど、不気味な時間よね」

「ああ、獣の数字ってやつか」


 電光掲示板の時計には、6が三つ並んでいる。普通の時計ならばありえないが、この夢のなか、この世界のなかでは、その限りではない。


 1時間が、100分ある世界。その割増された40分を確保するための夢。その中においては、66分という表示も存在しうる。

 666。新約聖書、ヨハネの黙示録に記載されている獣の数字だ。これがただの偶然か、もしくは、どこぞの魔術師が仕組んだのかは分からないが、気味が悪いことに変わりはない。


「さて、それで、あなた、たしか、ミコト君だったわよね? あなたの可愛いお友達は、どの異世界にいるのかしら?」

「さあな? 駅で姿が消えたこと以外に手がかりはない。がむしゃらに探していくしかないかな」

「無計画にもほどがあるでしょう…… いや、当然か」


 眼前の電車に乗りつつ、開き直った俺に対して、雨季は呆れつつも、同意を示す。


 そも、この異世界の夢に関する状況は、魔術師だった生枝先輩や、雨季も把握していない。つい昨日まで、異世界の中での行動が現実の生死に関わるかどうかすらも分からなかったほどに。


「それじゃあ、あなた……ミコト君って呼ぶわね。ミコト君は〈接続〉から、どこまでの話を聞いてるの? あいつ、かなりこの怪異の研究を進めてたと思うんだけど」

「基本的な仕組みと、行方不明者がでていることは、聞いてる。一樹がそん中にいることもな。でも、先輩が集めた本とかは、下手に読んだら死ぬとか言われたから、読まず仕舞いだったな」


 そこまで言ったところで、今度は俺が質問する。


「ところでさっきから、〈接続〉って言ってるけど、生枝先輩のことだよな? なんでそんな、変な呼び方をするんだ?」


 昨日の異世界で、先輩は自分のことを〈接続〉の魔術師と称した。だから、〈接続〉という人物が、生枝先輩のことを指しているのは分かるが、変な呼び方であることに変わりはない。


「……世の中には、名前を利用して対象を定める魔術があるってね。一般人には分からないでしょうけど、名前を教えるっていうのは一定の危険が伴うの。

 だから基本的には、その人が魔術に込めた願いを、そのまま呼称にするわ」


 そう言った後に雨季は『そういう魔術は、千年前に姿を消したから、古い習慣が、しぶとく残ってるだけなんだけどね』と付け加える。


「その割には、お前は俺が一般人だって確認する前から、名乗ってたよな?」

「私はまだ、そういう願いが決まってないからね。だから、正確には魔術師でもないの」

「……は?」


 衝撃の発言が飛び出して、俺の思考が一時停止する。

 魔術師じゃない? 

 どうゆうこと? 


「別に、魔術を使えないわけじゃないわよ。いくつかの手品をできるだけの人を、ミコト君は手品師って呼ばないでしょう? それと同じ、自分が何のために魔術を使うのか、どうして神秘を利用しようとするのかを定まってない魔術使いを、魔術師とは呼ばないの」


 こちらの疑問を理解し、雨季は軽く説明する。


「願いを定めた魔術師は狂気的だからね、私なんかじゃ敵わないわよ。要するに、私は半人前だって思っといて」


 なんとなく、理解できる。

 〈接続〉の魔術師を名乗った生枝先輩は、簡単に生命を捨てられる人間だった。


 戸門雨季という人間を俺はよく知らないが、樹木の怪物から逃げ、生命に執着した雨季に、そんな狂気は感じなかった。


 それが魔術師:丸生枝と、魔術使い:戸門雨季の違いなのだ。


「無駄話はここまでね。そろそろよ」


 俺がそんなことを考えていると、隣から声が聞こえてくる。車窓から見える景色を見ると、とてもこの世のものとは思えない光景が広がっていた。


 炎、炎、炎。どんな生物も生きられないであろう炎。その中でも何者かが蠢いている。理外の光景。しかし、見覚えもある光景だ。


「夢で見る異世界は、基本的に現実世界の神話で語られる異界だって予想があるわ」

「ああ、だって、この光景ってまるで……」

「地獄に見えるかしら? でも、住民の様子を見る限り、それよりは、ましみたいよ」


 電車が停まる。炎の中から姿を現した異界の住民は、人間のような四肢と頭を持っていた。

 しかし、異様な姿はそれが決して、人ではないことを示していた。


 腹はまん丸に膨れているのに、胸は肋骨がはっきりと見えるほどやせ細っている。肌は黒い。黒人のそれというより、黒焦げになった人間のようだ。

 そんな化け物が、炎の中、外を問わずに無数に存在している。


「餓鬼。仏教における六道。その内の一つに住まう満たされざるモノ」

『餓鬼道、餓鬼道。開く扉にご注意ください』


 雨季が呟くと同時に、アナウンスが聞こえてくる。今まで聞き取れなかった音声が意味を持って響いている。

 それを受けて、白メッシュの魔術使いは、両の手に手袋をしながら、宣言する。


「異界調査開始。戦いはこっちがやるから、私から離れないで、きちんと守られなさいよ」


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