18:いく姉と命
ガタンゴトン、ガタンゴトン
夢を見ていた。まだ何も思い出してはいなかったあの日の夢を。
「トリックオアいく姉! いく姉って呼ばなかったら、イタズラしちゃうぞぉ」
「バカなこと言ってないで文化祭の片づけ進めて下さい。生枝先輩」
「じゃあ、いく姉って呼んでくれるまでくすぐるぅ」
去年の十月。文化祭が終わった直後。ゾンビのコスプレをした生枝先輩が、片づけの邪魔をしてきた。
三年の先輩が引退し、部長になった自覚がないのか、仕事を放棄し、青白くペイントされた指を俺の脇に向けている。
「ほらほらぁ、いく姉って呼べぇ。昔みたいに、顔を真っ赤にしながらさぁ」
「うんうん、のどかでいいね~」
「おい、ニット帽! こちとら現在進行形で、パワハラを受けてんだが、のどかってなんだってうひゃあ」
俺の様子を見て微笑むニット帽に対し、文句を言おうとするが、脇腹に触れた生枝先輩の手が、それを妨げる。
つーか、さっきから先輩のいろんな部位があったっている。いやっ、これ、わざとやってんな。あてられている。
幼い時には何度も触れた身体ではあるが、昔と今じゃ色々と違う。違いすぎる。
「離れて下さい。あと、色々と押し付けるのをやめてください! 俺を恥ずかしがらせたいのは分かりましたから」
「んん~、ノリが悪いなぁ。それに命君はこれくらいのスキンシップ慣れてるでしょぅ」
胸元の爆弾に触れないように注意しながら先輩を引き剝がす俺に、先輩はふてくされた表情を見せる。
「こんなスキンシップで慣れてるやつがいたら、真っ先に爆破しますよ! たく、いく姉は小さい時から変わんねえな」
行動も、甘ったるい口調も、幼稚園の時と大して変わらない。いかに俺を困らせるか、いかに俺で遊ぶかしか考えてない。
身体を武器にするのを覚えた分、より一層たちが悪くなっている。
そしてまた、いく姉と呼ばれたことにはしゃぐのだ。そうに決まっている。
「オレは今、オマエらをこそ爆破したいんだが……、分かってくれるか? 分かってくれるんなら、これ口に含んでくれ、コーラぶち込むから」
俺の予想を裏切り、声を発したのは、ニット帽だった。何やらイライラとした目で、ラムネ菓子をこちらに向けている。
やめろ! それ、冗談になってない。
当のいく姉、もとい、生枝先輩は、いく姉と呼ばれたのにも関わらず、キョトンとした顔で、こちらに視線を向けてくる。
「慣れてない? なんで?」
「先輩!? それ冗談になってませんよっ! ほらっ、ニット帽がラムネ菓子とコーラ持って近づいて来てる」
あかん。これ、マジで爆破される。
ガタンゴトン、ガタンゴトン
「大丈夫だ、ミコト。人体は密閉されてないから、爆発はしない。ちょっとゲップしまくって、胃の中のもんぶちまけて、先輩に嫌われるだけだ。あっ、掃除はオマエの担当だったよな?」
「ちょっとで済んでねえよっ! つーか、その上で掃除を押し付ける気かよ貴様! っておい、マジでやめ……」
「ろ」と言おうとした口に、ラムネが三粒押し込められる。すかさず、コーラとかいう起爆剤が、俺の口に近づいてくる。
ガタンゴトン、ガタンゴトン
「そっか、命君は本当に、何も覚えてないんだね」
そんな言葉が聞こえた直後、起爆剤が俺の口に押し込められた。




