17:黒い何かと命
「あなたもしかして、死にたい人? それとも、ただのバカかな?」
「バカは否定しねぇよ。でも、生命をかける覚悟は持って、ここに来た」
電車を降りた直後、声が聞こえてきた。案内板の向こうにあるベンチに、誰かが座っている。
時刻は6時55分。異世界の門が開くまで、あと5分。
実菜と別れて、家で軽くシャワーを浴び、着替えた。そして、いつも学校に行くのと同じ順路で電車に乗り、今、戸門学園駅に着いた。
相変わらず、人は少ない。
「〈接続〉の末路を見て、それでも逃げ出さないのね。最初に巻き込んだのは私だけど、呆れてくるわ」
「そういえば、一昨日の電車内の中で、『これは私の不手際』とか言ってたっけ?」
「そ。あの怪異の中で、一般人を遠ざけるのは、私の役目だったから……。ほんと、いつの間に紛れ込んだのか」
悪態をつき、案内板の向こうの人物は頭を抱える。
「本当に、本当にごめんなさいね。私がきちんと階段を監視していれば、あなたのことを〈接続〉のやつに言ってなければ、こんなことにはならなかった」
「先輩はお前のことをお人好しって言ってたけど、実際、そうなのかもな」
ホームの逆側に回り、ベンチに座る。隣には、一昨日に異世界で会った少女の姿があった。
戸門雨季。魔術師育成機関であるSクラスの生徒にして、学園創業者の家系の一人。三本の白メッシュが入った髪を揺らしながら、こちらを睨んでいる。
「消えなさい。あなたが来ても屍が一つ増えるだけだから」
「助けたい人がいる」
雨季の言葉を無視して、俺は言葉を紡ぐ。
「つい昨日まで、その存在すら忘れてた男が、今さら誰を助けるって?」
「忘れてたから、そして、思い出したから一樹を助けるんだ! 今からなっ」
皮肉を言う雨季に、俺は正面から答える。
お人好しと呼ばれた少女は、歯噛みしながら、こちらに視線を向けてくる。
「〈接続〉のやつに、完全にかどわかされてるわね。これも私の責任か……」
「生枝先輩は関係ねえよ! 先輩は思い出させてくれただけ。ここにいるのは俺の意思だ!」
「これは修復不可能……か。あなた、やっぱ正真正銘のバカだわ」
言って、彼女はカバンを持ち上げる。それが動く度に、嫌な金属音が響く。
「わたしが巻き込んだ以上、責任はとるわ」
持ち上げたカバンから、黒い何かを取り出すと、雨季は防犯カメラから隠すようにして、それを渡してくる。
「仕方がないから、あなたの異世界行きを認めるわ。基本的には、私が守ってあげるけど、自衛の手段は持ってなさい」
「これって……」
「本物よ。ルーンっていう刻印魔術で反動を押さえて威力を上げてるから、素人でも扱えるわ」
渡されたものは、しっかりとした重さで、俺の手に収まった。
日本では、持っているだけで逮捕されるあれだ。
ルーンとは、北欧神話などに見られる文字の一つだ。詳しくは覚えてないが、オカルト研究部の話で出てきた記憶がある。
持ち手の部分の直線の刻印と、もう一方の先端にあるコップをひっくり返したような形の刻印が、ルーンなのだろう。
「それ、わたしが守りきれなかった時の最終手段だから、基本的には使わないようにね」
声が聞こえた直後、どうしようもないほどに瞼が重くなる。駅の電光掲示板の方を見ると、6時59分という時間表示が、6時60分に変化した。