13:メモ帳と命
「なあ、生枝先輩が亡くなったって」
家に帰ると、兄が声をかけてきた。頭の出来以外、何もかもが同じ双子の兄だ。
小学校低学年の頃は仲が良かったが、高学年に入り、兄が自らの学力を鼻にかけるようになるにつれて、疎遠になっていった。
最後に仲良く話したのは、時計の単位換算の問題について文句を言いあった時かもしれない。
学力がクラスに反映される戸門学園では、単一クラスである初等部以降は、同じクラスになったこともない。俺はDかCクラス。兄はいつもAクラスだ。
「ああ、気を失ってるのを、この目で見てきた」
「……そうか」
最低限の言葉だけ紡いで、会話が止まる。正直今は誰とも話たくない。
「……これでSクラスの席が一つ空くか」
「はっ」
「あっ、いや、スマン。不謹慎だった」
ふざけた言葉をぬかす兄を睨みつけると、兄はすぐに謝って、自室に戻る。Aクラスでもトップの成績を持つ兄にとってSクラスとかいう謎のクラスは、かなり目障りらしい。
入りたがっていることは知っていたが、知り合いが、幼馴染が死んだというのに第一声がそれなのか……。
手を洗う気力も起きず、すぐ自室に入って、ベッドに身体を沈める。
ブーーーッ、ブーーーッ
スマホが震えていることに気づく。
先輩が、オカルトじみた画像を送ってきたんだろう。
『先輩、大丈夫ですか?』
『生枝先輩の話聞きました』
『一人でいたい気持ちは分かりますけど、』
『なる早で、返事を下さい』
『すごく、心配しています』
実菜からだった。通知は全部で三十八件。そのほとんどが彼女から来ている。
先輩からの通知は一つもない。当たり前だ。
亡くなったんだから。
「ああ、あああ」
言葉がでない。
この目で見てもなお、実感が湧かない。
未だに、先輩のトーク画面から、『冗談だよぉ』と『こういうトリックでしたぁ』というメッセージが現れるのを期待している自分がいる。
端末を床に落とし、夢の世界へ逃げようとする。顔を伝う液体の感覚と、新たなメッセージを通知するスマホの振動が、その逃避すら許さない。
結局、戸を叩く親すらも無視して、俺は一晩中、泣き続けた。
※
顔に日光があたり、日が明けたのに気がついた。この部屋に朝日は届かない。もう、昼間だ。
涙も枯れた。これ以上、伏せていたら、きっと、先輩にデコピンされる。
そう考えて、無理矢理に身体を起こす。
(今日は、土曜……か)
戸門学園は一応、進学校と呼ばれる類の学校だ。Sクラスはどうだか知らないが、他のクラスは、午前中だけ授業がある。
もっとも、今から行っても、下校中の生徒に会うだけだが。
(初めてのサボり。いやっ、忌引きが適応されんのか?)
そんなことを考えつつ、ベッドから腰を浮かす。
瞬間、左ポケットから何かが零れ落ちた。
(メモ帳の切れ端か? こんなもん、入れた記憶ないが)
疑問に思いつつ拾う。裏に何か書いてありそうだ。
そして、裏を見て、目を見開く。
丸みを帯びた、可愛らしい筆跡。間違いない、生枝先輩の字だ。
(行かなきゃ)
内容を見て、部屋を飛び出す。親が呼び止めるのを無視して、靴をはき、外へ踏み出す。
昨日。駅までの道中、駅についてからも、生枝先輩は俺の左腕を握っていた。ポケットの中に紙切れ一枚滑り込ませるタイミングなんて、いくらでもあったはずだ。
ならば、これは彼女の遺言。
異世界で死ぬ可能性を考慮した俺へのメッセージだ。
向かうのは、タイムカプセルを埋めた公園。その地下。あの夢の中で、先輩が帰ったら行こうと誘ってくれた場所。
先輩が知る、丸一樹の全てがそこにある。