全ての男性が美女に惹かれるわけではない
「フレデリック様、聞いてくださいませ!」
麗らかな日差しが差し込む貴族、王族の集う学園の中庭で甘くも悲しげな声が響き渡る。
この場にいるのは三人だ。たった今耳を貸してほしいと叫ぶ柔らかそうな亜麻色の髪と大きな翡翠色の瞳を持つ愛くるしくも魅惑的な身体の持ち主であるリア・クラレン男爵令嬢。
そしてそれに目を丸めながらベンチに座る、太陽のように輝く金髪と深い紺碧の色をした瞳を持つ美丈夫、この国の王子であり次期国王であるフレデリック・ジャン・ブローディス。
最後に、そんな彼の隣に座りじっと彼女を見つめる烏の濡れ羽色の髪と紅玉のような瞳を持つ、しなやかな体つきでありながらどこか妖艶な印象を受ける妖艶な美女、フレデリックの婚約者であるサーディア・ベルジュ公爵令嬢。
「私……私……!」
リアは一瞬隣にいるザーディアに怯えた目を向けながらも両手で顔を覆って小さく震えながら告発した 。
「サーディア様に虐められてますの!」
「人違いじゃないか?」
即答である。しかもその声の持ち主は加害者とされたサーディアではなく、聞いて欲しいと懇願された王子である。
なあ?と首を傾げて婚約者を見るフレデリックにそうですわね、と冷静に頷くサーディア。否定するにも、もっと動揺したり感情的になったり攻撃的になるところ、あまりの温度差に目を点にするリアであるが、慌てて否定する。
「ひ、人違いなんかじゃありません!だって私、その人に池に突き落とされたりお家の地位が低いからって酷いことを言われたり、大切な宝石を盗まれたりしたんです!」
「だからそれが可笑しいんだよ、彼女は僕の護衛なんだから」
またもや即答である。
ベルジュ家は騎士として名高い家系だ。そしてサーディアは、女であるものの数百年前に前線で活躍しこの国の英雄となった者の生まれ変わりではと謳われるほどの実力の持ち主だ。着痩せするからわかりにくいが、腹筋も割れているし腕や脚に一切無駄な肉はついていない。それでも年頃の乙女らしくコンプレックスを感じている本人が「ドレスってなんであんなに露出があるのでしょう。誰か舞踏会は甲冑で踊ってもよいというマナーを作ってくださいませ」と冗談なのか本気なのかわからないことを愚痴るほどだ。
それだけの実力がある彼女は、王子の婚約者兼護衛騎士という立ち位置にいる。周囲の大人よりいち早く彼女の才能を見出した幼い王子が任命し、面白がった国王が子供の遊びと考え了承したのだが……事実、息子を狙う不届き者を何度も蹴散らしてきたので数年も経たぬうちに公認とすることとなった。
当然、護衛というからには彼の傍には常にサーディアがいる。稀にその姿を見て、婚約者に付き纏っていると勘違いする者がいるのだ。そして、今回もそのケースである。
「実際離れるのなんて用を足しに行くとかそんな時だけだしな」
「そ、そうです!その時に私を……!」
しかし彼女もここまで来て引き下がることは出来ない。尚も食いつく彼女に、「そうだとしても、」と静かなサーディアの声が響く。
「何故貴女様をそのような目に?」
「私が殿下の寵愛を受けるのを恐れているのでしょう!」
「……ちょうあい」
「え、ええ!実際殿下の愛を受け止め同じものを返してご満足して頂くことが出来るのは私だけと仰っていましたもの!!」
豊かな胸を張って宣言し、ちょっっっっとばかり話を脚色するリアに、ぱちぱちと何度も瞬きをするサーディアの声は常に凛としている彼女らしかぬ呆然としたものである。
ショックを受けたか、怒り出すかとようやく相手にされた気になったリアは口元に笑みを浮かべる。
「お、おめでとうございます、殿下!」
しかし、続く言葉には絶句する。
なんだおめでとうございますって!
あまつさえ満面の笑みを浮かべて普段のギャップを見せつけるその姿は何なんだ!!
「ついに殿下も普通の女性を愛せるようになったのですね!」
「んなわけあるか!!」
色々と引っかかる言い方の彼女の発言をいつもの品も穏やかさもなく切り捨てるのはフレデリックだ。
「なんで俺がこんな下手くそな嘘八百並べる、頭の悪い老け肉団子を相手にしなきゃなんねえんだよ、お前ならわかるだろ!」
挙句、とんでもない暴言を突きつけてきた。
「え……ふ、フレデリック様……?」
「フレデリック様、流石にあんまりですわ」
言葉を失うリアに代わって先程の笑顔からうってかわりすん、と真顔で窘めるサーディアに、フレデリックも我に返ってはっと息を呑む。
「あー……その、すまない、肉団子嬢、口が滑った」
「謝罪の気持ちが1ミリも見えませんわ!!なんですの!殿下は夢とロマンの詰まった胸よりそこの硬そうな筋肉が良いと言いますの!?」
「かっこいいだろうが!筋肉ダルマじゃない女性特有の筋肉だぞ!!強くてしなやかで美しいとか最高だろ!!」
「こっちだって出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでるんですのよ!?あと誰が老けてるですって!?10代の乙女に何をほざきやがりますか!!」
「仕方ねえだろ!!俺の中の恋愛範囲は12歳までなんだ!!!」
「…………え?」
「………………あ」
「……………殿下」
誘惑しようとしていた相手との口論の末、唐突に性癖を暴露してきた王子に固まる男爵令嬢。
今度は更に悪化した形で口が滑ったと口を抑える王子。
そしてそんな二人を見て頭を抱えつつ止めるタイミングを間違えたことを悔やむ公爵令嬢。
「ええと、クラレン嬢。貴女様はとても魅力的な方ですわ。その可愛らしいお顔も、理想的な体型も小鳥のような声も、恐らくたくさんの男性が貴女様に恋焦がれることでしょう。ですが、人にはそれぞれ好みというものがありますから……」
「流石に許容範囲12歳は好み云々の前に犯罪ですわよ!!」
「………まぁ、そうなのですが。殿下はイエス幼女!ノータッチ!を掲げていますので実質無害なのです」
「そこ!胸を張ってんじゃねえですわよ!!」
何故か誇らしげな王子を怒鳴りつける。
「俺が手出しするのはサーディアの描いた絵と過去をベースにした妄想だけだからな!」
「だから…………絵、ですって?」
ぎぎぎ、と音が立ちそうな動きでサーディアの方を向けば、そっと顔を逸らされる。その顔は赤く染まり、「くっ、殺せ!」と言いたげだ。
「………殿下をご満足させるのも私の役目ですから」
「いやいやいや、ん?え?つまり、その、描いた絵っていうのは、もしやサーディア様……」
「………ちょ、ちょっと肌の露出が強い幼女の絵を………」
「年頃の、乙女にっ、何を描かせてやがんですのーーーー!!!!」
「落ち着いて!落ち着いてくださいませ!私が申し出たんです!!幼女にしか興奮を抱けず苦悩する殿下があまりにもお労しいものでしたので……」
「貴女様は貴女様で献身的になる場面を間違えていますわ!!」
今にも掴みかかりそうなリアを後ろから押さえるサーディア。この地獄絵図を見ている人間がいないことを心から神に感謝した。
最終的に、「貴方みたいな変態こっちから願い下げですわ!!バーーカ!!ボーーケ!!きっもーー!! 」と叫んで去っていった男爵令嬢を二人で見送る。
「え、あいつ超不敬じゃね?」
「殿下が散々なことを仰るからですわ 」
苦虫を噛み潰したような顔をするフレデリックにいつになく冷たく言い切るサーディアに、流石に申し訳なさそうな顔をする。うっかり成人向けの絵を描いて自分に贈っていることをバラされたのだから当たり前である。
「あー……悪かったよ、でも俺だって神の描いたような絵がこの世に存在するなんて誰にも言いたくなかったんだぞ」
「とんでもない神への冒涜ですので、絶対に教会関連者には仰らないでくださいませ 」
「それに」
「なんです?」
「お前にありもしない罪を被せようとする時点で、俺の中では敵扱いになるんだから仕方ないだろ」
唇を尖らせて子供のように言い募るフレデリックに思わず口を閉ざした。
先程、「こんな変態の婚約者だなんて……国が決めたこととはいえ可哀想!」とリアに同情された。
確かにフレデリックの性癖は少数派な上に犯罪を連想させるものだ。だが、彼のイエス幼女!ノータッチ!の心情は本物で、以前どこで情報を仕入れてきたのかまだ8つになったばかりの娘を寝室に送り込まれた際には丁重に彼女を保護した上でその父親を殺害した。物理ではなく精神的及び社会的に。
彼の幼女愛に関しては煩悩は確かにあるものの、大前提としてその幼子が健やかで、尚且つ幸せに笑いながら成長していくことができる、ということが絶対条件だ。
だからこそ、サーディアはフレデリックを信頼しているし、ある種誠実で善良なその性癖すら愛していると言える。……言える、のだが。
やはり、婚約者という立場でありながら、幼い頃から恋い慕っている相手に異性としての魅力を欠片も感じて貰えないのは……ほんのちょっとだけ、寂しい。
「……それは、望外の喜びでございます」
「当たり前だろ、だってお前は俺の大事な護衛であり婚約者であり、この国を一緒に支えるパートナーであり、俺の初恋なんだからな」
「っ」
「いやあ、あの時の気の強そうで健気な至高の美少女がこんなに綺麗になって俺を支えてくれるんだからこれ以上はないよ」
「………今の私は、どう見ても12歳には見えませんが」
にこにこと笑いながら隠すことなく満足だと告げる彼に思わず疑問と本音を返せば、彼は不思議そうに首を傾げる。
「当たり前だろ」
「ですが、殿下は幼い子供が好きではありませんか」
「それはもちろん。ただ、当然あの天使達と結婚出来るわけない。したとしてもあと10年かその先だ」
現実が見えてないわけじゃないぞ、と告げる彼は、それにな、と悪戯っぽく微笑んだ。
「この世界にあの時のお前以上に魅力的な幼女も、今のお前以上に生涯共にして欲しいと思う女性も存在するはずがない」
清々しいほどにキッパリと言い放つ婚約者に、サーディアは目眩と共に全身が炙られたような熱を感じて顔を伏せる。
「サーディア?顔が赤いが大丈夫か?」
「大丈夫です。それより教室に戻りましょう、授業が始まりますわ」
「いや、だがもし体調が悪いなら……」
「――もう!大丈夫ですから!早く行きましょ、遅刻したら大変ですっ」
「!!……い、行くぅ!」
(助かったわ)
いつもでは考えられない甲高く幼気な弾む声は、やはり幼女にしか興味を抱けないフレデリックのためにマスターした幼女の演技である。我ながら目を覆いたくなるような痛々しさだが、何故かフレデリック本人には大好評で、こうして上手く誤魔化せることも多々ある。
(本当に……罪なお方。こうして無意識に何度も私に期待させるんだもの。このままでは私、我儘で浅はかな女になってしまうわ)
心の中で深い溜息を吐いて、鼻息を荒くし表情をデロデロに溶かしたフレデリックをどう嗜めたものかと頭を悩ませた。
頬の熱は、未だに冷めない。
ちなみに、後日どこからか彼の性癖を聞きつけた見た目はどう見ても幼い少女でありフレデリックとサーディアの同年代の令嬢が誘惑を試みるのだが、「出たな似非幼女婆め!俺はお前のように見た目合格点なのに中身性悪丸出しなのが一番嫌いなんだ!身長低くて胸がペタンコで目が大きければ許されるも思ってんのか!!許すかボケゴラァ!!幼女愛舐めんな幼女初心者が!!」と盛大に暴れ回るのだが、彼の婚約者であるサーディアが上手く止めた後は大した事もなかったので、それはここでら記述を省くこととする。
登場人物
フレデリック・ジャン・ブローディス
太陽のように輝く金髪と深い紺碧の色をした瞳を持つ、まさに乙女の夢見る王子様。次期国王。普段は誠実で穏やかだが実は口が悪い。親しい人間の前では特に顕著。そして心を許した人間には正直なのでロリコンは直ぐに婚約者のサーディアにバレた。というかバラした。性的興奮はしないがサーディアが世の女性の中で一番と堂々と宣う。初恋はサーディア。というか幼い頃に初恋を拗らせてロリコンになった。能力は優秀である。全ての国民(特に女児)が笑って暮らせる国を作りたい。
サーディア・ベルジュ
烏の濡れ羽色の髪と紅玉のような瞳を持つ、しなやかな体つきでありながらどこか妖艶な印象を受ける妖艶な美女。王子の婚約者であり公爵令嬢。幼い頃からフレデリックが好きだがそれは恥ずかしさから本人に伝えていない。外交能力や作法、勉強はどれも優秀で剣の腕っぷしは騎士の家系ということを抜いても天才的。令嬢としては筋肉質すぎることが悩みの種であるが誇りでもある。ロリコンな婚約者のために成人向けのロリの絵を極めたりロリボイスをマスターするなど間違った方向にも全力で努力する。
リア・クラレン
柔らかそうな亜麻色の髪と大きな翡翠色の瞳を持つ愛くるしくも魅惑的な身体の持ち主である可憐な男爵令嬢。現在男性貴族に大人気で、「あれ?もしかして私王子誘惑できるんじゃ?」と思って決行したが思わぬ性癖に惨敗。王子の性癖に関する口止めとして今回の件についてはなかったこととなった。その後権力もあって顔も良くても性癖がやばいやつはいると知り、尚且つ全ての男性が自分に靡くわけではないと理解し、誰かの婚約者を奪うこともなく安定した未来を築く。成り上がりの男爵家の為口調がおかしい。