2 お、お客さん?
暖かい日差しを浴びながら、椅子に座って店番をする。
時刻は昼頃だろうか?
うん、暇だ。
魔道具は決して安くはない。なのでお客は少なく、店内の掃除と二階にある師匠の部屋と自分の部屋を掃除したらほとんどの仕事は終わりだ。
「……ふわぁあ――いらっしゃいませ」
あっぶね。お客さんに眠そうにしてる姿を見せたら、店番のプロ失格だ。
今日、最初のお客さんであり、初めて接客するお客さんに視線を向ける。
少し癖っ毛の茶髪の少年。
貴族の子だろうか?
少年は魔道具に一切目もくれず、真っすぐ俺の目の前までトコトコ歩いて来る。
「じー……」
え?
「じー……」
お、お客さん?
「じー……」
いや、これはどんな対応をするのか試されているんだ。
信用にたる人物なのか、信用できる魔道具屋なのかを!
ええい、店番のプロである俺の実力を見せてやろう!
「お、お客さん?」
最初は無視してた。
でもさ、誰だって。
至近距離でまじまじと観察されたら、なんか言いたくなるだろ。
「ねえ、おじさん」
「なんだい? 坊主。おじさんに何か聞きたいことが――おじさん?」
「見ない顔だね」
「ああ。お兄さんはつい最近、王都からここに来たんだ」
「なんで、わざわざ王都から? この街、田舎でも大都市でもない、ビミョーな街だよ?」
すんごいディスるな。
「技術が発展した街だからかな?」
「ふーん。おじさん暇?」
落ち着け。
俺は店番のプロ、俺は店番のプロ。
「暇では、ないかなあ?」
「さっき、あくびしてたのに?」
見られてた。
「ところで、坊主の名前は?」
「話を変えたのバレバレだよ」
なんなんだよ、この坊主。
「それに、名前を尋ねる時は先ずは、自分から名乗るんだよ」
「……ジルだ」
「よくできました」
ホントなんなんだよ。
「ぼくの名前はマルクだよ」
あれ? 貴族の子じゃないのかな。
「なあ、坊主――」
「おじさん。その前に坊主って呼ぶのやめて欲しいんだけど」
「なんで?」
「ハゲじゃないから」
やめろお前!
「ほら、こんなにフサフサでツヤツヤな髪が、こんなに」
誰だ子どもに禁句を教えた奴。
「親戚のおじさんみたいにハゲじゃないもん!」
止まらねえな、コイツ。
「それなら、おじさん呼びをやめやがれ」
「そこは譲れない」
どんな信念だよ。
「坊主は貴族か?」
「いや、ただの宿屋の息子だよ」
どう育てばこうなるんだ?
「宿の手伝いは?」
「サボった」
おい、両親。コイツを野放しにしたらダメだ!
「おじさん、遊ぼ」
「いや、暇じゃねえんだよ」
「さっき、あくびしてたじゃん」
そうなんだけどね。
「おじさんって魔道具師?」
いや、ここ魔道具屋だから。
「そうだよ。まだ見習いだけどな」
「なんか魔道具、見せてよ」
「ダメ。さっさと帰って、親を手伝いな」
「そういうこと言うから、おじさんって言われるんだよ」
お前にしか言われてねえから。
「じゃあ、見せてもらったら帰る」
「本当?」
「ホント!」
それじゃあ、昨日の夜に作ったとっておきを見せてやろう。
「じゃ~ん。スライドシューズ!」
「お、おお……」
何その反応。
「ごめんなさい、魔剣とかを勝手に期待して勝手に失望しただけだから」
的確に心をえぐるな。
「結構、面白い魔道具だぞ」
「面白い?」
◇
坊主を連れ、魔道具屋を出る。
「見てろよ」
俺がスライドシューズを地面に置くと、氷の膜が発生した。
「おお! 履いてみてもいい?」
「滑るから気を付けろよ」
「すごいね! でも何に使うの?」
「……失敗作だよ」
「え?」
「風属性魔法を付与して走りやすい靴を作ろうとしたら、何故か氷属性魔法が付与されてたんだよ!」
「えぇ……。じゃあ、これは?」
「あ~……。おもちゃか?」
「悲しいね」
同情、やめろ。
「これで、鬼ごっこしようよ!」
「鬼ごっこ?」
「あ~……。おじさん、鬼ごっこっていうのは――」
「いや、鬼ごっこは知ってる。俺、店番中だから」
店番のプロはいかなる状況でも、仕事を放り出さないのだ!
「おじさんが鬼ね」
聞こえてないのカナ?
「鬼さんこちら、手の鳴るほう――うわあああ!」
店の前の通りは緩やかな長い坂道になっている。なので……。
「いやあああ!」
坊主は滑っていく。
へっへっへ! 勝手に鬼ごっこを始めるからそうなるんだ。
「おじさん、いや! お兄さん。ぼくが悪かったです! だから早く助けてください!」
まあ、これくらいで許してやろう。
「あれ、加速してる?」
最初はゆっくりだった滑りは、勢いをつけてどんどん速くなっている。
「じゃ、じゃあ?」
「すまんが、坂道が終わるまで耐えてくれ」
「いやあああ!」
俺は坊主に笑顔とサムズアップを送った。
◇
「ふう、楽し――すまんかったな」
「今、完全に楽しかったなって言いそうになったでしょ」
坂を下りきったあとにある広場は、中央に噴水があり、その周りには長椅子が設置されている。
長椅子に俺と坊主は座りながら息を整えていた。
「使い方によっては、魔道具は危険だからな」
「うん、ごめんなさい」
素直に謝れてとてもいい子だな。
「お兄さん、ちょっといいかな?」
この街の衛兵さんだ。強面のガタイのいい男が無理して口角を上げていたから、思わず『うわっ』と言いそうになった。
「何でしょう」
「お兄さんが坂を奇声を上げながら、走って下りてきたと報告があったのだが」
奇声は坊主が出していたんだが……。って坊主が居ねえ、逃げたか!
「詰め所で話を聞いてもいいかな?」
前言撤回だ。あいつはクソガキ。
◇
「ジル」
「ハッ、ハイ」
「店番サボったね」
「いえ、それには海よりも深~い事情が……」
「言い訳はいいよ」
無事に解放された俺を待っていたのは、笑顔で怒る師匠だった。