13 ランクを上げさせたいギルドマスターVSランクを上げたくない男
今日の魔道具屋は定休日。
師匠の朝ご飯を作り、魔動冷蔵庫に入れたところで、今日の予定を考える。
そうだ、湯屋に行こう。朝から行くのは久々だな。
そう思い、財布を手に取るが違和感があった。
「軽い?」
◇
師匠からの給料は娯楽には使っていない。というか、素材や道具を買えるようにともらっている給料を娯楽なんかに使えない。
なので、たまに冒険者ギルドで依頼を受ける。あまり、気乗りはしないが。
「お、着いた」
森が近い南の区画にたたずむ大きなレンガ造りのギルド。
重々しいドアを開けると、併設された酒場で朝から飲んでいる男、掲示板の前で依頼を選んでいる男、受付でダルそうにしている男が目に入る。
いつ来ても目に毒だな。
冒険者の男女比が圧倒的に男の方が多い。それに、ギルド職員もそんな冒険者に対応しなくてはいけないので男の方が多くなる。
それともう一つここに行きたくない理由がある。
「おい、【新人狩りの悪魔】が来たぞ……!」
「あれか? 片っ端から低ランクの依頼を受けながら一人で達成する男って」
とてつもなく不名誉な二つ名をつけられているのだ。
Dランク以上の冒険者は緊急依頼に参加させられるので低ランクの依頼だけを俺は受けている。だが、当然それだけでは報酬が少ないのでボードに出ている低ランクの依頼を全て受ける。
新人の冒険者はいい仕事とるために早く来るので新人から仕事を奪うことはないのだが、面白おかしく【新人狩りの悪魔】と呼ばれるようになってしまった。
納得できないことが一つだけある。悪魔っている?
近所の子どもと遊んであげる素晴らしい大人なのに。
まあ別にいいか。さっさと終わらせて湯屋に行こう。
「やあ、今日も低ランクの依頼だけを受けていくのかい?」
掲示板から依頼をとっていたらそう話しかけられたので、とりながら答えてやる。
「フッフッフ。緊急依頼は面倒くさいからな。このやり方が一番賢いのだよ」
「それはギルドマスターの僕の前でも言えるのかな?」
謎の迫力を感じ、後ろを振り向くことを拒否する首を無理やり動かす。
「僕の名前はファイ。ここのギルドマスターをやっているよ」
燃えるような赤い髪と赤い瞳の男。俺は一目で察した。
変な奴に捕まった……。
◇
「なんで、俺が昇格試験を受けることになるんだよ!」
ギルドの裏にある広い練習場に連れてこられた。
練習場には金属でできた人型の的に目掛けて矢を放つ人や剣の素振りをしている人などたくさんの人がいたが今は俺達の周りに集まっている。
「あの【新人狩りの悪魔】が昇格試験を受けるらしいぜ」
「ギルドマスターが試験官だと!?」
見世物じゃないんだよなあ。
「当たり前じゃないか! 優秀な人材が低ランクなままでは高ランクの依頼が貯まるし、新人の仕事が減る」
それもそうか……。
「それに、君も立派なボウケンマンになれないじゃないか!」
ボウケンマンって何?
「人のピンチに颯爽と現れるボウケンマン。人知れず街の発展に貢献するボウケンマン。薬草を採取し、人の命を救うボウケンマン。みんなもボウケンマンになろう!」
「「「「うおおおお! ボウケンマンかっこいい!」」」」
えぇ……。
「というか、試験は希望者のみだぞ? 強制的にさせられないだろ」
「特例かなんかでギルドマスターの権限でできるだろう」
お前、ギルドマスター向いてないだろ。
「最初の試験は魔法だ。あの的に全力で魔法を放ってくれ」
まあ、いい。火種程度まで威力を下げた火魔法でも見せてやれば、すぐに諦めるだろ。
的に向けて右手を突き出す。
【ファイヤーボール】。
弱々しい炎が、的まで真っすぐ進み、命中するが小さな音を立てて消えてしまう。
「ほら、威力が弱い魔法しか使えねえから、ランクアップは無理だろ?」
あれ、思っていた反応と違うな。さっきまで雄たけびを上げていた冒険者たちも急に黙って。
「……今、無詠唱だったよね?」
やっちまった。
「小声で詠唱しました」
「いや、そうだとしても詠唱が早すぎだよ」
「早口で詠唱しました」
「いくらなんでも早口でここまで早く詠唱できないって」
「噛まずに詠唱しました」
「無理があるだろ。あれは無詠唱だった」
「詠唱しました」
「……次に行くよ」
◇
次は剣の試験。冒険者と木剣で模擬戦をするらしい。
ちなみに冒険者たちはあの説明で納得していた。アホすぎるだろ。
「誰に対戦相手を頼もうかな……。あっ! そこの腕に包帯を巻いているロバート君。君にお願いするよ」
「オレっすか?」
いつの間にか混じってた。
「いや、軽傷ですけど今は剣を振れなくて……」
なんで、怪我人を指名したんだよ。
「剣を持ち上げることはできるんだよね?」
「はい」
「蹴りなら使えるんだよね?」
「まあ、はい」
「じゃあ、問題はなしだね」
どゆこと!?
「……そうっすね」
少しは粘ろうよ。
「紅茶を飲んだあの日以来だな。蹴りしかできないが、全力で戦うぞ」
「お、おう」
このギルドマスター、合格させる気まんまんなんだけど。
木剣を渡され、向かい合う。
「それでは、始め!」
直後――、ロバートが視界から消える。
「ッ!?」
一瞬で肉薄され、蹴りが放たれる。が……。
「だふっ……」
「え?」
腕を使えないからか、バランスを崩し、ロバートはうつ伏せに倒れる。
「勝者、ジル!」
「「「「うおおおおお!?」」」」
「待て待て待てッ!」
「おめでとう。君はDランクに昇格だ!」
何が『おめでとう』だよ!
「さすが、【新人狩りの悪魔】だな」
「ああ、どんな卑怯なことをしたのか、わからなかった」
違う。違うから!
「やり直し、やり直しを!」
◇
「ふう……」
身体強化魔法と回復魔法をこっそりとロバートにかけることで、ようやく負けることが出来た。
「お疲れさん。まあ気にすんな、オレの方が強かっただけだからな!」
盛大にこけたコイツに、負けたことになるのは不満だが、まあいい。
「ファイさん、これだと、ランクアップは無理でしょう?」
これで、いつものように依頼を受けられる。
「すごいじゃないか! 怪我をしていたとはいえBランク冒険者のロバートと渡り合えただなんて!」
え……。
「Dランクに昇格だ!」
結局、同じかよ……。