1 弟子にしてください!
「この街だと、ここで最後か……」
目の前には、木造二階建ての古い建物。
暖かい日差しが出ているのに、この辺りだけはどんよりとした暗い印象がする。
壁にはツタが生え、蜘蛛の巣が張られている。
朽ち果てた看板には『みーる☆みる!』と、うさんくさい店名。
「うん、ここで間違いない!」
間違いであって欲しかった。
「いや、ここまで弟子入りを断られてきたんだ。どんなところでもいい」
苔が生えたドアを押して入ろうとするが、――ドアが外れた。
「あっ……。やっちまった」
店内を見ると想像よりも汚い。
店内の四隅には、当たり前のように蜘蛛の巣が張られ、ほこりが積もった棚には乱雑に置かれた魔道具がある。
あれ? ここ魔道具屋だよね?
売る気ねえな。
「あのー、すみません。ドア、外れたんですけどー」
店の奥へ呼びかけると気の抜けた声が返ってきた。
「……あと、一時間待って」
待つわけねえだろ。
「元気ですかーッ!」
「元気でーす」
早く来い。
ガサゴソと音を立てながら現れた、女性を思わず二度見する。
せっかくの綺麗な黄金色の髪はボサボサ。
透き通った青い瞳は眠そうに半開き。
元気ですかーッ!?
「ちょっと君、ドアのことはどうでもいいから帰ってくれないかな、私は今からとっても有意義な時間を過ごすんだからね!」
「有意義な時間というのは?」
「睡眠だよ。この世で一番有意義さ」
堕落した人生を送っている人の言葉である。
「せめて弁償させてください」
「いや、一か月前から外れてるから」
なおさら、ヤベーって。
「この店はやっているんですよね?」
「そうだよ」
「どうして、こんなにも汚いのでしょうか?」
「掃除は苦手なんだよ」
苦手の基準はとっくに超えてんだよ!
「せめて、話だけでも聞いていただけませんか」
「訪問販売はお断りだよ」
来るの?
「弟子にしてください」
「料理、掃除、洗濯はできる?」
「できます」
「採用!」
どんな面接だよ。
「私はミル。君の名前は?」
「ジルです」
「黒髪で目つきの悪い男のジル。うん、覚えたよ」
覚え方がヒドイ。
「じゃあ、早速ドアの修理と掃除、溜まった洗濯ものをよろしくね」
最初っからそれが目的だろ!
「これも修行だから」
なわけあるか。
「日が沈むまでに終わらせてね」
無理。
「嘘っ……。本当に終わらせられるなんて……」
それをあなたが言ったらダメでしょう。
「魔法を使って掃除してたけど。得意なの?」
「はい、王都の魔法学院に通ってました」
「もっと、楽に稼いで、食っちゃ寝生活できるんだよ?」
言い方。
「どうしても、作りたいものがあるんです」
「作りたいもの……?」
あっ、何か事情があると勘違いされている。
この空気では言いにくい……。話を逸らそう。
「それにしても、綺麗になりましたね……!」
「うん、そうだね」
あんなにも汚く、足の踏み場もなかったこの店は……。
なんとということだ……!
窓から光が入り、清潔感のある落ち着いた空間へと生まれ変わりました!
「それで、作りたいものって?」
戻すな。
「ところで、師匠。ゴキ◯リは約三億年前から存在していたと知ってますか?」
「へえ、で?」
オウフ……。
「魔剣を作りたいんです! 男の子の夢なんですよ!」
こう言ったら人はどう反応するのか?
「へ、へえ……」
こんな反応だ。
「じゃあ、実力を見せてもらってもいいかな?」
「それなら、自信作がありますよ」
カバンから腕輪型の防水結界を取り出し、テーブルに置く。
「ふむ、ふむふむ」
「ど、どうですか?」
「よくこれを自信満々に見せれたね」
ストレートに来たな。
「結界の範囲がとても狭いんだけど?」
「簡単だと聞いたんですが騙されましたね」
「いや、簡単な方だよ」
「えぇっ!? 百回以上、試行錯誤したんですよ!?」
「えぇっ!?」
えぇっ……。
「……出口はそこだよ。もう暗くなるから、帰りなさい」
嫌だけど!?
「待ってください! 捨てないでください! もうここだけなんです!」
「嫌だぁ! 弟子が魔道具作れないと、私が食っちゃ寝生活できないじゃないか!」
女性だと思えないほどの力で、首根っこを掴まれ、ドアの外まで連れていかれる。
「大体、君は魔法を使えるんだから、引く手あまたでしょ!」
「そんなことないです! うちのガッコ、ロクな進路に進んでないですよ!」
「それを威張って言うな!」
「「ハア……ハア」」
言い争いをやめ、ふと冷静になる。
周りには人だかり、騒ぎを聞いて集まったのだろう。
ここで客観的に考えてみよう。
片や馬鹿力で男の首根っこを掴む女。片や涙目で懇願する男。
「なんで私睨まれているのかな……」
「なんかすみません」
今日、師匠ができた。