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僕が神様になれたなら。

作者: sky

僕は今、いつものように駅のホームに立っている。ただ、いつもと違うのは電車に乗る気がないこと。生きることに疲れた僕はただ電車が来るのを待っていた。

「やっと終われる」

電車が来るのを確認した僕はそう小さく呟き、そっと足を前に出す。恐怖はなく、ただ安堵だけが僕を包んだ。足がホームから落ちかけたその時、それは一瞬の出来事だった。僕の身体はなぜか後ろに引かれ、左の頬に激痛が走った。体勢を崩し、座り込んだ僕は一体何が起きたか分からない。そっと顔を上げると、そこには息を荒くし怒った顔をした女性が立っていた。どうやら僕は、この女性に人生の終わりを邪魔されたらしい。

「死ぬ勇気があるならその勇気を生きることに使え!」

といきなり女性は僕に怒鳴った。その瞬間、女性は急に胸を押さえその場に座り込んだ。誰が見ても苦しそうなその様子に

「だ、だれか!すいません!」

と僕は叫んだ。一部始終を見てたであろう周りの人が女性に寄り、女性は連れていかれた。状況が上手く飲み込めず、心の整理もつかないままその日は家に帰った。


あれから数日、僕は死ぬことが出来ずにまたいつもと同じ生活をしていた。現実は何も変わらない。ただ、あの女性が頭からずっと離れずにいた。そもそも僕は他人に興味がない。というより、何をしてもダメな自分を保つ事に必死で、周りなど見てられなかった。そんな僕の頭にこびりついた女性。何度もフラッシュバックする。ふと顔を上げると、そこは駅から近い大きな病院だった。どうやら彼女の事を考えているうちに、自然とここに来てしまったらしい。中に入ってはみたものの、そもそもどこにいるかも分からないのに、無意識にこんなところに来てしまった自分がおかしくなり、帰ることにした。すると

「ねぇ」

と後ろから声がした。振り向くとそこにはあの女性が立っていた。

「あ、やっぱり君だ!生きてたんだ!どうしたの?こんなとこで」

とはっきりとした口調で話す女性。唖然としている僕に

「おーい!」

と肩を叩く。ふと我にかえり慌てる僕を見て

「ははは」

と笑った。あの怒った顔からは想像できないその笑顔に少し驚いた。

「あ、あの、どうしてあの時…」

と聞こうとすると

「とりあえずあそこで座って話そう」

と遮るように外のベンチを指さした。そこに2人で座る。少しの沈黙のあと、彼女が口を開いた。

「目の前で死のうとしてる人がいるのに助けないほうがどうかしてるでしょ?」

と言う彼女。

「…でも僕は死にたかったんです。」

と言うと、少し怒った口調で

「死んだら本当に全てが終わりなんだよ?君が死んだら悲しむ人だって」

「そんな人僕にはいません!」

遮るように怒鳴る僕に驚く彼女。少しの沈黙のあと

「少なくとも私は悲しいよ」

と小さな声で彼女は言った。

「ええ?なにも知らない赤の他人なのに悲しいわけないじゃないですか」

と返す。

「あーもううるさい!そんなことより今度デートしてよ!」

と彼女は言い出した。

「デ、デート!?なんで今の流れでそんな話になるんですか!」

「いいでしょ別に!いいの?ダメなの?どっち?」

と迫る彼女。

「い、いや、僕デートなんてしたことないですし、そもそもお互いなにも知らないのにデートなんて、、」

と困る僕。

「よし、じゃぁ決定!なにも知らないならデートしてお互いのこと知ればいいじゃない?今度の日曜日10時に駅前ね!じゃ!」

と言い放ち彼女は行ってしまった。予想もしない展開に、まだ心の整理がつかない僕はそこでしばらく呆然としていた。


なんでこうなったのか、その答えが見つからないまま日曜日がやってきた。あまり乗り気になれず渋々駅前に向かう。そもそも人と待ち合わせなどしたことのない僕、待ち合わせ時刻より30分も早く着いてしまった。すると後ろから誰かに肩をポンっと叩かれた。驚き振り向いた僕はそこに立つ彼女に一瞬で目を奪われた。

「へへ、ずいぶん早く来たのね」

と、にやにや笑う彼女。

「あ、あなただって早いじゃないですか!」

取り繕うように言う僕。

「私は君を驚かせたいから早く来ただけよ。まぁそれはいいとして、今日は私の行きたいとこに行ってもいい?」

と笑顔で言う彼女。

「どこでもいいですよ、そもそもなんで僕なんかとデートなんてするんですか」

「別にいいじゃない、君だってなんだかんだ素直に来てるんだし。」

と茶化すように言われ、顔が熱くなるのを感じた僕は、彼女から顔を背けた。それから僕たちは電車に乗り目的地へ向かった。

「はい、じゃぁ自己紹介しましょ。まず私からね、名前は綾瀬ゆい。好きな事は旅行に行く事。まぁ事情があってそんなに行けないんだけど。それと音楽を聴くのも大好きで、暇さえあれば色んなジャンルの曲を聴いてるわ。本を読むのも~~」

と延々と話す彼女。思わぬ情報量に頭がパンク寸前になる。

「はい!じゃぁ次は君ね!」

と急な振りに我に返る僕。

「え、えーと、僕の名前は寺島はるです。趣味は特にないです。はい。」

「え?それだけ!?名前しか分からなかったんですけど!?」

「大丈夫。僕も名前しか分からなかったから」

「なんでよ!あんなに自分のこと話したのに!」

と怒る彼女。そんな会話をしている内に、目的地に着いた。その大きな外観に少し胸が高揚したのも束の間、行き交う人の笑顔に胸が苦しくなる。

「水族館ですか…初めて来ました」

「え?水族館初めてなの?じゃぁ丁度よかった!絶対楽しいよ!私水のなかを自由に泳ぐ生き物を見るのが好きなの」

と子供のようにはしゃぐ彼女。

「早く行こ!」

と彼女が僕の手を握った。その時、一瞬激しい頭痛が起こり、ぼんやりと自分が誰かの手を掴んでいる情景が浮かんだ。すぐにそれは消え、現実に返る。

「なんだったんだろう今の」

と戸惑う僕を見て

「ん?なに?」

と彼女が言う。

「あ、いやなんでもない」

と僕はごまかした。

入り口を抜けるとそこには大きな水の壁が広がっていた。水と光が織り成す幻想的な世界で魚が自由に泳いでいた。

「うわ」

と思わず声を漏らす僕。

「ね、すごいでしょ」

と彼女ら言った。それから2人でたくさんの水槽を見て回った。色んな表情をする彼女をみて、人にはこんなにたくさんの表情があるのかと僕は驚き、そしてそんな彼女に僕は少しずつ惹かれていった。水族館をあとにした僕達は小さなカフェで話をした。

「今まで行った所で一番楽しかった所は?」

「楽しかった所…特にない、かな」

「えー?修学旅行とか行ったでしょ!」

「修学旅行かぁ、高校は中退して行ってないし、中学の時行ったんだと思うけど…」

「行ったんだと思うってどうゆうこと?」

「えーと、実は社会人になってから一度事故にあって。それから中学の時の記憶だけが全くないんだ。」

「え?記憶喪失ってこと?」

「うん、しかも中学の時の記憶だけ。でも僕の中学時代なんて絶対ろくなもんじゃなかったと思うし、このままでいいやって。」

「そっか…だからか…」

「ん?」

「あ、いやなんでもない。でも中学の記憶がないなんて絶対よくないよ!楽しい思い出がたくさんあったかもしれないじゃん!」

「いやいや、僕に限ってそれはない」

「えーそんなことないと思うけどなぁ。あ、もうこんな時間。今日は帰らなきゃ。」

「え?まだ四時だよ?」

「女の子は色々忙しいの!それともまだ一緒にいたいとかー?」

「な、そんなことないよ!僕も疲れたからもう帰りたいと思ってたし!」

「あっそ!じゃぁ次の休みは遊園地いこ!」

「え!?また行くの!?」

「いいじゃない、どうせ暇でしょ?連絡先教えて!」

「暇は暇だけど…ってか僕死のうとしてたんですけど?携帯はその前に解約しちゃったよ」

「えー、じゃぁ次の日曜日また同じ時間に同じ場所で!じゃ!」

というと彼女は帰って行った。初めて女性とデートをした僕は、よく分からない感情を抱きながら帰宅して、その日はあまり眠れなかった。


それから僕は彼女と何度もデートをするようになった。僕が行ったことのない所、彼女が行ったことのない所、色んな場所で僕達はデートをした。彼女といると自分が知らなかった感情がたくさん出てきて、自分が前まで死のうとしてたことを忘れてしまうくらい今が楽しかった。

そんなある日のデートの帰り道。彼女が急にある喫茶店に行こうと言い出した。そこのパンケーキが美味しいらしく、昔よく行っていたんだと。店内に入るとコーヒーの良い匂いが漂っていた。

「なんだろう、すごく落ち着く」

と僕が言うと

「でしょ?」

と彼女が言った。しばらくすると、頼んだパンケーキが来た。あまり甘いものは得意ではないが、それはとても美味しそうに見えた。

「パンケーキなんて初めて食べるよ」

「そうなの?ここのは本当に美味しいから。早く食べてみて!」

と彼女が言う。

僕はパンケーキを一口頬張った。なぜか初めて食べたとは思えない、とても懐かしい味がした。

「なんだろう、なんか懐かしい。すごく美味しいよ」

という僕の顔を彼女はずっと見ていた。

「な、なに?」

と僕が言うと

「はー、だめかー」

と、彼女は大きなため息をついた。なんの事だかさっぱり分からない僕。

「な、なにが?」

と問うと

「いや、なんでもない!ね!美味しいでしょ!」

と彼女ははぐらかした。この時の彼女は少しおかしかったが、僕はあまり気にしなかった。こんな彼女との一時が、僕にとっては幸せだったから。


彼女と会う度に、僕はどんどん彼女に惹かれていく。少しうやむやにしていた自分の気持ちに向き合ったらすぐに答えが出た。

僕は彼女が好きだ。

人を好きになるという初めての感情。この気持ちがこんなにもどかしいものだったなんて知らなかった。この気持ちを彼女に伝えたい。次のデートで彼女に告白しよう。そう誓った。


そして今日、いよいよ彼女とデートの日だ。いつもと同じ場所、同じ時間。しかし、今日はなぜか約束の時刻になっても彼女は現れなかった。何時間も待っていたが結局彼女は来なかった。初めてのことに動揺しつつも仕方なく僕は帰宅した。家で考えていると、ふと二度目の再会を思い出した。そういえばあの時彼女は病院にいた。今思えばホームで助けられた時もそうだ、苦しそうだった。きっと彼女は何かを隠している。あの病院にいるかもしれない。そう思い、僕は病院に向かった。受付に彼女の名前を言うと病室に案内された。やっぱりそうか。彼女は何かの病気で入院している。そう僕は確信した。病室に静かに足を踏み入れると、隅のベッドで彼女は本を読んでいた。

「あ、え!?なんで!」

と僕に気づき、慌て出す彼女。

「二度目に会った時もここだったから、もしかしたらと思って」

「あぁそっか…今日は行けなくてごめんなさい。連絡手段もないしもう会えないかと思った」

と彼女は言った。彼女がこんなに悲しい顔をするのを初めて見て、僕は動揺した。


「私、昔から身体が弱くて。だからこうして時々入院してるの。でもまたすぐ退院するから大丈夫!」

と彼女は笑った。たくさんの彼女の表情を見てきた僕にはそれが作り笑いだとすぐにわかった。


それから何週間たっても彼女の容態は良くならず入院は長引いた。僕は毎日病院に通った。良くなるどころか日に日にやつれていく彼女をみて、僕は今まで味わったことのない胸の痛みを感じていた。そんなある日

「もう来ないで」

と彼女が言った。

「いや、でも…」

「彼氏でもないくせに!もう来ないで!」

と僕の言葉を遮るように、窓の外を見ながら彼女は言った。

その言葉に胸が苦しくなった。

「わかった、ごめん」

と呟き、僕は病室を出た。


それからどれくらいたっただろう。あれから僕の胸はずっと痛いまま。僕はどうすればいいのだろう。考えても考えても答えは見つからなかった。

それから数日後。僕は病院に行くことにした。かける言葉もまだ見つかってはいないが、彼女に会いたい。その気持ちだけを胸に僕は病院に向かった。

病室をそっと覗くと、彼女は寝ていた。その横で彼女を見つめる男性。

「あ、君は、はるくん?」

と男性は僕に気づき、声をかけてきた。

「はい、あの…」

「あ、僕はゆいの父です。少し話をしたいんだけど」

病室を出た僕達はロビーのソファで話をした。

「ゆいがね。君の話をたくさんしてくれるんだ。すごく楽しそうに。あんなに幸せそうに話すゆいを見たらこっちまで嬉しくなってね。君にどうしてもお礼を言いたかったんだ。本当にありがとう。」

「いえ、僕はなにもしてません。彼女が僕を変えてくれたんです。お礼を言わなきゃいけないのは僕のほうです。」

「ゆいが言ってた通りの人だね、君は」

「そ、そうですか…あの、彼女はいったい何の病気なんでしょうか」

「あぁ、ゆいは生まれつき身体が弱くてね。色んな病気になりやすいんだ。ゆいがまだ小学生の時に妻が病気で亡くなってね。最後はただただゆいに謝っていたよ。強い身体に産んであげれなくてごめんねって。僕はそれが辛くてね。その時この子は僕が絶対に守るって誓ったんだ。だけどこの前医者に言われちゃったよ。ゆいは長くないって。とてもゆいには伝えられなかった。でもゆい分かってるみたい。自分の身体だからね。」

それを聞いた瞬間、僕の胸は焼けるように熱くなった。こんな気持ちになったのは初めてだった。

「そんな…長くないって…僕は彼女に救われたんです!死のうとした僕を彼女が止めた!彼女が一番命を大切にしてるのに、なんで彼女が死なないといけないんですか!」

こんな事を言っても意味がないことは分かっていた。でも抑えられなかった。

「どうしてですか!」

とゆいの父の肩を掴んだ。下を向いた彼の顔から涙が落ちるのが見えた。たった一人の家族が死んでしまう。残された家族の辛さは僕が一番分かっていた。

「すいません」

と言い、僕はその場を離れた。そして全力で走った。現実から逃れるように。気づくと海にたどり着いていた。夜の海の砂浜で

「神様どうかいるのなら彼女を助けてください」

と僕は何度も祈った。


それから数日、僕は家に引きこもった。彼女の顔を見るのが怖かった。二度と会えなくなるなんて考えたくもなかった。しかし彼女の顔が何度も頭をよぎる。すると、急に激しい頭痛が僕を襲った。痛みに悶えるなか見知らぬ景色が浮かんだ。そこには制服を着た彼女がいて、僕は彼女の手を掴んでいる。その瞬間失っていた記憶が全て甦った。「綾瀬ゆい」そうだ、僕は彼女を知っていた。


中学生の時、僕は友達がいなかった。でもそれは人付き合いがめんどくさかった自分が作った現実。そんな僕は屋上で一人で過ごすのが好きだった。誰もいない場所でただ空を眺めているのが幸せだった。その日もいつものように屋上で空を眺めていた。すると一人の女が勢いよくドアを開けた。僕は驚き身構えたが彼女は僕に気づいていない。そのまま柵まで走った彼女。どうやら飛び降りようとしてるらしい。柵を跨ごうとしたとこで僕はおーいと声をかけた。ビクっと驚いた彼女は振り向いて僕を睨んだ。

「死ぬの?」

と僕が聞くと

「関係ないでしょ」

と彼女は言った。

「まぁ確かに関係ないんだけど。単純にすごいなって。僕も何度か死のうとしたことあるんだけどさ、怖くて死ねなかった。何があったかは知らないけど、死ぬ勇気があるならその勇気を生きることに使ってもいいんじゃない?」

と言うと、彼女はその場で泣き崩れた。僕は彼女の手を掴み学校を抜け出した。今でもなぜ僕がこんな行動に出たのか分からない。でもそのときは体が勝手に動いていた。僕は彼女を自転車の後ろに乗せ、海まで走った。浜辺で海を見ながら彼女と話をした。どうやら彼女はいじめにあっていたらしい。身体が弱い彼女は運動ができず、いじめの対象にされた。ただ、自殺しようとしたのはいじめが原因ではなかった。いじめは確かに辛かったがそれ以上に父親に迷惑をかけるのが辛かったんだと。すぐ病気になり入院を繰り返す日々。治療費を稼ぐため毎日毎日休みなく働く父を見て、自分はこの世にいないほうがいい。そう彼女は思ったのだ。

「君のお父さんは本当に君が大切なんだね。聞いててわかったよ。僕は小さい時に家族を事故で亡くしてるんだ。たまたま僕だけ助かって、祖母に引き取られたんだけど、祖母もすぐ死んじゃってさ。今は親戚の家にいるけど僕は邪魔物扱い。だから大切に思ってくれている人が一人でもいる君が僕は羨ましいよ」

「…君は私よりよっぽど辛い経験をしてきたのね。確かに、お父さんは誰よりも私の事を想ってくれている。分かってたはずなのに。お父さんを悲しませるとこだった。ありがとう。私を止めてくれて…」

と彼女は言った。

それから僕達は何度も一緒に遊んだ。中学校の近くの喫茶店で、パンケーキを一緒に食べるのが僕達の日課になっていた。人との関わりを拒んできた僕が、唯一心を許した彼女。他愛のない話をするのがこんなに幸せな時間だったなんて知らなかった。お互いがお互いにとって大切な一人になっている。言葉にしなくても僕達は分かっていた。そして、いつものようにパンケーキを一緒に食べていると、彼女が突然引っ越す事になったと言い出した。

「もう会えないかもしれない」

そう彼女は言った。いきなりのことに僕は動揺した。

「そんなことない。また会えるよ絶対に。僕は必ず会いに行く」

と僕は言った。

「うん」

と、彼女は泣きながら頷いた。

その会話を最後に彼女は引っ越していった。


そして今、なぜこんな大切な約束を忘れられていたんだと自分に腹が立っていた。彼女に伝えなきゃ、今すぐに。

僕は病院へと急いだ。病院に着くと中の慌ただしさに嫌な予感がした。病室へ近付いたその時、呼吸器を付けた彼女が運ばれていくのが見えた。

「ま、待って!」

僕は急いで駆け寄り彼女の手を握った。

「ゆい!全部思い出したんだ!君との最初の出会いも、一緒に過ごした時間も!」

そしてあの日言えなかった言葉が溢れでる。「僕はゆいが好きだ!ゆいがいるから僕は今日も生きようと思えるんだ!だから…だから!」

と強く握る手をゆいはそっと握り返した。

「ありがとう」

消え入りそうな声でゆいは言った。その瞬間ゆいの手の力が抜けたのがわかった。

「すいません!どいて!」

と看護師に弾かれた僕。そのままゆいは運ばれていった。立ち尽くす僕は何度も何度も神様に祈った。どうか、どうかゆいを助けてください。と。しかし、その祈りも虚しくゆいはそのまま帰らぬ人となった。


あれからどれくらい時が経ったのだろう。僕は浜辺に座り海を眺めていた。また電車に飛び込もうか、それか今すぐこの海に身を投げようか。もう自分が生きてる理由はない。

「そっちにいくからね、ゆい。」

そう呟いた僕。すると

「はるくん!」

と後ろから声がした。振り向くとそこにはゆいのお父さんが立っていた。

「やっぱりここにいたんだね。ゆいが君と来たって話してたんだ。」

と、走ってきたのか息を荒くして言う。

「どうしたんですか」

「自分がもし死んだらこれを君に渡してくれってゆいが」

それはゆいが書いた手紙だった。僕はそっと開きそれを読む。


はるへ

直接伝えたかった事がまだまだたくさんあったけど、私には時間がありません。だからこうして手紙を書くことにしました。いきなりですが、実は私達の最初の出会いは中学の時です。はるは自分の中学時代なんてろくなもんじゃないって言ってたけどそんなこと全くないよ。だって私ははるに救われたんだから。今私が生きているのは、はるのおかげなんです。

あの日、駅のホームではるを見つけた時は本当に驚きました。約束覚えてたんだって。でもはるは死のうとしてた。私に命の大切さを教えてくれたはるがなぜ死のうとしてるのか。なんでか分からないけどすごく腹がたって、咄嗟に手を引いて頬を叩いてしまいました。でもその時、私はすぐに病院に運ばれちゃって。もう会えないかもしれないって思った。そしたらはる、病院に来てくれたよね。びっくりしたし、すごく嬉しかった。でも話したら、はるは私の事全く覚えてなくて。どうしても思い出してほしかったから、あんな無理やりデートに誘ってしまいました。それでも私の事全然思い出してくれないんだもん。おかしいと思ったら、まさか事故で記憶を失くしてるなんて。しかも私と出会った中学の時だけ!ちょっとムカつきました。でもはるは全然変わってなかった。その不器用な笑顔も、照れた時に顔を逸らす癖も、全部あの時のまんまだった。

これは今さらだけど、はるは私の初恋の人です。直接はとても恥ずかしくて言えなかったけど、出会ったあの日からずっとずっと好きでした。大人になってからまたはるとデート出来たこと、本当に幸せでした。

私が入院しているとき毎日来てくれたよね。でも、好きな人にこんな姿見せたくなかった。だからあの時、ひどいことを言ってしまいました。本当にごめんなさい。でもあれは本心じゃないからね。

できることなら、もっともっと一緒にいたかった。もっともっとはるとデートしたかったよ。このまま生きていたら私ははるのお嫁さんになれてたかな?なんて考えたりして。でも、はるがこれを読んでいる時には私はもうこの世にいません。

だけどね、はる。私はこの世にいないけど、はるはしっかり生きてください。辛いこと、悲しいこと、たくさんのことがあります。でもその経験をした人は、人を幸せに出来るんだよ。きっとこの世には死にたいと思っている人がたくさんいます。そんな人を一人でもはるが救ってください。私を救った時みたいに。はるなら命の大切さを伝えることができます。

ちゃんと見てるからね!死のうとしたら許さないから!

私に生きる力をくれてありがとう。

私の初恋の人になってくれてありがとう。

本当にたくさんの思い出をありがとう。


あと最後に、これは私の思い違いかもしれないから違ってたらごめんね。


私を好きになってくれてありがとう。





「ありがとうは僕のほうだよ。」

溢れ出す涙で、前が見えなかった。


あれからどれくらい月日が流れただろう。世の中はなにも変わっていない。暗いニュースもいつものように流れている。それでも、僕はもう死にたいなんて思わない。だってこの世で一番大好きな人が、今も僕の中で笑ってるから。


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