ハルさんとシッシーの、キュウリどろぼう
ハルさんとシッシーの、キュウリどろぼう
ミンミンゼミの声が絶え間なくふり注ぐ夏の日の午後。
照りつける日差しの中、畑の中で、小がらなハルさんが、ちょこちょこと動き回っていました。
「はい、キュウリ、トマト、いんげんにオクラ」
ハルさんの畑は、新鮮な夏野菜がいっぱいです。
かごの中が、野菜で埋まっていくのを横目で見ながら、暑そうに待っているのは、ハルさんの大の仲よし、イノシシのシッシーです。ひとり暮らしのハルさんを心配して、たびたび山から訪ねてきてくれます。
「ほれ、シッシー、みごとなキュウリだよ!」
ハルさんは、かごの中からひょいと一本キュウリをとると、ポリポリとかじりました。
「うーん、おいしい。あんたもどうだい?」
「おいら、キュウリはなあ……。」
シッシーはうかない顔つきでかぶりをふりました。
「それよりハルさん、早いとこ、野菜とっちまってアイス食おうぜ。アイス、アイス」
そのときです。シッシーはふとだれかの視線を感じました。
少しはなれた門のところから、こちらをじっとみている男の子。大きな麦わら帽子の下からのぞく顔は、青白くて元気がなさそうです。
「だれだ? おまえ?」
シッシーの声にびくりとしたように、男の子はあとずさりしました。
「どうしたの?のどがかわいてるんじゃないのかい? ちょっと待って!麦茶をとってくるから」
ハルさんは畑にかごをおいたまま、台所へとかけこみ、シッシーも後に続きました。
まもなく、冷たい麦茶とコップを手にしたハルさんが外に出てきたとき、男の子は、両手いっぱいキュウリを抱え、逃げるように門から出ていこうとしていました。
「あんにゃろ!」
猛然とシッシーが走り出します。
「おい、こら、待ちやがれ! キュウリどろぼうめ!」
「ひっ! カイジュウだあ!」
男の子は、うしろをふり向きふり向き、必死に走りますが、イノシシには勝てません。すぐに追いつかれ、その拍子に前のめりに転んでしまいました。
「ハルさんが、いっしょうけんめい作ったキュウリを、盗むたあ、なんてヤツだ!」
やっと追いついたハルさんは、肩で息をしながら、男の子に言いました。
「坊や。ほしけりゃあげるんだから、ちゃんと言わなきゃだめだよ。だまって人のものをとっていくのはどろぼうなんだからね」
「ハルさん、こいつ、人間じゃねえぞ」
さきほどから鼻をひくつかせていたシッシーがさけびました。
「なんだって!」
「おいらの鼻は敏感だからな。そうだろう? な、おまえ、ヨーカイだろ」
男の子はあきらめたように麦わら帽子をとりました。
頭のてっぺんにはお皿があり、くつが脱げてあらわになった足先には水かきがついていました。
「あらまあ、あんた、河童だったのかい」
ハルさんは目を丸くしました。
「生まれて初めてだよ。河童に出会ったのは……」
「ぼく、河童の三太郎といいます。いつも蛍池にいます」
三太郎は、神妙な顔つきでぺこりと頭を下げました。
「ぼくの父ちゃんが病気なんです。最近、食欲がどんどん落ちていって、何なら食べられそう?って聞いたら、新鮮なキュウリが食べたいなあって。だから……」
「この暑いのに、あてもなく、キュウリをさがし回ってたんだね」
シッシーは三太郎が落としたキュウリを拾い集めています。
ハルさんは三太郎の前にかがむと、そのキュウリを手渡していいました。
「はい。これはハルさんからのお見舞いだよ。父ちゃんがどんどん食べられるようになるよう祈っとくからね。もし、またほしくなったら、いつでもおいで。ハルさんちはキュウリがたくさんあるからね」
三太郎の青い顔が、ぱっと光がさしたように明るくなりました。
「ありがとう。ハルさん」
そして、ちらりとシッシーをみて、こう言いました。
「カイジュウさんもありがと」
「カイジュウじゃねえって言ってんだろ。オレ様はな」
シッシーの言うことを最後まで聞こうともせず、三太郎は、キュウリをしっかり抱きしめて門を飛び出していきました。
キュウリをしっかり胸に抱いて、まぶしい夏の光の中をまっしぐらに蛍池目ざして走る三太郎。
家に入るのももどかしく、「とうちゃん、キュウリだよ~」とさけぶ三太郎。
そのすがたが、ハルさんの目の前にありありと浮かぶのでした。
「ヨーカイの父ちゃん、早く治るといいな」
「夏の光をたっぷり浴びたキュウリだもの。どんな薬より効くさ。そしたら、何本だってまたあげるよ」
「ハルさんの分がなくなっちまうぜ」」
「かまわないよ、あの子が笑顔になってくれるなら」
今度会うときは、三太郎の笑顔が見られますように。
ハルさんは心の中でそっと手を合わせました。