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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス1.1

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『更なる力を欲する時、これを開封せよ』

 翌朝。起き抜けはダルかったのだが、起きて背伸びをしたら爽快感に包まれた。

 昨夜はお風呂に入らなかったので、多少の気持ち悪さがある。学生寮に設置されている水浴び場に行って、汗を流すことにした。

 ここには上水道が引いてある。つまり『飲める』水だ。飲める水で身体を洗うというのは何気に贅沢である。……レオン王国内ではそれほど珍しいことではないが。

 水浴びをして部屋に戻ったウェインは、魔法学院の制服に着替え身支度を整えると学院の学食に足を運んだ。日替わり定食を注文する。お馴染みの味に、ウェインは満足した。学食は安いのだが、レーン的に言えばちょっと炭水化物が多くタンパク質が足りないかもしれない。プロテインか何かで補ったほうがいいのか今度聞いてみることにする。

 食事を済ませるとウェインはまず自分の仕事場の様子を見に職員室へと足を運んだ。

 昨日は急いでいて気づかなかったが、ウェインの机の上に書類が山積みになっている。

「これ全部処理すんの……?」

 大抵はサインするだけでいい書類なのだが、ウェインが最高決裁者の場合がある。書類をよく読まねばならない。ウェインはため息をついた。

「ウェインさん、おはようございます」

 グランクさんだ。

「あ、おはようございます」

「書類が溜まってるようですね」

「ええ、見ての通り。そうだ、アーク先生はもう出てきてます?」

「はい。副学長室にいると思いますよ」

「ありがとうございます。ちょっと行ってきます」

 アーク先生のことを聞いたら、居ても立ってもいられなくなった。モニカの件だ。アーク先生の部屋まで小走りに行き、ドアをノックした。

「どうぞ」

「アーク先生。おはようございます、ウェインです」

「おお、ウェイン君か。どうぞ」

 またソファを薦められる。ウェインとアーク先生は、向かい合って座った。


「まず今回の一件でウェイン君の成果については、結果的にファントムに逃げられたとは言え学院内外どこでも高く評価された。おめでとう」

「ありがとうございます。えっと、モニカの処遇はどうなっていますか?」

 アーク先生はわずかに言葉を濁した。

「今は独房に入れてある。悪いが面会はできない」

「独房!? 魔法学院に逮捕権はあるけど、禁固刑なんかの罰則は警察の管轄のはずだという認識ですが」

「落ち着きなさい。モニカ君を警察に送致して判断を仰ぐ意見と、しばらくの自宅謹慎でいいのではという意見に割れた。実際にはウェイン君がファントムに当たったのは良い人選だったし、嘆願書も受け取っている。自宅謹慎になる可能性のほうが高いとは思うが、独房入りはそれまでの措置だ。今日の夕方頃には処遇が決まるから、またその時……そうだな、私が居なければ就職課へ行きなさい。話は通しておく」

 ウェインは胸を撫で下ろした。

「そうですか。ありがとうございます」

「問題はファントムだ。これが、アッシュが作り出したただの『魔法生命体』であるならば、それほどたいしたことではなかった。だが……」

「はい。『悪魔使役』の力、ですね……?」

「そうだ。それでとても困った事態になっている」

 『悪魔使役』……ファントムは『一部の悪魔を』使役できると言っていた。だがそれはどれ程の規模なのか? ウェインたちには知りようがない。

「ウェイン君。今、ラクス防衛隊が先遣隊として、ファントムを追うことになっている。一個班6人に、魔法学院の戦力二人をつける手筈だ。全部で5個班40人と言ったところか。『魔王の可能性』を潰す、ないしは見定めるためだ」

 ウェインは軽く首を振った。

「もしファントムを捕捉しても、手を出さないことを徹底するべきです。報告書にも書きましたが、ファントムの黒魔法の魔力は私以上ですから」

「理想は、そうだ。だが現場でどうなるかはわからない。それにウェイン君。仮にファントムの居場所が特定できたら、ラクス防衛隊と魔法学院の戦力で総攻撃をかけることになるかもしれない。……その時、君は参加するかね?」

「正式な招集がかかれば、参加するでしょう。だが私よりもファントムのほうが魔力が強い……何か手を考えなくてはならないと思います。アヤナの剣をレーンに持たせて突撃させるとか……。ただこれもファントムにブレーナーたちが加勢してなきゃ、の話ですが」

「襲撃してきた二人組のことか……」

「あのブレーナーを相手にするとなると、魔法使いは相性が悪いです。必ず信頼できる前衛が数人以上必要になります」


 しばらく、沈黙があった。


「……それはそうと、ウェイン君は進路は決めたのかね?」

「いえ、まだです。今回の旅を通じても、まだまだ私は人に物を教える程の力量は持っていないと痛感しました。それに研究職では、外の世界が見えなくて視野が狭くなる。アーク先生、学生寮の件ですが、私が教員免許を取るまで待っててはくれないでしょうか?」

 結構重要な話だと思っていたが、アーク先生は軽く返してくる。

「ああ、なんでも学生寮に強制退去の通知が行っているらしいね。とりあえず教員免許を取るまでなら、あそこにいて構わんよ。手配しておこう。ただ対外的に……ウェイン君はもう魔法学院を卒業して師匠となっている身だから、形式的に退去の通知は行くはずだ」

「十分です。ありがとうございます」

 ウェインは深く頭を下げた。そのついでに、聞いておきたいことを思い出したので聞いてみた。

「アーク先生。アスリー師匠から何か連絡は来てないですか?」

「そうだね……。いいだろう。年初めに手紙が届いたのだが、これはもうウェイン君が持っていたほうがいいと思う」

 アーク先生は立ち上がると書棚に歩いていくと、小さな封筒を持ってきた。

「アスリーから。ウェイン君に困っていることが起きるようなら、これを渡せと手紙に書いてあった」

 その封筒を受け取る。表面には『更なる力を欲する時、これを開封せよ』と書かれていた。裏面には封がしてあり、ウェインへ、アスリーより、と署名がある。

「これは……?」

「わからない。アスリーの置き土産みたいなものかもしれない。まったく、彼女は素行も悪い部分があるが……優秀だ。学院で働いてほしいのが本音なのだが」

「そうですか。私も会いたいですね、久々に。どこにいるかはご存じですか?」

「いや、居場所は何もわからない」

「残念です」

 ウェインは軽く礼をすると、立ち上がった。

「モニカの件は、夕方ごろに就職課へ行けばいいんでしたね。アーク先生、相談に乗ってもらってありがとうございました。あとこの封筒も。『更なる力を欲する時』って、結構今じゃないかとも思いますし」

「いや、なに。『アッシュの再来』ことウェイン・ロイスだ。もっと学院を利用してくれて構わんよ。その代わり、学院でも君のことを利用させてもらう。実際、君という広告塔があるだけでここ数年は入学希望者が跳ね上がっているんだ」

「自分にそんな価値があるとは思えませんが、何よりです」

「もっと自分に自信を持ってもいいんだよ。ただ、今の謙虚さは忘れないように」

「はい。そこらへんはアスリー師匠から叩きこまれましたから。……それではアーク先生、私はこれで失礼します。お時間を頂き、ありがとうございました」

「これからも期待してるよ、ウェイン君」

 扉の前で一礼すると、ウェインはその部屋から出た。

 夕方ごろにモニカの処遇は決まるようだが、どうやら謹慎程度で済みそうな口ぶりだった。一安心し、二階のカウンター席へと移動することにした。

 ここで待ち合わせをする学生は多い。昨日みんなとは待ち合わせ場所・時間は決めていなかったが、きっとここは探すだろう。


 コーヒーを飲んでいると、背後から声をかけられた。

「ウェインー、おはよう」

「ウェイン、おはよう」

 アヤナとエルだ。エルはブレーナーの件があるので、フル装備している。

「おお、二人とも。おはよう。食事はもう済ませたのか?」

「うん」

「モニカのことは何か聞いたか?」

「まだよ」

 そこでウェインは、アーク先生から聞いたことを二人に伝えた。

 エルは哀しそうな顔をしている。

「13歳で独房って……可哀想」

「夕方には正式な処分が決まるらしいから、それまでだよ」

 そんなことを話していると、レーンとディアも歩いてやってきた。


「ウェインおはよー。よく眠れた?」

「ああ。外傷はもう大丈夫だし。ただ、まだ肋骨二本にヒビが入ってるのが、時々痛む」

 エルはぽんと手を打ち、言った。

「回復魔法をかけるわ。少しなら効果あるかも」

「もう何度もかけたし、だいぶ時間が経っているからね。どうだろう」

「やってみて損はないわよ。じゃ、やるね」

 エルは呪文を詠唱すると、柔らかい光がウェインの胸に届いた。

「おお……」

 近くの学院生たちから感嘆の声が聞こえる。普通は見れない結構な高度な魔法だからだ。

 しかしウェインの身体は、痛みが少し和らいだだけ。エルも首を振った。

「ダメね。自然回復の手助けになるくらいしか効果がない」

「完治するまでにどれくらいかかりそうだ?」

「うーん、魔法と併用すれば一週間はかからないと思うんだけど」

 そこでディアが声を出した。

「ねえウェイン、モニカはどうなったの?」


 ウェインは、エルとアヤナに聞かせた話を繰り返した。

「独房かぁ……。夕方頃までなら、ねぇ……」

 だがレーンは、違う角度から意見を言う。

「もしブレーナーが俺たちを追ってきていても、学院の牢なら命の心配はないぞ」

「ああ、なるほど……考え様だな」

「で、ウェイン。今日はどうするんだ? 俺は報酬を貰いたいんだ。革鎧の補修と、強化にカネを使いたいからな。ほら、『付与研』のジャンのとこ」

「報酬はもう出るはずだ。モニカの分は俺がひとまず預かるから、就職課へ行こう」


 5人揃って、就職課へと訪れる。担当の女性は軽く頭を下げた。

「ウェインさん。モニカさんのことは聞いてます。何か進展があったら知らせますね」

「ありがとうございます。とりあえず、例の依頼の報酬を頂きに来たんですが」

「依頼書と、依頼完了書をお出しください」

 言われるまま、書類を出す。就職課の受付女性はそこに色々と記入し、

「ウェインさん。ここにサインを」

「はい」

 女性はさらに続けて、別の台帳と照らし合わせて……少し経つと、軽く頭を下げた。

「はい、手続き完了です。こちらが依頼報酬ですがモニカさんのぶんはどうしますか?」

「必要経費を抜かなきゃならないんで、俺が預かっときます」

「では。確かに渡しましたよ」

「ありがとうございます」

 渡された袋の中を見ると、金貨がいっぱい詰まっていた。

 思わず、皆でハイタッチした。

 中々魅力のある金額だったからだ。

「必要経費っても、カドニ村の行きのぶんだけで、帰りはレオン王国軍に宿代や食費は支払ってもらったよな」

「配分するカネが増えるわけだ」

 就職課の、ブースの一室に移動して金貨をそれぞれに配っていく。

 エルはかなり感動しているようだ。

「どうした? エル」

「私、こんなにお金を稼いだのって初めて……!」

「いい実入りになったな。最も俺とエルは、教員免許のほうも期日までに実習を急がなきゃならないが」

「私、卒業は決まってるから次は就職だけど……。ねえみんな、この先どうするの? 私、このチームならまた冒険に出たい」

 冒険者なんて不安定な職業を経由しても、エル程の魔力があればどこでも中途採用されることは間違いない。むしろ魔法学院が彼女を欲するだろう。

 レーンとディアは軽く手を広げた。

「俺は冒険者ギルドに所属したし、魔法学院の仕事も受けられるしで、しばらくはラクスで活動するつもり。ここはいい街だ。今は就労ビザで入っているが、できればゆくゆくは永住権が欲しい」

「私はレーンについていくだけよ」

 一方のアヤナも、肯く。

「私は色々と学ぶ必要があるわ。主に花嫁修業なんだけど……。ま、それ以外にも色々学べるから、ウェイン師匠についていくわよ」

 20歳頃を目安とした、貴族の、政略結婚だ。しかしそもそも結婚は家同士で決めるのが普通だし、ラクスでさえ自由な恋愛結婚は50%程度だったはずだ。

「俺はまた旅をしたいなぁ。教員免許取ったら、外国にも行きたい。いやカネを稼ぐのは大前提なんだけどね。冒険者ギルドより学院の就職課のほうが、いい案件が出てる」

 冒険者ギルドには国の資本も投入されている。昔あった徴兵制がなくなった代わりに、予備役扱いで召集できる戦力が揃っているからだ。その他にも、お酒の卸業なども兼業していて普通の国なら存在感がある。しかしラクスでは魔法学院のほうが遥かに格上だ。

 エルは笑顔で、言った。

「じゃあまた、みんなで旅できるね」

 その嬉しそうな笑顔は、その場の雰囲気を明るくした。



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