『帰りたくないなぁ』
街道を進む。もう少しでラクスだが、ここらあたりが潮時か。
今日も一日の行軍が終わった。ウェインはあれから荷台に乗ったが、やはり久々に長い距離を歩くのは疲れる。
ここはラクスの近くの村……というより、街という規模か。
ここにはラクスや王都ガルディアへの通信施設が整備されていたので、ウェインは第二報として通信を試みた。今回のファントムのことを伝えたのだ。
東のニール王国との国境線付近で起きている通信障害はこちらでは無縁で、魔法学院へと連絡がついた。
そしてウェインは一通りの通信を終えると、宿へと足を運んだ。
ウェインたちだけでなく、またも軍人が宿泊できる大きな宿屋がある。
夕食にはステーキが出た。魚料理も出た。タンパク質を欲するレーンも、不満はないようだった。
お風呂が、時間で区切らず男湯と女湯に分かれてある。
入浴の許可が出たウェインは、ようやくお風呂に入れることになった。
包帯を解いていくと、身体に無数の傷跡があった。エルはこれも時間をかければ治せると言ったが、凄いものだ。
脱衣所で服を脱いで、洗い場へと入る。上水道はないので、湯船から桶でお湯を汲んで。頭にかけ、シャンプーを擦り付けた。全然泡立たない。
「凄いぞレーン。これだけ泡立たないって、俺史上で新記録」
「ハイテンションだな……」
またお湯を汲んで、洗い流した。そしてまたシャンプーを擦り付ける。今度はどんどん泡立ってくる。
「あー、きもちー」
お湯で流して、今度は石鹸で傷跡だらけの身体を恐る恐る洗う。まだ痛い箇所があったが、何よりサッパリすることのほうが嬉しかった。こちらも初回は全く泡立たない。
「凄すぎ。もう感動的」
もう一度お湯を汲んで、石鹸で身体を洗って。ようやく泡立ってきた。お湯で流し、タオルは頭の上に乗せて湯船に浸かる。
「あー、もうサイコー。やっぱレオン王国人ってのは風呂がなきゃダメなんだな」
「毎日風呂に入れる環境っていうのは、俺も気に入ってる」
「そうそう、そうなんだよ。アスリー師匠と世界各地を回った時なんか、濡れたタオルで身体を拭くってのが入浴の代わりの地域があってさぁ。水資源で戦争まで起きてるの。それも、そういう国が珍しくもない。いやー、レオン王国に産まれて本当に良かった」
「上機嫌だな」
レーンはクスクス笑う。
「まーね。一週間以上入ってなかったから」
レーンの生まれ故郷では。お風呂に入る時は常に一人(もしくは異性と二人)だけらしく、こういう大勢の人間が一斉にお風呂に入ることは抵抗があったようだ。
「ホモに襲われたら、一体どうするんだ!?」
というのがレーンの主張だったが、
「お前を襲って制圧できる人間が、地球上にどれだけいるんだよ」
というウェインの言葉により、なんとか納得したらしい。
今度混浴に連れて行ってあげたい気もする。
「はー」
風呂上がりに宿屋備え付けのバスローブを着て、ミルクを一杯飲むウェイン。まさに至福の時だった。
普段は無頓着で、面倒な時はお風呂は一日くらい飛ばすことさえあるウェインだったが、流石に汗(主に脂汗)をかいていて気持ちが悪かった。
ようやく、サッパリした。
レーンと一緒にお風呂場を出ると、女性陣と合流する。
「おー、ウェイン。サッパリしたねぇ」
ディアがニコニコ笑いながら、頭を撫でてくる。
「みんなのおかげだ……みんなのおかげで、俺は死なずに済んだ。生きている! 明日はいよいよラクスの街だ。魔法学院に行って、報告書を持っていくぞ」
エルがきょとんとした顔で言う。
「報告書なんて、ウェイン書いてたの?」
「ああ。暇だったからな。皆に回すから、補足したい点とか忘れている点とかあったら教えてくれ。まずは……モニカからかな?」
モニカはもう、眠そうだった。無理もない。途中で戦いもあったし、数日かけて行軍してきたのだ。13歳の未成年には負担が多いだろう。だが、今回の問題の当事者中の当事者だ。報告書を読んでもらわねば困る。
モニカは肯き、ウェインは部屋から報告書を持ってきた。
全員が、ディアとモニカの部屋に集まる。
報告書と言っても、時刻なども完璧な物ではない。おおまかな流れを記載しただけのものだ。ただモニカとロンリーアッシュ、ファントムのこと、最後に遭遇して襲ってきたブレーナーのこと。色々書くことがあった。
ウェインはモニカに言った。
「モニカ、よく聞け。その報告書には、お前が俺とファントムとを出会わせたという記述をしてある。まあ事実だ。だがこれを……『偶然』というふうに書いてもいいんだが、どうする?」
モニカはフルフルと首を振った。
「事実を。そのまま書いてください。その後の判断は魔法学院がするはずです。私、ウェインさんには許されました。でも公的にはどうか……。裁きを受けたいんです私」
「そうか……モニカがそう思うなら、そのまま事実を書いておくことにしよう」
「優しいですね、ウェインさん……。本当に、大好きです」
「ありがとう。……心苦しいが。『所感』のところに、モニカの事情を書いておくよ」
全員で報告書を回し読んだ。特に問題もなく、ただウェインの意識がない時のことは補足資料として添付することになった。
アヤナは伸びをした。
「食事は美味しかったし、お風呂は気持ちよかったし、旅費は軍隊が出してくれるし、もう本当に何も言うことがないわね」
エルも肯く。
「今日がここだと……明日、昼前にはラクスに到着するかしら」
「するわよ、きっと」
ディアが、ボソッと呟くように言う。
「またブレーナーたちから襲撃を受けなければね」
ウェインも腕を組んで、言った。
「まあこっちは万全の態勢だし、ブレーナーが来たら今度は極大爆発魔法をぶちこんでやる。ただ問題は……ラクスの街に入ってから、なんだよなぁ」
レーンも言った。
「ラクスは治安がいいが、数人の警官ではブレーナーは止められないだろう。辻斬りとか暗殺には注意しなくちゃな。ラクスの街中でも、しばらくは二人以上で行動した方がいいかもしれない」
「ラクスは門のところで検問してるだろ。ブレーナーが国籍がないなら、そこで止められるんじゃないか?」
「あんな検問、形だけだろう。あるいは第三者の入国証とかを使うかもしれないし」
エルは言う。
「もう来ない、ってことはないの?」
レーンは首を振った。
「分からない。ブレーナーが契約によって動いてるなら、契約が終わるまで彼は進むだろう。だがウェインを殺せと言う契約じゃなかったかもしれない。その場合は、もう無関係者になっているはずだが」
ラクスの街に入ってからでは、人目のあるところでのこちらからの、問答無用の先制攻撃は社会的に難しい。どうやら、厄介な因縁を背負いこんでしまったようだ。
モニカが、ベッドに寝ころんだまま呟く。
「……。……帰りたくないなぁ」
一瞬、みんなが静かになった。ウェインは声をかける。
「こういう機会、きっとまたあるさ」
「そうですかね」
「そうだよ。きっとあるよ」
「そうだといいなぁ……」
モニカの言葉が続かない、と思ったら、彼女は目を閉じ眠りについていた。
「寝ちゃったみたい」
「疲れたのよ、きっと」
ディアは言う。
「さ、私たちも寝ましょう。明日は昼前にはラクスに到着するから、魔法学院組は結構忙しくなるんじゃないかしら? 私とレーンは特に予定ないけど」
レーンも肯く。
「しかし承知のこととは言え……モニカがどうなるのかが心配だな」
「そうね。……嘆願書でも書く?」
「あ、そうしよう。パーティメンバー全員の嘆願書があれば、きっとモニカの助けになるはずだ」
ウェインとファントムを意図して引き合わせた事実。それについては不問に処すよう、みんなで嘆願書を書いた。
報告書や添付資料と一緒に、ウェインが預かる。
いい結果になってくれれば良い。ウェインにできることは、祈ることだけだった。




