性的にアレで条例で何度か逮捕された人
次の日の朝。
結局、夜にブレーナーたちの襲撃はなかった。
アリス隊の人が宿や食事の清算をしてくれて。一行は先に進んだ。
出発前に隊の全員にエルが回復魔法をかけてくれたおかげで、怪我人のコンディションは随分と戻った。一応、全員は自力で歩ける。
兵士たち全員は、ウェインたちを守るように展開した布陣で行軍してくれている。エミア少尉がまだ落ち込んでいる感じだったので、声をかける。
「ありがとうエミア少尉。護衛、痛み入ります」
「いえ……」
一方のウェインたちのコンディションも、随分と回復していた。まだ傷が痛むが、一応の戦闘参加の目途が立った。むしろ前衛のレーンの方が、いざと言う時に動けないのではなかろうか。
先の戦いでショートソードを折られたアリス隊の人、マリー少尉には、ウェインのショートソードを貸してあげた。
昨日レーンは『付与研』に革鎧を強化してもらおうと言っていたが、これはウェインも同じだった。ウェインの場合はメインの攻撃手段が魔法なので、鎧を強化するだけで継戦能力は飛躍的に高まる。
おカネをかけるなら、こういう場所だろうと思った。
「じゃあウェイン、徹夜お疲れさま。鎮静魔法をかけるから、ゆっくり眠ってね」
「ああ。頼むよ」
エルの声に、ウェインは肯いて馬車の荷台に横になった。
*
数時間は眠っただろうか。
もう太陽は高く昇っていた。エルが近くに座っている。
「ふわぁ。おはよ。何か進展はあった?」
荷台で結界を張っていたエルが答える。
「ううん、特に何も。旅人や商人と何人もすれ違ったから結構ドキドキすることはあったけど。他はレオン王国軍のパトロール隊もいたし、多分この先の治安はどんどん良くなって行くと思う」
もうブレーナーたちの襲撃はないかもしれない、ということだ。
ウェインは満足そうに伸びをした。まだ少し、身体が痛む。
そこではふと思い出し、アヤナに言った。
「そうだアヤナ。レーンとディアが、索敵魔法覚えたいって言うんだ。今度教えてあげてくれないか?」
「え? 私が? ウェインじゃなくていいの?」
「初歩的な物だし。アヤナだって、教えることで身につくものがある」
「うーん、スカウトなら目視ができるし、二人の魔力を考えると全方向じゃなくて指向性にして、音かサーモで捜索するのがいいかな……」
歩きながらアヤナは考え込んでいる。そう、『人に教えること』で、自分自身の力も定着する。アヤナには前からそれが足りなかった。
ディアが言う。
「アヤナお願いねー。私はスカウト技能か、剣を教えてあげられるよー」
「スカウト技能ってウェインもやってるのよね。パーティに4人もいらないでしょう。それならとりあえず剣希望。私がディアくらいに剣が扱えれば、もっと前線に出たりフォローできるようになるもの」
「アヤナ、一人で馬は乗れるの? 伝令役として単独行動とかできても便利だけど」
「もちろんよ。私は『騎士』として国王から正式に叙勲を受けてるんだから。乗れなくてどうすんのよ。……あまり巧くはないんだけどね」
女の子の会話は、聞いていて心が和む。特に敗戦で暗い雰囲気の今は。
一方のエルとモニカも会話していた。
「エルさん。前にウェインさんが言っていた、座学が一部免除になる規定ってどんなものか知ってます?」
「うん。私にもその話来たけど、断っちゃった」
「え? なんでです!? 勿体ない」
「私は座学が得意だったから……それに当時は、ウェインと旅に出るなんてことも想像すらしてなかったし、屋外での活動はあまり得意じゃなかったから」
「へー。……で、座学頑張れば、本当に一部免除になるんですか?」
「試験があるみたい。そこで受かって、後は屋外活動での実績を提出すれば、座学の単位の代わりになるみたいだよ」
「へぇー。私、ちょっとやる気が出てきましたッス。退屈な座学よりも、ウェインさんたちと一緒に旅をする方が何倍も楽しいですもん。ねえウェインさんはどう思います?」
話を振られ、ウェインは馬車の荷台から答えた。
「弟子に座学頑張れって言っといてなんだが、俺も座学はつまらなかった。だから俺もその一部免除制度を使って師匠に旅に連れてってもらったよ。結構、世界各国を旅した。旅の中で色々なことを学べたな。……だから俺は、まだ外の世界を見たいと思っているのかもしれない」
ディアがポニーテールをぴょこぴょこさせる。
「ふーん。そうだ、聞いてなかったけど。ウェインの師匠って、凄い人だったの?」
「うーん。凄いか凄くないかで、言えば、凄くないような気もする」
「ん? どんな人だったのさ?」
ウェインは少し狼狽えた。今まであまり人に喋ったことがなかったからだ。
ふと見ると、レーンも少しこちらを向いている。
しょうがない。ウェインは頭を掻くと、喋りだした。
「まだ若くて25歳ちょっとだったかな。背が高くてスラッとしていて。顔と声は綺麗で、専門は黒魔法と錬金術。頭はいいくせに結構弟子に丸投げで、探求心と好奇心と悪ふざけの塊のような人だった。でも性的にちょっとアレで、条例で何度か逮捕されたこともある。ただ互いの合意が認められ全部不起訴にはなってたはず」
ディアがぶんぶんと手を振った。
「ちょっとちょっと、性的にアレってどういうことよ。条例で逮捕されたとか!」
「うーん。15歳以下の未成年が好みなんだよあの人……。でも相手になった子も合意あったって証言はしてるし、そこらへんはキッチリ調べられたらしいよ」
「合意ったって……そんな何度も逮捕されてるのって、なんかヤバい『男』だとしか聞こえないんだけど」
「女」
「ん?」
「いや、俺の師匠は女性なんだが……?」
一瞬の静寂
「ええええええ!?」
「だからあまり言いたくなかった……。アスリー師匠。俺が15歳で仮成人するまで身元保証人もしてくれた。教えもまあ……巧かった、かな? 魔法はあんまり教わった記憶はないけど。でも幼少期は他人にあまり興味のなかった俺が、色々と見識が広まったのも師匠のおかげだ。師匠って何故か道徳心はあったからな。ショタに手を出すくせに。まあ母性本能に目覚めたのかもしれない。俺には愛情を注いでくれた。俺にとって恩義がある人だ」
「あの、ひょっとして、ウェインもその人に性的に何かをされたり……?」
「いや、俺は流石に弟子だし。頭を撫でられはしたが……。でも性的に歪んで、黒髪ロング好きになったのはあの人のせいかもしれない。それに俺は魔法学院でも飛び級で、同学年の女の人ってみんな年上だろ? それでぐいぐい来られて、年上はちょっと苦手なわけで……」
モニカが割と大きな声で呟く。
「それでロリコンなんですね」
レーンたちが吹き出した。ウェインは慌てる。
「おいモニカ、そういう敏感な問題を軽々しく言うな。レオン王国軍やアリス隊に俺のロリコン疑惑が流れたらどうすんだ!?」
「でもウェインさん、好きなんじゃないですか? 貧乳で小さい子」
「……」
「私、ウェインさんの性癖知ってから、バストアップ体操してないですもん。ね? エルさんだってそうなんですよね?」
「ちょっ、モニカちゃん、なんで私を巻き込むの……!?」
確かにウェインは、主張が強い女性の胸はあまり好みではなかったが。しかし、こんなのどう言えば良いのか。
「……」
実際にアスリー師匠が何を思ってウェインの身元保証人になってくれたのかはわからない。今まで、きっと彼女の保護本能を刺激させたのだろうと納得させてはいたが、それにしては甘やかさず、厳しすぎもせず。丁寧に社会のこと、道徳、公共心、礼儀や心構えなんかを教えてくれた。そんな時は決まって真面目な顔で、小さい頃のウェインにとっては親以上の何かを与えてくれる存在に思っていた。
……あの人が『道徳』を教えるなんて、悪い冗談に聞こえるけども。
何度か捕まってる人なのに。
でもウェインにとって。とても。とても。大事な人だった。
いや確かに、うさんくさい人ではあるんだけど。
しかし、ウェインの人生で最も影響があった人だ。技術面よりも、人としての成長を促してくれた人物である。そう……あの(うさんくさい)師匠と一緒に生活していたおけげだ。
当時のアスリー師匠に取っては『可愛いショタと一緒に生活できるぜイエーイ』ぐらいのノリだったかもしれないが、共同で生活する間にウェインは一緒に笑うことが楽しくなったし、他人のことを慮ることの大切さも学べた。そして実際に……周囲の人を気遣うようになった。
……そもそもアスリー師匠には、魔法の技術面で何かを教わったことはほとんどない。一緒に、テキトーに楽しく過ごしてただけな気もした。
「ねえねえ、そんでそのアスリー先生って、今どこで何してるの?」
ディアが言うが、ウェインは首を振った。
「俺が仮成人した後は、しばらく前からどっかへ出て行って、それっきりだ」
「え」
「まだ魔法学院に籍はあるし、生きてたらこれから教授職か研究職でもやるのかもな。ただ、広い世界を見たいって人だから、どこでどうしてるのやら。時々は手紙が来るようだから、死んではいないみたいだけど」
ディアは言う。
「へー。ねえレーン。会いたいね、ウェインの師匠と」
「そうだね」
ウェインは言った。
「俺は『先生』と呼ばれるのにはまだ早い年齢だけど、アスリー師匠のやり方を踏襲したいと思ってきた。教えるだけでなく、学ばせる。そして弟子は誰かに教えてみて、初めて知識や経験は身につくものだと師匠は言った。俺に足りないものはそこだったと思うな。アヤナには満足に教えられなかったし、モニカにも時間を作ってあげられなかった」
アヤナは少し頬を掻く。
「私の場合は向上心がないってのもあるけど……だからレーンとディアに索敵魔法を教えろってわけね?」
「そうだ。アヤナは他の分野はともかく、索敵魔法は光るものを持っている。場合によっては単純な攻撃や回復の魔法より遥かに重要になるから、その長所を伸ばすんだ」
「はーい」
アヤナは貴族の四女だ。20歳前後で政略結婚があるだろう。向上心がないのに魔法学院に来てるのは箔をつけるためというフシがある。一番理想なのは、ウェインと自由恋愛で結婚することだろうか。そうすればフランソワーズ家はウェインを婿養子にして取り込める。なんなら、本気でそんな計画もあると以前に言っていた。
本来は中級魔法が自在に扱える(イコール、ざっくり一人前の魔法使い)レベルになりたいだろうけど、流石に彼女の魔力では、まだそれは無理だ。
ウェインはモニカに顔を向ける。
「モニカはまだ座学があるからな。……最初に出会った頃、お前に言われるまま後先考えず連れ回しちゃって悪いと思ってる。本来は屋外活動と並行してできるカリキュラムなんだけど。後で座学取ってないって聞いて青ざめたぞ」
「すんません……でも特例措置とかあるらしいですし、座学頑張ります」
エルが、こっそりウェインの耳元で呟いた。
「私は、ウェインに色々な物を教えてもらってるよ」
「そうか。例えば?」
「黒魔法のことだったり白兵戦のことだったり、『瞬活』のイメージだったり、旅のことだったり意識や心構えのことだったり……。それに……」
「それに?」
「……。ううん、後は内緒」
「?」
だがエルは気分が良さそうだ。
全員、今朝の出発時の暗いムードからようやく回復してきた感がある。




