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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス1.1

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索敵はロックンロール

 ウェインは宿の食堂へと足を向けた。レーンとディア、アヤナとモニカ。そしてエル。他の5人は揃っている。

「悪い、ちょっと遅くなった」

 そしてウェインは、有事の際は指揮権がこちらに移ったことを話した。

 レーンは肯く。

「OK。わかったよ。ただまあ……ラクスに近づくにつれ、襲撃される危険は低くなる。名指しで襲ってくる敵は多分もういない。前にも言ったが、もし予備の戦力があったならブレーナーと一緒に襲撃してきたはずだからな」

「そうだな」

「行軍の途中、後ろに気を付けていたが追跡されてないと思う……少なくとも純粋な戦士タイプのブレーナーが追跡してきたら、恐らく俺が気づく。もし追跡されてて俺が気が付かないんだとしたらアイカとかいう女の単独だ。夜間に合流して夜襲をかけてくる可能性はある」

「もし追跡されてるとしたら、今夜が一番危険なわけか……」

「ああ。……。ま、食事にしようぜ。こっちもコンディション整えなきゃ」

 夕食のメニューは、パンにラム肉のソテー、マッシュポテト、サラダ、そしてアルコール濃度の低い果実酒だった。


 せっかくのお酒にも(あるいはアルコール度数が足りないのか)、ディアはあまり嬉しそうじゃない。いや、やはり昼間のことを引きずっている。

「私さ、剣だって付け焼刃だけど、同年代の女にあれだけ振り回されたことってないんだよ。ちょっとへこむなぁ」

 レーンがフォローを入れる。

「まあまあ。彼ら、俺たちより一回りか二回りくらい年上っぽかったぞ。向こうが格上だ。そこは認めるしかない」

 そう、完全装備の兵士を撫で切りにするなんて、あのブレーナーと、このレーンくらいしか見たことがない。

 アヤナが言う。

「そう言えばレーンの革鎧の肩当て、壊れちゃってるけど補修するの?」

「ここでは難しいな。ラクスの街に戻って直してもらって……後は『付与研』のジャンに強化してもらおう。報酬が入る予定だし。装備の差も身に染みたよ」

 それにしても、負け戦はこうも皆の士気を下げる物なのか。美味しい食事のはずが、どんよりとしたムードになっている。


 ウェインは言った。

「ま、ラクスの街に戻ったら各自訓練ってことで。俺は先にリハビリがあるけど、すぐ戻りそうだし」

「そうだな。今回は判定負け。各自問題点を洗い出しておこう。次にあいつらに会ったら勝てるように」

「最上級魔法の『爆炎の弓矢』を当てれば、女の魔法障壁があってもパリィされても鎧があっても、ブレーナーは瀕死になるよ。いや、死ぬかも」

「時間稼ぎができれば、勝機も見えてくるんだが」

 それ以外に勝てる要素があるのだろうか。ウェインも本気で悩んだ。


「……。あ、『時間稼ぎ』って言葉で思い出したんだけど、俺たちがブレーナー相手に仕掛けた……というか、教えた情報がある」

「ん? 何だそれ?」

「索敵魔法を使ったんだが……ああ、ちょっと待って。なんだかディアもジッと見てた気がするけど?」

 モニカがコクコク肯く。

「偵察兵の人って、腕を伸ばして、相手に親指とか人差し指立ててることが多いですけど。それですよね。アレ、なんです?」

 ディアは軽く肯く。

「相手との距離を計算してるの。自分の指の長さと腕の長さを予め覚えておけば、指と伸ばした腕で、肩までの三角形ができるわよね」

「比率で距離を測ってるんです?」

「そうよ。後は相手の大きさ……まあ平均身長とか、近くの植物なんかを目安に大きさがわかれば。後は三角形の比率で距離が計算できる。ボーイスカウトとかでも教えてる技術ね。ただ子供の間は成長途中で指も腕も伸びるだろうから、自分の腕の長さとかは年一とかで覚えなおさなきゃならないけど。まあ私たちなら……モニカ以外はもうあまり成長しないと思うんで、ウェインたちも自分の指と腕の長さ覚えとくといいわよ。目測でだいたいの距離が計算できるようになるから」

 ウェインは感心した。自分は今まで、距離を測るのは魔法でしかやったことがない。……いや、そもそも人類はもともとこういう技術を磨いてきたのではなかろうか。魔法が身近で、便利になったからあまり使わなくなっただけで。

「凄いな……便利かも」


「ま、それは後でゆっくり教えるよ。それよりウェイン。さっき言いかけた、ブレーナーにかけた索敵魔法がどうしたって?」

「あ、そうだな。……まず軽く、索敵魔法の原理を言うが。術者は電波や音波、超音波、光線なんかを出して、対象物に当てて、それが跳ね返ってくる時間の差で距離を調べる。だがそれでは枯れ葉や虫、風なんかの存在もキャッチして情報量が莫大になる。だから普通はそれらを除外しようとフィルターにかける。この『フィルター』こそが索敵魔法の最大の難関だ。小さい音なんかを増幅しようとしてるのに大きな音が聞こえたらこっちがショックを受ける。かと言って大きな音を聞き逃すようにしたらガバガバになっちゃう」

「ふぅん……」


「で、だ。アヤナは指向性で200メートル、ブレーナーたちを索敵した。アヤナ、種類は?」

 アヤナは口を開いた。

「アンダーグラウンドソナー。地面に伝わる音の一部を増幅して索敵したわ。取り急ぎだったのでこの一系統でしか探ってないわよ」

「正確な距離は?」

「ピッタリ200メートルで辞めといた。あと数メートル行けそうだったけど」

 ウェインは肯いた。

「200メートル。あのブレーナーはわからんが、アイカとかいう女スカウトのほうは魔法が巧かった。だからきっと自分に音波が向けられてることを察知してると思う。この時、アヤナ側が『アクティブ』でアイカ側は『パッシブ』という区分けをする」


 そこでアヤナが驚いた。

「もしかして、索敵魔法って下手に使うと自分の位置を相手に晒しちゃうの!? 割と精密に!?」

「ああ、そうだよ。座学でやったでしょ」

「まあ、その……ああ、風邪で寝込んでた時かも。うん」

「まあいいけどさ……。下手すると死ぬことだから、よく覚えておけよ? で、相手が魔法を使えなかったら大丈夫だが、魔法使い相手は種類にもよるけど、『アクティブ』の側は、基本的には位置がバレるのが多い。色々ごまかす技術もあるけれども」

「へぇ……」

「で、だ。アヤナは『200メートル』の距離を相手に教えた。だからもし次にブレーナーたちが強襲をかけてくるなら、200メートルの外からになると思うんだ。仮にあの装備つけて100メートルを10秒で走れたとしても、20秒はこっちに準備時間があるって計算になる。これなら俺の『爆炎の弓矢』の準備時間は余裕で足りる」

「おぉ! 凄いわね」

「ただ自分で言っといてなんだが、あいつらが頭が回るなら、もっと巧くこちらに忍び寄って距離を詰めてこようとするとは思うけど」


 少しの間、沈黙があった。その後、レーンが声を出す。

「ところでウェインの索敵魔法はどうなんだ? 距離とか、種類とか」

「種類は一通り使える……。そしてその種類ごとに多少バラけるが、全方位でだいたい半径300メートルくらいを索敵できる」

 おお、と皆から感嘆の声が上がった。そこに再び、レーンの声。

「じゃあ指向性にして、要するに最大限の索敵範囲はどれくらいなんだ?」

「……まあまあ遠くまで」

「いや、具体的な距離を知りたいんだが」


「……すまないが、それは企業秘密だ」


「ん?」

「仲間にも言えない。師匠にも弟子にも言えない。『コレ』が魔法使い最大の弱点に繋がる可能性があるからな。ただ……普通はだいたい半径の倍くらいであることが多い」

「ざっくり600メートルってとこか」

「そんなところだ。そしてさっき『アクティブ』の探索は相手にバレると言ったが、相手の射程の外からであれば、相手には『探知された』ということしかわからない。つまり一方的に捕捉できる」

「なるほど。600メートル外から『爆炎の弓矢』での攻撃……」

 ウェインは軽く首を振った。

「いや、流石にそれは距離で減衰しすぎる。『爆炎の弓矢』の射程のことも企業秘密なんだが……まあ600メートルも離れたら、もう魔法かけた弓矢の距離でしょ。届くかどうかはともかくとして」


 レーンは少し考え込む。

「弓なら少し扱えるけど、そのためだけに持ち歩いて機動性を落とすのはなぁ……」

 本当にこのレーンという男は底が知れない。ウェインも弓は少し学んだ。主に、弓兵が攻撃したい位置取りを知っておくためにであるが。

「レーン。弓が使えるのか? 弓や矢を一時的に強化したり、最終誘導させたりする魔法もあるから、何かの時に覚えておいてくれ」


 モニカが人差し指をくるくるさせて、言う。

「逆に、こっち側が弓で狙われたらどうするんスか?」

 それは魔法使いが最も恐れることの一つだ。

「もし不意打ちだったら、何もできない。的になるだけで、運頼み。魔法使いは狙撃とか暗殺が一番怖いんだ。だが矢を把握できているなら、逸らすとか、撃ってきた相手に跳ね返すとか色々できる。ここらへんは白魔法……エルの方が巧いはずだ。俺はあまり得意じゃないから、大規模なら、風の魔法で乱気流を起こして矢を叩き落とすとかすると思う。この場合、もし矢の撃ち合いだったら味方の矢まで巻き添えにしちゃうけど」


 ディアが感心した声で言う。

「魔法って凄いねー。なんでもできる感じ」

「使い方次第、なところもある。例えば探索魔法から逃れる手段として、アンダーグラウンドソナー……つまり地面に伝わる音で来るとわかっていれば、空気を固定し音そのものを伝えなくすればいい。あるいはサーモで来るとわかっていれば、自分の正面の空気を一部は熱して上方へ、一部は冷やして下方へと逸らして隙間を作り、そこに隠れればいい」

 これがウェインが常に『できれば二系統』で索敵する真意だった。索敵魔法で索敵をして反応がない、イコール誰もいない、とはならないのだ。隠れる『技術』はある。

 もし『誰もいない』と確信したなら、そこに隙が生じる。

 モニカが口を開いた。

「ウェインさんはサラッと言ってますけど、特にサーモからの逃げなんて火の魔法と氷の魔法を同時に扱わなきゃならないんですからね。そう簡単にできる人は少ないですよ」

「逃げ方なんて人それぞれのやり方とか方法でいいんだよ。重要なのは探索魔法にも隙があるってことで。……そうだな、あと一つ、皆に『ジャミング』のことを教えとく」


 アヤナは手を振る。

「あ、私それ少しできるー」

「魔法学院を卒業するなら、それくらいやってもらわなきゃ困るよ。えっーと『ジャミング』だが、さっきの例を出せば例えば地面の音や熱をランダムに生成して浴びせ返すんだ。これだと『そこらへんにいる』ことはバレても、『正確な位置』までは掴まれにくい。これと同じ状況が……東の、ニール王国との国境付近で行われているようだ」

 エルが補足する。

「通信魔法に対するジャミングね。通信魔法は光の魔法でモールス信号みたいなのを送ったりするのが多いかな。魔法がそもそも距離で減衰しちゃうのが多いから各国ごとに色々工夫はしてるみたい」


 レオン王国は王都とラクスを中心に大きな街は通信施設が引いてあり、それは年々広がっている。今ではそこそこの規模の村にまで通信施設が整えられている。

 エルは一瞬ウェインのほうを見たが、何も問題ないのでウェインは肯いて続けさせた。

「モールス信号なら数字の1と0だけ……二進数を使えば、少しの出力でかなりの情報量が入る。後はあらかじめ方式を決めておいて『数式』とか『絵』を二進数で分解してモールス信号で読み取るとかもやってるわ。ここまで複雑になると個人じゃ使いにくいけど……。でも伝書鳩だって迷っちゃうこともあるし……」


 ディアが両手を上げた。

「や、無理。私にはそういう計算とか無理っぽい」

 モニカは不思議そうに瞳をくるくるさせる。

「えー? やってみれば結構簡単ッスよ?」

「何よモニカ。喧嘩売ってんの?」

「違いますって。慣れですよ慣れ。普段私たち10進数使ってるでしょ? だから両手の指で10までしか数えられない。でも2進数使えば、両手の指で1024通り……ゼロ含めるんで1023まで数えられます」

「そうなの? なんか便利そう」

「1と0だけなんで、桁の繰り上がりに注意してください。にーよんぱーいちろくざんにーろくよんいちにっぱ、にごろって覚えるといいですよ」

「え? え? え!?」

「だから2、4、8、16、32、64、128……」

「ちょっと待って何言ってるの!? 素数を数えて落ち着こうとしてんの!?」

「ディアさん。素数っつーか、むしろ逆に全部偶数ですよ」

「ごめんモニカ! おねーちゃん、モニカのこと少し見くびってた。悪かった。そこは謝る。アンタ凄い。だからそれ以上の数字はノーサンキュー」


「でも覚えておいた方が便利ですって」

「いらない。おねーちゃん、今後はロックで生きてくつもりだし」

「……。なんか楽器できるんスか?」

「普通学校の小学年でアルトリコーダーやったから、それを思い出せばなんとか」

「アルトリコーダーでロックンロールですか……」


 クスクス笑って、アヤナが言う。

「ねえ、皆でなんかバンド組んでみる? 私はバイオリンなら少しできるわよ。ウェインは何かないの?」

「俺は音楽は何も出来んぞ。口笛か指パッチンなら協力できるが?」

「あぁ……。じゃあエルは? 何かない?」

「え、私!? んー……出身の孤児院でハンドベルがあったから、それで良ければ……」

「うーん。厳しいわね。じゃ、モニカは?」

「私は音楽の訓練を全く受けてないので。貧乏ゆすりくらいしかできません」

「貧乏ゆすりを楽器のカテゴリーに入れてる人、見るの初めてなんだけど」


 なんだか皆でいつのまにか笑っていた。

 ようやく、心が少し休まったような気がした。


 ウェインはふと思い立って、言った。

「そういやレーン。もしブレーナーの襲撃があるとしたなら、今夜なんだな?」

 笑顔だったレーンの顔が少し引き締まる。

「そうなるな。何か案があるのかい?」

「案って程じゃないが……。今夜中、俺が索敵魔法で全方位警戒してようか?」

「可能なのか!?」

「ずっと緊張しっぱなし、ってわけにはいかないから完全な索敵にはならないかもしれないけど、軍隊たちの見張りよりは遥かに察知できるはずだ。俺は今日徹夜して、明日の移動中に馬車の中で眠ればいい」

 レーンはしばらく考えた後、頭を下げた。

「頼むウェイン。それが恐らく、最もいい手段だ」

「いや、いいよ。ブレーナーと最初にブチ当たる前衛のことを思えば、たいしたことない」

「すまない」


 二人で会話していると、ディアがビシッと親指を立ててきた。

「決まった?」

「え? 何が?」

「バンド名」


 どこまで本気なのやら。



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