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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス1.1

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67/318

手練れ

 次の日。朝からウェインたちは撤退準備だ。もうウェインは旅の準備を終えている。

 まだ身体が痛むが、歩けないわけではないし、馬車もある。二頭立てだ。

 これだけでも嬉しいのに、ウェインの保護のために数人の軍人がラクスの街まで送ってくれるというのだ。安心感が半端ない。

「もう母さん、お土産はいらないってば! そんなに持ってってもらいたいならウェインさんに直接渡せばいいでしょ!」

 モニカは親族相手に手こずっている。

 ウェインは苦笑して、ルー中尉に手を振った。

「中尉。昨日言い忘れましたが、この辺に出た悪魔は物理攻撃は効きにくいものが多かったですよ」

「あ、はい。昨夜レーン殿に聞いております」

「アリス隊の魔法使いは、このカドニ村で役立ててください。こっちには私とエル、あとモニカがいます。魔法だけなら、ラクスの後衛ナンバーワンだと思います」

「そのようですね。レーンさんも仰ってました。前衛が欲しい、と。そこで第8独立小隊の6人を半分にし、3人を貴方がたにつけます。そしてアリス隊からは、魔法使いでない者を一個班6人つけます。これで十分でしょう」

 3人+6人+ウェインたち6人。合計15人。大所帯だ。しかも先頭の鎧には王国軍の模様が入ってる。もし盗賊団がいても、絶対に襲ってこないだろう。

「中尉。それだけの戦力をこちらに割いて、大丈夫なのですか?」

「ええ。増援はまだ到着します。今度はラクス防衛軍。あと警察の捜査官も来るようですね。おおがかりな調査はそれからになるでしょう」

「それを聞いて安心しました。少尉、色々とありがとうございました」

「いえ、お気になさらず」


 そしてお昼前。ウェインやレーンたちは回収班の護衛を受けながらラクスの街まで出発することになった。

「ラグトさん。服、ありがとうございます」

「いえ、ウェインさんの役に立てて光栄です。ほらモニカ、ウェインさんから魔法をよく学ぶんだぞ」

「わかってますよー! 手紙にも書いてるでしょ?」

「それとウェインさん。こちらが依頼完了書です。魔法学院へ持っていけば報酬が出るはずです」

「ありがとうございます」

 一方でエルは、馬車の荷台に造った白魔法の結界を強化している。

「うん、問題ないわね。こっち、いつでも平気でーす」


 ウェインとエル、モニカ、アヤナ、レーンとディア。それにレオン王国軍の人たちは、カドニ村を出発した。馬車の荷台には、ウェインとエル。エルはウェインに回復魔法をかけている。

 先頭にディア。続いて王国軍の兵士3人。馬車の横にアリス隊3人ずつ。後ろにアヤナで、最後尾にレーン。


 まあレオン王国は平和な国だ。盗賊団が出たりモンスターが出たりは滅多にない。唯一『悪魔』だけは、時々発生するのだが、それも大規模ではない。


 余裕、を通り越して慢心、があったのだろう。……恐らく全員に。


 カドニ村出発から、二時間ほどした時のことだった。

 ディアが声を上げる。

「前方に人影!」

 遠くから二人の人間がこちらに歩いてきた。

 どうやら男と女のようだが、女が平均レベルの身長とすると、男はかなり大きい。レーンと同じくらいの背の高さがある。

 彼らは『敵意なし』の合図を送ってきた。ディアも同様に送り返す。


 その二人との距離は段々と近づいてきて、ハッキリ見えるくらいになった。

 男は普通の剣より遥かに長いグレートソードと、ショートソード、チェーンメイルの上に、肩・胸・腹を覆う金属の鎧を着けていた。やはり背がかなり高い。黒髪に、黒い瞳。

 女のほうは、中肉中背。ショートソードと革鎧という装備はディアと似ている。それどころか髪型も後ろで縛っていて、顔立ち以外はディアにそっくりだ。但し金髪に碧い瞳。

 他に荷物は何もないらしく、ひらひらと手を振ってくる。


 和やかな雰囲気だった……レーンが声を上げるまでは。


「待て、そこの二人! どこから来て、どこへ行く予定だ?」

「ん? ラクスの街に行って、その帰りだ。育った村がこの近くにあるんだ」

「何故、荷物を何も持っていない?」

 男は頭を掻きながら応える。

「別に何も買わなかったからな。観光さ。……何かおかしいかい?」

 レーンは続けざまに言う。

「グレートソード引っ提げて、ハーフプレート着込んで。そのくせ荷物は何もない……そう、水筒さえもな。十分怪しいぞ」

 男は天を見上げた。

 傍らにいる、女が言う。

「ねえ、バレちゃったよブレーナー。どうする?」

「まあ大きな変更はないさ。奇襲の予定が、正面から戦うことになっただけ」

 男は両手持ちのグレートソードを引き抜くと、吼えるように叫んだ。

「名乗らせてもらう! 我が名はブレーナー!」

「あ、私アイカ・ラルハイです。よろしく」

 女もショートソードを抜いた。


 最後尾に居たレーンがバスタードソードを引き抜き、前に走りながら叫ぶ。

「ディア、下がれ! 手ごわいぞ! 戦闘用意! 指揮はウェインがやれ!」


 突然始まった戦闘。しかしウェインは正直、現実感のなさに驚いていた。

 こちらは軍隊を含む15人。それに向かって相手は二人で突撃してくる!?

 死ぬ気なのか、アイツらは!?

 その現実感のなさを取っ払ったのは、ブレーナーと名乗る男の突撃だった。

 レオン王国軍の、槍と楯持ちが……一瞬にして身体を切り裂かれた。続いて、もう一人も同様にチェーンメイルごと切り裂かれ血が噴き出す。

 残った一人には、胴体に突きが入った。突き刺さったグレートソードを、兵士の身体に足をかけ引き抜く。グレートソードの血糊を、剣を払って吹き飛ばした。

 ここまで、数秒とかかっていない。

「冗談だろ……?」

 いや。こんな光景を、ウェインは見たことがある。

 少し前、ドライ砦の東側で。暗闇の中でレーンが単身突撃してきた時のことだ。あの時も訓練され、武装もしっかりしている兵士をレーンは撫で切りにしてきたのだ。

 ウェインは馬車から下りて、ショートソードを抜いた。

「気を着けろ、想像以上の強敵だ! レーン、なんとかできるか?」

「やってみる!」

 レーンがバスタードソードを両手に、ブレーナーに挑みかかった。何度も躱し、切り結んでいる。

 そこでウェインは違和感を覚えた。

 レーンが切り結んでいる!? レーンはその圧倒的なパワーとスピードで、今までたいして打ち合わずに敵を倒してきた。それが、ブレーナー相手だと倒せない。むしろ圧されてるようにも見える。

 ウェインはとりあえずの指示を出した。

「ディア、あっちの女が男のフォローに入ってる。深追いせずに邪魔しろ」

「了解!」

「モニカは弾幕の用意。男か女のどちらかがこっちに抜けてきても、近寄らせるな」

「はい」

「アヤナは馬に鎮静魔法をかけた後、全周囲索敵。少なくとも二系統で索敵しろ」

「わかったわ。でも私の索敵魔法、360度だと半径100メートルくらいが限度だけど」

「それでいい。もしこれで俺たちが挟まれたら、かなりまずい戦況になる」

 いや、それどころか。もし遠くからクロスボウなんかで背後を狙われていたら、本当にまずい。弓矢をケアする魔法使いが足りない。

 地面では、レオン王国兵士の三人がうめき声をあげている。防具のおかげか、死んだ人はいないようだ。

「アリス隊! レーンが圧されている。二人一組で彼のフォローを。一人じゃだめだ、必ず二人以上で抑えて! もう二人はあっちの女、自由にさせるな!」

 アリス隊の6人は、それぞれショートソードを構えて4人がブレーナー、残りの二人がアイカと名乗った女の方に向かって行く。

 しかしブレーナーが吼えながら、アリス隊の一人を切り裂く。驚くべきはそのパワー。金属鎧を着けているぶんレーンよりスピードは落ちるが、レーンの打ち込みがことごとく躱され、弾かれる。技術面でもレーンよりブレーナーに分があるようだ。

「……風よ! 戒めの鎖となりて敵を縛り上げろ!」

 ウェインは中級魔法に属する『戒めの鎖』を使った。風の抵抗で相手の動きを遅くする魔法だ。風は見えないぶん避けにくい。

 ブレーナーの周囲を、風が包んでいく。と、そこにアイカと名乗った女の魔法が衝突する。それはウェインの『戒めの鎖』を消失させていた。

「くっ!」

 見ると、ディアとアイカとでショートソートで切り結んでいる。だが勢いは完全にアイカのほうが上で、隙あればブレーナーを助けていた。

 そのブレーナーの手によって、またもアリス隊の一人が切り倒された。彼女らの鎧は革鎧なので、怪我も酷いことだろう。

「女を自由にさせるな! 男のほうは俺が叩く! レーン、ディレイだ。遅らせろ!」

 ウェインは魔力を高めた。

 先程まで痛かった身体は、今はもう痛みを感じなくなっていた。脳内麻薬のおかげだろう。ウェインは戦闘に入ると一時的に痛みを忘れることができる。まあ体質だ。

 中級魔法じゃ、物足りない。上級魔法をぶち込む必要がある……ウェインは高速詠唱法を捨て、通常の詠唱法で呪文を唱え始めた。


 ウェインの指揮に、レーンやアリス隊の兵士は自分からは牽制程度しか仕掛けなくなっていた。防御に重点を置いている。それでいい。

 だがそれでも、ブレーナーにアリス隊の一人が腹を刺された。

 一方でアイカと名乗った女のほうも、アリス隊の一人を袈裟切りにしている。

 残った数。アリス隊、残り二人。男と女のほうに、それぞれついている。

「アヤナ、索敵はもういい。牽制射を放て! モニカは弾幕係だ、まだ撃つなよ」

「わかったわ……あっ!」

 目の前で、信じられないことが起こった。レーンが胸から肩にかけて斬撃を受けたのだ。革鎧の肩当てが弾け飛ぶ。だが出血の代わりに、レーンの身体全体が眩く煌めいた。

「エルの白魔法か! ナイス判断!」

 しかしあのレーンが、ウェインが万全の信頼を置くレーンが、数でも勝っているのに打ち合いで負けた。それはウェインを戦慄させた。

 ともあれ、時間は稼げた。ウェインは上級爆発魔法を準備し終えた。

「レーン、完成した。ぶちかます。射線をあけろ!」

 レーンが横に飛びのいて、ウェインはブレーナーを正面から見た。

 大丈夫、上級魔法ならこの距離なら外れない。

「砕け散れ! はあっ!」

 ウェインの放った上級爆発魔法……それは、その時横合いから女が発生させた魔法のシールドによって減衰していく。

 ここまでのことができるとは……ウェインは舌打ちをしながらも、爆発魔法の誘導を試みた。ブレーナーは跳んで左に避けたが、最終誘導。そして大爆発。

 『魔法パリィ』の手応え、そして恐らく鎧の魔法抵抗の感覚はあったが、何せ上級魔法だ。もう戦えまい。


 爆炎の中から、ブレーナーが姿を現した。片膝をついている。

「……ウェイン・ロイス。ここまでの魔法を受けたのは初めてだ……」

「もっとデカいのも撃てるぜ。使うと報告書や始末書を書かねばならない、極大魔法というものだが」

「それにレーン・スタイナーか。厄介だな……アイカ、回復魔法を頼む。撤退だ!」

「了解。じゃ、皆さん。またどこかでー」

 アイカは地面に爆発魔法を、散弾のように細かくして叩きつけると……周囲に砂煙を舞い上げた。めくらましだ。

「まったく!」

 ウェインは水の魔法を唱えると、空中から雨を降らせるようにして砂埃を水で叩き落した。

 砂埃の大半が効果を失ったが、二人は、襲撃してきた時と同じく、あっという間に走り去っていっている。

 ウェインは一応、準備に時間がかからない初球魔法で追撃したが、距離による減衰が激しい。威嚇程度にしかならないだろう。

 あっちのアイカという女、魔法力が特に高いというわけでもないのに優れている。ウェインに一手使わせたのだから。

「大丈夫、見えてるわ」

 ディアが片手を上げる。ウェインは言った。

「アヤナ。あの二人の探知をできるか? 全方位でなく指向性だ」

「指向性なら200メートルくらいまで追尾できるわ。丘や岩があるこの地形なら、目視はあまり効果ないってこと?」

「あの二人が水筒や荷物をどこかに置いてあるなら、ピックアップしてもおかしくない。そこに『何か』があれば、立て直してくる可能性もある。もしその兆候をキャッチしたら、こっちもまた迎撃態勢だ」

 アヤナは肯き、呟くように言い始める。魔法で細かな動きを探知しているのだ。

「……動きに迷いはないわね。走る速度は段々落としてる。どこかで回り道をするわけでもなく……ダメね。索敵範囲外に抜けられたわ」

 ディアも声から力が抜けてきた。

「大丈夫ね。完全に逃げに入ってる。追撃は来ないと思う」

 それを聞いてウェインは言った。ウェインも軽く息を吐いた。

「ディアはそのまま見張っててくれ。アヤナはまた全方位探知に切り替えて周囲の警戒を頼む。……こっちは部隊を立て直す」


 今回、レオン王国歩兵3名、アリス隊4名がかなりの深手を負った。これが現実だ。

 人数差15対2でここまでやられたのだ。しかも相手には逃げられた。直視したくないことではあるが、これは現実。そして大きな敗北だった。

 アリス隊は屋内戦闘を重視し取り回しのきくショートソードがメインウエポンの半面、リーチでかなりの差があったが、護衛についていた歩兵三名は槍もシールドも装備していた。武装で劣っていたとは言えない。

 だが、15対2でここまでやられた……。誰もが衝撃を受けていた。


 ディアは周辺の索敵を行っているが、エルとモニカは負傷者の確認を行っている。運よく、やられた彼らは昨日も今日も白魔法は受けていない。回復魔法の特性である、『段々と効きにくなる』『時間を空けなければ効果が薄れる』などの対象外だった。

 比較的傷の浅い2名はモニカの白魔法で癒して、傷の深い5名はエルが癒した。

 特にエルは魔法力、スキルともに優れているので、思っていたより早く皆の怪我を回復することができた。大体、皆7割から8割くらいの体調まで戻っただろうか。

 驚いたことに、ブレーナーの一撃をエルの防御魔法で受け切ったはずのレーンまでもが怪我をしていた。衝撃で骨にヒビが入ったらしい。その怪我も治ったが、改めてブレーナーたちの凄さを知らされた。


 レーンは言った。

「とりあえずこの場は離れよう。皆、本調子ではないと思うが、地図によると二時間とかからず次の村に着く。この近辺でキャンプを張るよりは、そこの村で今晩は休憩を取ったほうがいいと思う。15人じゃ宿屋に泊まるのは難しいだろうが……」

 ウェインも同意した。戦闘が過ぎて興奮状態が覚めてきたせいか、また身体が痛んできている。

 馬車を含め、全員でゆっくり前進することにした。

「同感だ。みんな体力と魔力の消耗が激しいはずだ。休憩と、武具の応急処置も必要か。食事はアリス隊の本体が持たせてくれたレーションがあるから、それでいいだろう」

 アリス隊の皆は、意気消沈している。

「私はバックラーごと左肩をやられたわ」

 バックラーとは、腕で固定せず手で持つだけの小型の楯である。耐久力は低い。

「私なんかショートソード折られた。とんでもない相手よ」

 レーンも大きく息を吐いて、言う。

「俺は隙があったから突きに行ったんだが、それは囮で、カウンターで袈裟切りにされた。エルの防御魔法がなかったらと思うとぞっとする」

「あいつ、レーンより強いのか?」

「確実にな。二対一、三対一でも当然のように振舞うし、俺はパワーもテクニックでも負けていた。あいつは金属鎧着てたから俺のほうが素早く動けたけど、それだけさ」

 レーンにここまで言わせるのだから、あのブレーナーと名乗った男の強さがわかるというものだ。

「ディア、そっちと戦った女はどうだった?」

 ディアは肩をすくめる。

「私の上位互換ね。こっちだって最初は三対一で当たったのに、剣じゃ全く勝てないし、ブレーナーを補助する魔法を使う余裕はあるしで。剣で勝つならレーン級の相手じゃないと無理なんじゃない?」

 この二人にそこまで言わせるのか……ウェインは心が重くなった。

「世の中には強い奴がいるもんだな。そう言えばレーン、戦う前からお前は『強敵だ』って言ってたと思うが、知り合いか?」

「ニール王国にいた時に名前は聞いたことがある。だがそれより、15人相手に二人で突っ込んでくる行為そのものが、相当な手練れだろうと思った」

「あいつらの目的は何なんだ?」

 レーンは肩を竦めた。

「俺を狙った確率が10%。後はウェインを殺そうとしたのが85%。それ以外が5%」

「え、俺ぇ? そりゃ名前は売れてるけど……」

「ファントムに関係があると思う」

「あ」

「まあ、もう強敵は出ないと思うよ。もしそんなのがいたなら、さっきのブレーナーと一緒に襲ってくると思うから」

「なるほどなぁ……」

「殺しにかかってきたかと言うと、それもわからない。これ以上ファントムを追うとどうなるか、という警告かもしれない」

 そうだ。魔法学院に着いたら、報告書を提出せねばならない。そしてもしかしたら、ファントムの討伐隊が組まれるかもしれないし、ウェインはそこに組み込まれるかもしれないのだ。

 だがウェインやレーンほどに優秀な前衛を、ホイホイ調達できるものなのか?

 それは無理だと思うが……。



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