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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス1.1

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『死ねばいいのに』

 レーンと別れ、ウェインはラグトの家に入った。モニカの父親の家だ。

 ウェインは先程出てきた道を逆に歩き、病室へと戻る。

 そこは無人だったが、部屋の片隅にウェインの荷物が置いてあった。中から歯ブラシを見つけると、歯磨きと洗顔へと向かった。

 もう何日もお風呂に入ってない。汗はあまりかかないが、それでもベタベタして気持ちが良くない。せめて顔くらい洗いたいと思ったのだ。

 トイレに行き、歯磨きをし、顔を洗う。

 不快感も少しはマシになった気がする。

 また部屋に戻ると歯ブラシは荷物の中に入れ、 腰のナイフを鞘ごと引き抜き、机の上に置く。(誰のかわからないが)上着は脱ぎ、これも机に畳んで置いた。魔法学院のボロボロになったズボンも脱いで、椅子に掛ける。


「ふー」

 大きく深呼吸。少し歩いただけなのに、足がかなり疲れている。だがこの部屋でのファントム戦時には、少ししたら立てずに崩れ落ちたくらいだ。マシになってると思いたい。

 ベッドに入り、ウェインは魔法の調律を始めた。

 時折身体を襲う痛みに、魔力がなかなか安定しない。この部屋を覆う『結界』のせいもあるだろう。だがウェインは、こと魔法に関してはポジティブだった。

 こんな乱れた状況下で魔法の調律ができるとは、ツイている……!

 だいたい皆、落ち着いた状況で調律をして満足し過ぎているのだ。だから戦闘中などに緊張や怪我で魔力バランスが崩れた時、うまく魔法を組めない。

 日頃からウェインは、魔力を整えたら自ら崩すということを日課としている。

 ぼんやりと、集中して。体内に流れる魔力を一点に集中させたり、わざと分散させたりする。それを繰り返す。ただひたすらに繰り返す。


 ウェインは幼年期・子供の頃から、この魔法の調律が大好きだった。砂場で友達と遊ぶことよりも好きだった。普通学校では授業中に調律をやって、よく怒られた。

 テストの時間には教室が静まり返るから、魔法の調律は捗った。

 名前すら書かないで提出されたテストは、当然0点だった。

 それは母にも怒られ、次のテストで50点以上取らないと魔法の調律は禁止すると言われたことがある。仕方なく三日くらいで勉強し、100点を取った。

 普通学校から魔法学院に至るまで、ウェインはそこそこモテていた。頭もいいし、身体能力も悪くない。それに顔だちも整っているからだ。

 しかし普通学校で、年上の女の子からアプローチされ、それは結果として上級性男子による虐めを引き起こした。

 ウェインは我慢した。が……先生に言っても何も改善されない。次第に苛立つようになって、しばらく経ってまた絡まれた時、ウェインは苛立ちに任せてその上級生のリーダー格に炎の魔法を叩きこんだ。多数の人が扱える初球魔法であったが、ウェインは対人に使ったのは初めてだった。

 加減を知らず、初球魔法の『器』に中級~上級レベルの魔力を入れて放ったのだ。

 普通学校でも『魔法パリィ』の技術は教えてる。だが咄嗟にできる人なんていない。

 結果として、叩いたり、地面を転げまわったりした程度ではその炎は消えなかった。学生や先生たちが集まってきて騒ぎ出した時に、ようやくウェインは平常心を取り戻した。


『死ねばいいのに』


 それまでそう思っていた。

 しかし死なせたり後遺症を残してしまうと後が大変だ。ウェインは水の魔法を使って、燃えている上級生の炎を消し止めた。


 その上級生は酷い火傷を負い、それ以降、虐めは完全になくなった。

 それどころか、前まで話したこともないようなヤツが友人気取りで話しかけてきたり、過剰に褒められたり、持ち上げられたりした。


『みんな、死ねばいいのに』


 そう思っていたのはいつの頃までだろう。ひょんなことからラクスの魔法学院で学べることになり、普通学校では軍事教練を受けてから教科書を渡され飛び級で卒業となった。


 魔法学院での生活は、もう夢のようだった。大好きな魔法を頑張るだけで、皆が褒めてくれる。(まだ小さな)ウェイン程度の魔力を持った人間も数多くいた。ウェインには白魔法の適正が少なかったので、白魔法の高度な授業には出られなかったが、色々な人に聞くことで視野が広がった。そして身元保証人となってくれた師匠との出会いと、その訓練。師匠はよく旅に連れて行ってくれた。旅の中でもウェインは色々教わった。


 もう、『死ねばいい』という意識はなくなっていた。むしろウェインは多数の人の幸福を願うようになっていた。


 まあ飛び級をして、周りが自分より年上の女性ばかりだったので、ウェインの恋愛観は酷く偏っている。師匠のせいも重なり性癖も歪んだ。

 レーンは『胸とお尻が大きい娘』が好みらしいが、ウェインは逆だ、『貧乳でロリ体形』が好みだ。どこかで歪んでしまったのだろう。このことはモニカにはバリバリに知られているので、あの子(13歳)は時折過激なアプローチを仕掛けてくる。

 流石に未成年(15歳未満)と何かやらかしたら、法律だの条令だのに引っかかるだろう。何よりウェインには今、エルがいる。今はあまり二人きりになる時間はないが、気持ちが通じ合っている感覚がある。

 まあモニカは論外としても、アヤナも、ウェインに好意を寄せてくれていることはわかっていた。彼女は貴族・名門フランソワーズ家の四女とのことだ。ウェインと同じ17歳であるが、20歳にもなったら政略結婚に使われるだろう。かと言って貴族からすれば価値のない男とアヤナが恋愛結婚すれば、アヤナはフランソワーズ家から追放される。その点、ウェインが相手ならウェインが婿養子に入ることで解決なわけだ。


 ウェインはぼんやりと色々なことを考えながら、魔法の調律を続けていた。まあ調子が悪い中ではこんなものだろう。


 いつのまにか、数時間が経過したようだ。


 と、控えめにノックの音がした。

「ウェイン、起きてる?」

 エルの声だ。

「ああ、起きてるよ。どうぞ」

 エルが微笑みながら、部屋に入ってくる。

 エリストア・クリフォード。16歳。小柄で金髪。長い髪の毛を後ろで丁寧に結わえている。おとなしめで、碧い瞳。

 まさにウェインの性癖にピッタリで、胸は控えめで小柄である。

「私、今起きたんだけど、ウェインは外を歩いたんだって?」

「ああ。身体が鈍っちゃうと思ってな」

「まだ肋骨にはヒビが入ってるし、外傷も酷いんだから、無理しないでね」

「ああ。わかってるよ。今は横になりながら魔法の調律してた」

「私としては、ゆっくり寝ててほしいんだけど……」

「でも俺、随分寝たきりだったじゃん? 少しくらい動きたくてさ」

「うん。わかるけどね。そうだガーゼと包帯、変えよっか?」

「いや、まだ大丈夫そうだ。寝る前にでも頼む」

「うん。あ、薬草を煎じたお茶、飲む? 痛み止めと鎮静作用があるわ」

「じゃあもらおうかな」

 ウェインはエルから手渡されたお茶を一口飲んだ。苦い。しかしまあ、身体に良いものだ。しかたない。ゆっくり時間をかけて、飲み干した。

「なあエル。そこの机の上の上着って、誰の? 置いてあったから勝手に借りちゃったけど」

「ラグトさんの物だって。サイズはどうだった?」

「まあ丁度良かったよ。それにしても魔法学院の制服は魔法に強いんだけどなぁ。それがボロボロになっちゃったんだろ?」

「うん。よっぽど酷い魔法攻撃を受けたのよね」


 そこに、再びノックの音。

「ウェインー、起きてるー?」

 ディアの声だ。

「起きてるよ。どうぞ」

 赤茶けた髪の毛を後ろで縛ってポニーテールにしているディア。年齢はウェインより二つ上の19歳。レーンとディアが同じ歳で、苗字がともに『スタイナー』という、義理の兄妹の関係のようだ。

 その関係性は、詳しくはまだ知らない。


「お、エルもいたんだ。丁度良かった。第一報よ」

「なんだ?」

「相変わらず通信魔法のジャミングが酷いけど、近くのレオン軍分隊と連絡がついた。馬車もあるみたいだし、ウェインの回収ができそう。到着は明日の昼頃」

「お。随分早いな。もう二、三日、ここで足止めかと思ってた」

「分隊だから20人くらいなのかしらね。まあ私らの護衛に少し割いて、後はここの守りや悪魔の調査を行える人数ってところかしら」

 エルは胸を撫で下ろしている。

「良かったぁ。ラクスに戻れば、最新の設備の病院でウェインを治せるわ」

「病院って、大袈裟な。俺はもう歩けるぞ」

 エルは反論するように語気を荒めた。

「まだ外傷と、感染症にかかりやすいのは事実です」

 彼女が強い口調で言うのは珍しい。

「はぁい……」

「でもウェイン、これで終わるのよね? 今回の冒険。もう二度と『ファントム』とは戦わなくていいんでしょう?」


 言われて、それまで考えないようにしていたことが、明確になってくる。

「それなんだけどな、エル。ディアも聞いてくれ」

「うん?」

「なに?」

「俺は帰ったら魔法学院に報告書を書く。それで報酬が出て、今回の件は一件落着だ。だが『ファントム』に関する捜査は始まるだろうし、恐らく討伐隊も組まれる。俺はその討伐隊に召集されるかもしれない」

「……」

「……」

「まあすぐにってわけじゃないだろう。怪我の治りもあるしな」

「でも、ウェインがまた戦う意味はあるの? もう戦ったんだし、十分じゃない!?」

「エル。誰かが戦わねばならないとしたら、魔法学院で最も黒魔法に秀でた俺が適任だと思う。最上級魔法ですら倒せなかったが、俺より弱いヤツを集めてどうにかなる相手じゃない」

 ディアが口を開く。

「魔法学院組はそれでいいかもしれないけどさ、私とレーンはどうなるの?」

「ついてきてくれれば頼もしいが、報酬次第だろう? それに魔法学院組と言っても……モニカは座学で手いっぱいだし、最悪俺一人が他の誰かと組むことになるかもしれない」

 エルが少し大きな声を出した。

「私は……! 私はウェインの力になりたいよ!」

「ありがとう、エル。まあこれはラクスに帰ってからのことだ。俺の怪我もあるし、討伐組に選抜されないかもしれない。どのみち二、三週間くらいは先になるんじゃないかな」


 ディアが声を出した。

「ま、そういう話もあるってことね。いいわ。私もレーンと相談する。それよりウェイン、もう一個話を持ってきたわよ」

「何?」

「ファントムとロンリーアッシュのことについて。聞きこんでみたの」

「おお。どうだった?」

「ダメね。全員何も知らないって。亡くなったモニカのお爺さんが例の水晶球を手に入れて、数年間、信者で微力な魔法を毎日毎日注ぎ続けたらしいわよ。でもその意味は誰も知らなかった。なんでも水晶球の保全に必要だと言われてたぐらいで、一度に注ぎ込む魔力もほんの微々たるものだったから誰も不審に思わなかったらしいわ」

「そうかぁ。まあこの村人のうち8割だっけ? が信者で、彼らが毎日微々たる魔力を注ぐ……うーん、ファントムを生み出すだけの魔力になるかなぁ?」

「微々たる量って言っても、毎日でしょ?」

「魔力は放っておくと自然に散ってしまうんだ。だからあるとすれば、一気に例のファントムができたというより、言うならば幼少期のファントムができて、子供時代のファントムと育って行って、青年期になって復活ということじゃないだろうか」

 エルが軽く手を上げる。

「なんでアッシュはそれ以上、ファントムを成長させる設定にしなかったのかしら。仮に『不老不死』実験だとしても老年期まで成長させた方がいいし……もしかして水晶球が造られた時のアッシュって、20歳前後だったとか?」

「いや……アッシュが悪魔関連の研究に手を出したのは晩年期とされている。……まあどこかでこっそり研究してたのかもしれんが、一応報告書に書いておくよ。報告書は、書いたら全員に見せるから添削してくれ」


 ディアが、ポツンと呟いた。

「アッシュが『ファントム』を造った意味、ねぇ……」

 こればかりは、まだわからなかった。


「エル。夕食には、あとどれくらいだ?」

「んー、今4時近くだから、もう少しかな」

「じゃあさ、俺夕食まで眠るよ」

「そうね。急に明日の昼頃にウェインの回収ってことになったけど、少しでも休んでおいた方がいいわ」

「眠りの魔法を頼むよ。寝すぎちゃって、多分寝れない」

「うん。じゃあガードしないでよ……自律神経の魔法を使うから」

「ああ。エル、それにディア、世話をかけたな」

 ディアはニコニコ微笑んでいる。

「大丈夫大丈夫。ウェインは早く怪我を治すんだよ」

「寝るっつっても夕食までだからな。もう歩けるし。……いいだろエル」

「そうね。色々食べ始めたほうがいいと思うし」

「んじゃウェイン、おやすみなさーい」

 ディアの声と呼応するように、エルの魔法が効いてきた。

 身体が、瞼が重くなってくる。


 ウェインはゆっくりと、安らかな眠りについた。




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