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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス1.1

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64/312

居心地よい村の中で

 ディアが部屋から出て行って。

 一人になったウェインはベッドから身体を起こした。

 全身、主に上半身が包帯でグルグル巻きになっている。

 部屋は薬草や消毒薬の匂いで充満しているが、それよりも、微力な魔力が全身に降り注いでくる空間だった。

 エルたちが『結界』を張ってくれたのだろう。これで数日前に瀕死になったウェインは命が助かった。

 身体の状態を確認する。痛みはあるが、立てない程じゃない。それよりは数日の寝た切りで、筋力が急激に低下している。

 人間の身体とは、こうも簡単に衰えるらしい。ウェインは少しでも衰えを戻そうと、、ベッドの脇に立ち上がった。

 大丈夫。これなら数日から一週間くらいのリハビリで元通りになるはずだ。

 テーブルの上に着替えがあった。ズボンは魔法学院の制服だが、上着は見慣れないものだ。魔法攻撃に晒されて消失したらしい。誰のものかはわからないが、拝借して着てみた。

 うん、問題ない。

 机の横にはショートソードとナイフが置いてあったが、ショートソードは必要ないだろう。ナイフだけを腰の後ろに差して、ウェインは部屋を出た。


 途端に、見つかった。


「あー、ウェイン。寝てなきゃダメじゃない」

 アヤナの声だ。振り向くとその隣の部屋には、アヤナと、ベッドで寝ているエルの姿があった。

「アヤナ。身体が鈍らないように、少し歩こうかと」

 長い黒髪を後ろで束ねている髪型に、パッチリした瞳。アヤナはアヤナで可愛らしい。

「ふーん……。まあ、歩けるならいいんじゃない? 丁度エルも眠ったみたいだし」

「まだ昼だが、エルはどうなっているんだ?」

「誰かさんの怪我の治療や結界の増幅なんかで不眠不休だったからね。少し休ませた。レーンの指示よ」

 レーンの指示なら間違いないだろうという安心感がある。

「ありがたいよ。さっきディアに少し聞いたが、この村に兵士が少し集まったってのと、近いうちラクスから俺を回収するって話……」

「ああ、うん。そうよ」

「レーンの顔を見てくる。あいつが指揮してるんだろ?」

「そ。名目上はウェインが総指揮官だけどね」

「何系統もの指揮なんて俺にはできんよ。レーンの経験とカリスマ性のほうが役に立つ」

「でもウェインの名声あってのものじゃん。さ、レーンに会いたいなら案内するよ?」

 アヤナは革鎧に例のサーベル、ナイフとフル装備だ。きっと一時的にエルを休ませるために戻っただけなのだろう。

「じゃあアヤナ、お願いするよ」

 その部屋から、通路を渡って家の外に出る。

 太陽が眩しい。


 外には、確かに兵士がいた。

 だが聞いていた数より少ない。

「アヤナ。数が足りないようだが?」

「今いない人は休憩時間。睡眠や食事を24時間体制でローテ回してる。これもレーンが考えたけど、誰も異論はないみたいで安心したわ」


 こっちを見てくる兵士に片手を上げて応えて、ウェインはアヤナの後ろをついていった。

 ほどなく、レーンの姿が見える。黒髪に蒼い瞳。背が高く、一般人とは身体の厚みが違うヘビー級。それでいて容姿端麗・頭脳明晰。謎のカリスマ性もあるときたもんだ。

 彼は上半身を革鎧に包み、バスタードソードにショートソード、ナイフを腰に下げている。こちらもフル装備だ。

 レーンはこちらに気が付くと、片手を上げて近寄ってきた。

「ウェイン、もう動けるのか?」

「レーン、指揮執ってくれてありがとな。俺はちょっと痛いけど、まあなんとか。筋力が鈍らないように歩いてみた」

「そうか。ディアから話は聞いたか?」

「ああ。ニール王国の不穏な動き、それに引き起こされた通信障害、ラクスから俺の回収に人が来ること。だいたいは聞いた」

「ニール王国は少し前に俺とディアが傭兵で雇われてて、内情も少しは知ってるつもりだけど、攻めてくるような動きはなかったぜ? やっぱり『ファントム』の回収かな」

「わからない。だいたいファントム一人なら、騒ぎを起こすよりもこっそり国境を越えたほうが良さそうな気がするが……」

「しかし、もし政府機関が受け入れるのなら、回収部隊は必要だとは思う」

「まあファントムってラクス方面ならまだしも、東のことは知らないだろうしな。そうだレーン、聞き込みに、ディアを借りたぞ」

「ああ。聞いた。……そうだよな。俺たちはここで終わりじゃない。魔法学院に行ってファントムのことを書いた調査書を出さなきゃ、終わりとは言えないから」

 レーンは一度うつむくと、顔を上げ、アヤナに言った。

「アヤナ。エルのほうはどうなった?」

「大丈夫、もう寝たわ」

「じゃあアヤナ、少しの間だけ指揮を頼む」

「はーい」

 ウェインは少し驚いた。

「アヤナって指揮できるのか?」

「弟子のスキルぐらい把握しときなさいよ。まあ机上の練習程度だけどね」

「ダメじゃん」

「私は叙勲を受けた『騎士』なのよ。その名のもとに皆は結集し、各自で判断するでしょう……心細いからレーン早く戻ってきてね」

「わかった。昼食を摂ってくるだけだ。……ウェインは食べられるのかい?」

 話を振られて、ウェインは迷った。

「どうなんだろう……エルに聞かないとわからないけど、エル今さっき寝かせたんだろ?」

 アヤナが言う。

「内臓は修復されてるはずだけど、念のためモニカに聞いて来なさい。あっちはあっちで白魔法の良い師に巡り合えたって喜んでたわよ」

 モニカの魔力は高いものがある。ほぼ適性が黒魔法にしかなかったウェインには白魔法は教えられなかったが、エルから学ぶことは沢山あったようだ。

「モニカはどこにいるんだ?」

「今は彼女も休み。昼食を摂りに外れてる。ラグトさんの家……だからまあ、ウェインは来た道を戻ればいいわ。どっかの部屋にモニカいるでしょ。食中毒が出ないようにって、魔法をかけるのはモニカの役目。まあ食材には火は通してあるんだけどね」

「まあ軍人の作戦行動中とも言えるしな。アヤナ、ありがとう」

「ウェインは早く休むのよ」

 アヤナに軽く片手を上げて、ウェインはレーンと一緒に来た道を戻った。

 食事は一か所で作って、皆が食べにくるスタイルらしい。万が一の食中毒を防ぐため、白魔法が使われるが、エルはウェインに手いっぱいなためモニカが代役をしているという話だった。


「なあレーン」

「うん?」

「俺の聞いた話だと、今集まっているのはレオン王国軍3名、ラクス防衛軍2名、警官2名の7人だったと思ったが」

「そうだが?」

「7人だけならまだしも、悪魔が出没した調査とかで、もっと人が増えるんだろ? カドニ村の食料は大丈夫なのか? 見たところ貧乏って程ではないが、裕福な村ってわけでもないぞ」

 レーンは肯いた。

「補給隊を手配してある。……が、まあ通信魔法がジャミングなんかでうまく行かないらしくて、補給隊が来るとは断言できない。だが伝書鳩も飛ばしてあるから、魔法学院かレオン王国軍の基地には連絡が行ったと思ってる」


 ラグトさんの家の前に行く。見張りで中年の女性が一人立っているが、モニカの姿はない。ウェインは彼女に聞いてみた。

「すいません、モニカは今、どこにいるか知ってます?」

 彼女は笑みを浮かべて行った。

「ウェインさん、もう出歩けるようになったんですね」

「はい。まだ本調子ではありませんが」

「モニカなら家の自分の部屋……入って左側の部屋にいますよ」

「ありがとうございます」

 レーンを連れて、言われた場所へ行く。『モニカ』と名前が記された板が張り付けてあった。寝てたら悪いと思ったが、お腹も空いてきたししょうがない。

「ここだな。おーい、モニカ?」

 何度かノックすると、部屋の中からあくび混じりの返事が聞こえた。程なく、扉が開かれる。ウェインの顔を見て、モニカはちょこんと飛び跳ねた。

 綺麗な金髪に、茶色い目がくるくるとしている。背が低いのは、まだ13歳の未成年だからである。

「ウェインさん! もう大丈夫なんですか!?」

「いや、まだ身体が痛むし……正直言って歩くのもしんどい。ただ、人間、歩かないとすぐ筋肉が落ちちゃうからな。リハビリも兼ねて」

 そこでレーンが口を開いた。

「なあモニカ。俺はこれから遅めの昼食を摂りたいんだが……ウェインはもう、食事をしても大丈夫なのか? もう内臓はやられてないみたいだが」

「あ、大丈夫ッス。身体の中は、あと肋骨に二本くらいヒビが入ってるだけで折れて刺さる心配もありません。内臓は修復されているので、むしろ色々食べたほうがいいです。ウェイン、多分痩せちゃったでしょうから」

「そうか……計ってないからわからんが」

「でも食べ過ぎはダメです。軽くッス。あとお酒はダメです。出してませんけど」

「わかった」

「……ウェインさん、私に何かできることありませんか?」

「いや、俺とエルを抜かせば、モニカは魔法使い筆頭だからな。軍の増援や回収部隊が来るまで、適度に休みながら臨戦態勢でいてくれ」

「はい」

「休むのも仕事だぞ。休憩時間にコンディションを万全にしておけ」

「了解ッス」


 モニカの部屋を出て、家の外に出た。そこが食堂となっているようで、簡易的な椅子と机が並んでいる。ウェインはさっきの中年女性に声をかけた。

「すいません、食事二つお願いします。俺の分は半分で」

「はい、承知いたしました」

 人数がいないから食卓まで持っていくのはセルフサービスだ。パンとベーコン、牛乳にシチューという、戦場ではそこそこのメニューである。

 中年女性は、ウェインにその食事を手渡す時に言った。

「どうですウェインさん。ウチのモニカは。ちょっとお転婆すぎかしらね?」

「まあ元気があっていいですよ。……。……ん? 『ウチのモニカ』?」

 彼女は深くお辞儀をした。

「ウェインさんには自己紹介がまだでした。私モースと申します。モニカの母です」

「あ、そうでしたか。始めまして。ウェイン・ロイスです」

「今はウェインさんが怪我をして落ち込んでいますけど、モニカが村で暮らしていた時と比べて、食事の時とか嬉しそうで楽しそうで。皆さんには感謝しております。ラクスでの色々な出会いが、モニカをいい方向へ導いてくれたのでしょうね」

「モニカの魔力は高いほうです。魔法学院に来て正解だったと思います。私も子供の頃、小さい村で育ってラクスへと行ったんですが、村では魔法の暴走事故なんかを起こしちゃって騒ぎになりました」

「まあ」

「初球魔法の『器』に、上級魔法に匹敵する魔力を注ぎ込みましたからね。あのままだったら、いつかは大参事になっていたでしょう。魔法学院に来て、体系だった魔法の技術を学べて、とても幸運でした」

「良かったですわね」

「モニカもきっと良い人生になるでしょう」

 ウェインは片手をあげて、その場を去った。

 先にレーンが座っている席の、向かいに座る。レーンは律義に食べないで待っていてくれた。

「あー、足が疲れた。……なあレーン。俺としてはさ、不謹慎だけどキャンプみたいで楽しいぞ」

「そうか。まあ六人組だと各自が携帯食食べるだけだしな。ラクスに戻って落ち着いたらバーベキューでもやるか?」

「いいねぇ。俺は人生の大半を魔法学院で過ごしているから、レジャーはさっぱりでな。それはそうとレーンはこの食事、どうだい?」

 レーンはシチューに口をつけ。応えた。

「美味しいな。一般人の栄養バランスとしてもカロリーとしても良いだろう。ただ……」

「ただ?」

「『戦士』としてはタンパク質が足りない。筋肉が落ちかねない。ラクスに戻ったら、俺は俺でトレーニングしないと」

「大変だな」

「ウェインもリハビリついでに60kg程度には増量すると良い。剣、打撃、寝技、どれもある程度の体重が必要だ。ファントムを倒したのは送り襟締めだったろ? あとウェインはどれだけ締め技を使えるんだ?」

「正直な話、あとは裸締め、三角締め、チョークやフロントチョークしか使えないぞ。後は練習中だが、実戦で使うのはボロが出そうで怖い」

「関節技は?」

「腕十字、逆十字、腕がらみ、足がらみ、アキレス腱固め……くらいかな。抑え込み技はほとんど練習していない。」

「じゃあ投げ技は?」

「背負いと体落とし。小内なんかの足技、大外、巴投げくらい。飛び関節、立ち関節もできるが、まあ俺がそこまで接近された状態ってのはあまり想定していない」

「まあそうだな。ついでに打撃は?」

「ボクシングの右ジャブ、左ストレートのワンツー。アッパーが少し。後は前蹴りとローキック。ここらへんは、何かの事情で剣が使えない時のためだから、たいして労力を割いていないよ」

「じゃあ後はカーフキックを覚えるといい。剣の鍔迫り合いの中でも、蹴り技はできる」

「カーフキック?」

「ローキックの一種だ。相手のふくらはぎの、筋肉がついてないところを狙う。打撃術を全く知らない相手なら、それだけでダウンするだろう。鍔迫り合いの中なら、下半身防御に気を割く余裕がない敵も多いし」

「へー。今度教えてくれよ。後何か修練することはないかな?」

 レーンは軽く空を見上げてから……答えた。

「格闘術は、もういいんじゃないかな? 剣と魔法の努力は当然として、後はウェインがやりたがってたスカウト技能、アレを齧るといいと思う。……魔法使いってパーティでいつも味方に囲まれてるから、そういう技能や発想を持った人が少なくてな」

「あ、俺、弓もクロスボウも少し扱える。アレで攻撃側の立場を経験したら、どこが危ない地点かって逆に警戒できるようになったもん」

「そうそう、そんな感じだよ。技術は色々繋がってるんだ。もっとも弓矢じゃ、ウェインのレベルじゃ跳ね返したり叩き落したり、飛んできた方向に放り返したりできるんだろ?」

「こっちが警戒してればな。無警戒で背中から撃たれたら、どうにもできない」

「『警戒』か。……俺もディアも、ウェインたちがやった索敵魔法を覚えたいんだが」

 ウェインは肯いた。

「索敵魔法自体は、さほど難しくない。例えばアクティブレーダーなんかは、空気中の風すらもキャッチして術者に伝えてくる」

「へぇ……」

「だから逆に『見えすぎる』んだ。情報が大量に戻ってくるから、その中から人間大の敵を探すのは時間がかかるようになる。これを防ぐために、訓練で『小さなものはシャットアウト』するようなモード切替を行うんだが……これは経験だからな。習得まで時間がかかる」

「魔法使いも大変なんだな」

「レーンやディアが始めるなら、手始めに熱を検知する『サーモ』がいいと思う。炎の魔法なんかが近くになければ、だいたい動物の体温を検知することになるから」

「そっか。俺も剣と並行して訓練してみるか」


 食事を食べ終えレーンとウェインは食器をモースさんに返しに行った。軽くお礼を言い、レーンはその場から立ち去ろうとする。

「俺はトイレ行った後、また指揮に戻るが? ウェインはどうする?」

「俺は疲れた。戻って寝るよ。暇だから魔法の錬成でもしている」

「それ修行だろ……大丈夫なのか?」

「俺は魔法に関しちゃ、苦労より楽しさを覚えるからな」

 この手のことは、よく言われる。努力した、とか苦労している、とか。

 ウェインにとっては楽しいことなので、苦しんで努力をしている魔法学院生などを見ると申し訳なくなる。

 子供のころから楽しいことをし続け、結果、名声を得た。ウェインにとっては人生ラクなものだ(剣術や格闘術は、努力するのは苦しいのだけれど)。

「まあ疲れたらそのまま寝るさ。じゃ、レーン。何か大きなことがない限り、報告はいらないからな。ここは実質、お前の指揮下だ」

「そっか。わかった。通信魔法も何度か試しているから、精度が高い情報の入出力ができるかもしれん。ま、軍がウェインを回収しに来るまで2,3日ってところじゃないか?」

「おっけー。それじゃ、指揮よろしく」

「じゃあな」


とりあえず、差し迫った何かはないように思えたのは収穫だった。



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