遭遇戦
翌日。
もともとモニカのカドニ村には三日で到着するルートを立てていた。街道を外れてショートカットする。
街道を外れると、商人や旅人のような人々と行きかうことはなくなった。他の国では盗賊団や獣の類に注意するべきところだが、治安のいいレオン王国ではそんな心配はあまりない。念のため注意しつつも、どんどんと目的地に向けて進んだ。
治安のいいラクス周辺だが、危険は存在する。ある丘の上で、魔力探知に長けたウェインが真っ先に気づいた。
「瘴気がある……。右前方、悪魔の気配がする。全員、注意して」
最後尾を守っていたディアが、ウェインとレーンにつくように駆け上がってきた。
「あ、私からでも見える。レッサーデーモン1匹、ミニデーモン3匹。『悪夢の草原』で遭遇したのより小さい規模だね。でも悪魔って、こんなに簡単に遭遇するものなの?」
ウェインは答えた。
「詳しくは知らないし本当かどうかもわからないが、魔法都市ラクスに魔力が集中してるから、歪みが発生しやすいらしい。そして悪魔と遭遇した学院生は、基本的に悪魔を退治するよう指示されている」
「じゃあ今回、戦うの? 今なら逃げられるよ?」
「悪魔は封印か消滅させる。できる範囲でな。構わないよな、リーダー?」
レーンが答えた。
「構わないが……どう戦う? この距離だ。俺たちと学院生組じゃ足が違う。隊列が乱れるぞ。ゆっくり前進するか?」
ウェインは肯いた。
「ここから狙撃する」
「ここから!? 届くのか!?」
「俺の上級魔法なら届く。距離で減衰はするが、いけるだろう。前衛はガードに集中。出なくていい。ただディアは後方警戒も頼む」
そう言い終えると、ウェインは呪文の詠唱を開始した。使うは炎の上級魔法。少し時間が必要になったが、組み上げた。ウェインの腕なら遠くまで届き、かつ出力もある。……更に上の魔法も使えるが、使う機会は少ない。
ウェインは小さく呟くように、声を出した。
「焼け散れ!」
発射した火球は、その距離で威力が大幅に減衰するも、遠くにいたレッサーデーモンに直撃。レッサーデーモンは燃え上がり、そして消滅した。
ディアとレーンが呟くように言う。
「ぅわ。この距離でホントに当てた……」
「アレって弓矢の間合いだろ……」
「っつーかレーンって、アレ来たら躱せる?」
「ちょっと自信ない」
ウェインはそんな二人に軽く拳を上げると、モニカに声をかけた。
「ミニデーモン3匹がこちらへ来ている。正面と右のは俺がやるから、モニカは左手のを頼む」
ウェイン一人でもどうとでもできるが、モニカをチームに馴染ませたい部分があった。
「はいウェインさん、わかりました!」
「もうすぐ中級魔法の射程に入る。お前ならできるから、落ち着いていけ」
「はい!」
ウェインは慣れた手つきで中級魔法を組み上げる。モニカもほぼ同時に魔法を作り始めたが、作成速度はウェインのほうが圧倒的に早かった。モニカはまだ組み上げられていない。
「とっ」
まだ距離があるが、ウェインは正面のミニデーモンを薙ぎ払った。その魔法を見て、アヤナは呟く
「やっぱりいいなぁ、中級魔法。華があって、手ごろで……」
そのあたりでモニカが中級魔法を準備し終えてた。
だが彼女はウェインのほうを見てくる。
目が合った。
肯く。
一瞬でウェインは二発目の中級魔法を組み上げ終えた。
一匹を残してしまっては、逃げられる可能性もある。だからできれば同時に攻撃を当てたい。
「モニカ!」
「はいっ!」
モニカは炎、ウェインは爆発の中級魔法を放った。それぞれ左手側と右手側のミニデーモンに直撃し、悪魔たちは消滅していた。ディアはグッと両手を握っている。
「わぉ。すっごいねウェインとモニカちゃんのチームワーク!」
「一時期、モニカを連れて旅したこともあったんだ」
「はい! 絶対、座学より実践のほうがいいですよ!」
残りの敵は感じられなかった。異空間とやらに繋がるゲートも感じられない。
だが念のため、アヤナに指示を出す。
「アヤナ、念のためアクティブレーダーとアンダーグラウンドソナーで索敵しろ」
「わかったわ。……全方位、私がする?」
「んー。じゃあ後方はエルがやってくれ。アヤナは前方180度な」
「はい。ちょっと待ってね」
本来はアヤナにも迎撃させたかったが、彼女は魔法陣や結界の力を借りないと中級魔法を撃つ力がない。せめて戦後処理くらいには参加させて経験を積ませたかった。
エルは基礎の魔力が凄いので簡単に索敵魔法を使い終わる。
一方のアヤナは少し長い時間をかけて、索敵をし……。
「前方30メートル……50メートル、感なし。サーモも試したけど、熱源なし。前の方位で大丈夫そうよ。超音波センサーもやる? それとも指向性とか」
「いやありがとう。エルも大丈夫のようだ。ただ、あと超音波センサーもついでに頼む。これも訓練だから、距離を遠くに伸ばしてみろ。指向性で100メートルが目標だ。何せ装備を考えない人間のスプリンターなら、100メートル走は約10秒で走れるんだから」
「なるほど、100メートルね。やってみる」
即座にアヤナの索敵魔法が走っていくのが『視え』た。指示通りの100メートルまで届いたが、まだまだ余力はありそうだ。
「おぉ。アヤナってそんな簡単に索敵魔法を遠くに届かせられるんだな」
「ん。私、コレは結構得意かも。正確な距離はウェインが前に言ったとおり、企業秘密だけど」
そう。索敵魔法の距離や種類などは、誰にも公言してはならない。師匠や戦友にもだ。魔法使いは距離によって生死がすぐに別れる人種なので、そういうことである。
しかしアヤナは熱探知も試みたと言っていた。意外とサポート向きなのかもしれない。そういう方向性で育てるのも悪くない……
そんなことを思いながら、ウェインはディアに訊ねた。
「動き、音、熱で索敵したが、どれにも引っかからなかった。偵察兵・スカウト技能的にはどうやって残存勢力を調べるんだ?」
「んー。私もまだ訓練中なんだけど。だいたい『動き』かなー。視野を広く取って、こっちから遠ざかるヤツ、あるいはこっちへと近づくヤツを探すの。安心した頃に第二派が来るかもしれないから、少しの間、そこだけは注意してさ。物陰があったら後ろを調べることもある。……けど、ウェインたちは今の魔法みたいに探せるなら、スカウト流の調べ方はあまり要らないんじゃないの?」
「いや。ご存知の通りあの手の魔法……電波や音波、魔力波を使うと、こっちの存在もわからせちゃうんだよ。索敵魔法のアクティブ系ってやつ」
「相手よりもこっちのが早く相手をつかめるなら、割とそれで良くない?」
「そりゃそうだが。でも向かってくる波を感知したり、波そのものを吸収してすり抜ける魔法や技術もある。決して万能じゃないんだ。だから目視でできるならそれに越したことはないと思って」
「ふーん。でもやられる側としては、索敵魔法を『浴びせられた』時点でかなり怯えるんだけどねー。ウェインがさっき言った通り、人間は100メートルを走るのに全力で10秒はかかるんだからさ」
「パッシブ系に磨きをかけるといいかも」
「そりゃそうだけど……私には熱や音の探知とかあんまりできないから羨ましいわ。目視だと迷彩で見逃す場合もあるわよ?」
「迷彩か……」
迷彩は光の魔法で作り上げることもできる。背景と同化させるのだ。
今まであまり迷彩は考えたことがなかった。学院でも教わっていない。
ただ逆に、色々な場合に迷彩は有効だと思えた。
「よし、迷彩について今度考えてみるよ。ありがとな、ディア」
「んー? まあ役に立ったなら何より。でも今回の遭遇戦って、魔法学院組だけで終わっちゃったね。……ウェインってあの上級魔法、どれくらい撃てるんの?」
そこは弱点にも繋がるので隠す魔法使いも多いが、ウェインは公開していた。諸事情で公開する必要があったので、逆にそれを抑止力として立たせるためだ。
「上級魔法はざっくり20発くらい」
「わ、凄い!」
「俺は諸事情で公開する必要があったんだが、二つ名がつくくらいなら10くらいは欲しい。上級の白魔法はエルだって10から15くらいは放てる。それを考えれば、おかしな数字でもない」
自分の名前を出されて、エルが声を上げた。
「あ、あのっ。私、さっきあまり何もできなかったんだけど……」
「いいんだよエルは。エルの価値は向こうが攻撃してきたら、障壁を張ったりするために存在する。あと体力と傷の回復。こればかりは、エルが欠けたら次の使い手はモニカになってしまう。つまり奥の手みたいなもので」
「でも色々と協力できたと思う……」
「いいって。ここで無駄な魔力を使わせたくないんだ」
それは事実だった。索敵をエルだけじゃなくアヤナに頼んだのも、エルの魔力の温存のためだった。だがエル本人は、もっと貢献できたと言っている。こういうメンタルのケアはやっておいたほうがいいと思った。
「じゃあ……エル、俺に魔力の供給をしてくれ。俺は上級魔法を一発、中級魔法を二発使ってる。まだまだ魔力はあるが、少し均等化したほうがいいかもしれない」
エルは明るい顔になると、胸の前で両手をギュッとした。
「わかったわ。それじゃあ……魔力供給の中級魔法を使います。ウェイン、手を出して」
右手を差し出すと、エルがそれを握り、魔法を発動させた。
エルの魔力の一部が、ウェインに流れ込んでくる。
「おっけー、エル。いい感じだ」
「ありがとう」
一方の旅人組、レーンはその光景を珍しそうに見てくる。
ディアはちょっと興奮しているほどだ。
「すっごーい。エル。今のが魔力供給?」
「うん」
「私も使おうと思って、まだ訓練中なんだよね。初級でいいからさ、今度教えて?」
「いいわよ」
「やったぁ!」
隠れる物がない丘の上だ。ウェインは、脅威は去ったとして問題ないと思うとレーンに判断を委ねると、レーンも同意してくれた。
そしてウェインたちは先に進むことにした。