出発、初日
その時、先頭を歩いていたレーンが「注意しろ」のサインとともに遠くの岩陰を指差した。ラクスでは盗賊団など滅多に出ないが、そういうものが隠れやすい場所だ。パーティの安全を担保する偵察兵の仕事の一部もウェインは学びたかったので、その一環だ。
岩陰に誰かが隠れてるといったことはなかったが。
レーンは言う。
「実際に何かがあったり何もなくても。とりあえず注意するクセはつけとけ」
「わかった」
ウェインは言う。
「周囲を索敵する魔法もあるけど、なにせ遠くの敵は把握しづらい。ここらはラクスに近くて治安が良いから、できるだけ目視で行きたい」
ディアは少し声を落とす。
「索敵魔法かぁ。私はあまり使えないなぁ。やられる側なら慣れてるんだけど」
「ディア。スカウト技能に索敵魔法が備われば、より強固な守りになる。覚えておいて損はないよ。だいたい行軍では、魔力の消耗を考えながら交代制でやるのが基本だけど」
「なるほどー」
行軍は結構気楽な気持ちで進んだ。
モニカが言う。
「今『ロンリー・アッシュ』の二代目を継いだ父は、私のおじいちゃん……先代の祖父の遺産を整理してます。多くはリスト化されているんですが、秘蔵の物もありまして。それの調査に、お葬式のために帰った私の協力も必要だったんです。例の水晶球がなんともなかったら、ウェインさんに整理を立ち会ってほしいと父は言ってました」
「アッシュの遺品の一部ともなれば興味は湧くが、胡散臭いなぁ。紛い物も多いだろうし」
「わかりません」
そこにアヤナが言った。
「ねえモニカ。『ロンリー・アッシュ』は、強化された杖も扱ってたわよね?」
「はい。そんな上等なものは少なかったはずですが」
「エルが特殊警棒なのは『街歩き』にはいいんだけど、こういう冒険の時には杖のほうがリーチがあっていいんじゃないかしら。防御のしやすさから考えて」
それはウェインやレーンも考えていたことであった。レーンが言う。
「エルは難易度の高い、短い得物での捌き方を身に着けているから杖への転向はすぐできる。一週間くらいで慣れると思う。強化されているのが前提だが、将来、何かいいものがあったらエルにはそれを利用してもらおうと考えている。今は戦闘に巻き込まれないこと、あるいは逃げることを一番に考えてほしいんだ」
「そうなの」
アッシュも晩年は棒術を高いレベルで扱えたと聞いている。緊急防御用なのだから、刃物でなくていい。杖ならリーチがあって防御しやすい。エルにピッタリだ。
話し合いながら、街道を進んだ。行きかう人々は大勢いる。旅人や魔法の道具の輸出入なんかをする商人が多い。
夕方に近くの村に滞在した。ラクスに近いだけあって専用の宿がある。
3部屋取る。部屋割りは、ウェインとレーン、ディアとモニカ、エルとアヤナだ。
普段から接点が多い、アヤナとモニカは離す。モニカは未成年なので、旅慣れているディアが面倒を見るという意図があった。
「ぅわ、ディアさんの身体、相変わらず凄いです。ガチガチに引き締まってます!」
「あはは……。私だって数年前までは普通の村娘だったんだけどね。レーンについてきたらこんなんなっちゃって……」
「偵察兵でこれなら、戦士ならどうなんでしょうかね」
「軽戦士が多いから、私より少し凄いくらいかも。女の重戦士って珍しいし」
ディアとモニカの声は大きい。部屋の外からも丸聞こえだ。
隣の部屋からは、エルとアヤナの会話が小さいながらも聞こえる。
「ねえエル。エルは料理できるんだってね? 今度私に教えてくれない?」
「いいわよ。でも私ほぼ我流だし、フランソワーズ家の専属のシェフにでも教えてもらったほうがいいと思うけど……」
「貴族の娘に料理の技能は必要ないんですって。あと、将来シェフの仕事を奪ってしまう可能性があるから望ましくないと執事に言われた」
「……大変なのねぇ」
ウェインとレーンも、宿では口が軽くなっていた。行軍中、レーンは普段より引き締まっている態度をとる。ラクスでノンビリやっている時とは違う。
恐らく、ディアとの二人旅ならこうまで気を張り詰めていることはないだろう。今回は戦闘力の低い人間を多く連れている。それに、別に『戦友』というわけでもないし。
「なあレーン。お前、最近ラクスで恋人ができたって言ってたな」
「ああ。アーシェって言う。可愛いぞ」
「どうやって知り合ったの?」
「ラクスのカフェでカウンター席が隣同士になったのがきっかけかな」
「ディアが、レーンは破局が早いと聞いたが……今度はどうだ?」
「さあ? でも『何か違うな』って思ったら、早く分かれて次行ったほうがいいだろ?」
こんなスタンスのレーンは相手をほぼ切らしたことがないらしいから凄いものだ。
いや彼は顔もいいのだが、話してて面白いし、相手を尊重してくれるし、人間的にも素敵な人だ。だから女性が寄ってくるのも分かる話だ。
さて。そしてこんな村にも、レオン王国内の村であれば大抵お風呂の施設はある。お風呂に浸かってから、皆、心地よく眠ることができた。
こうして、初日はたいした問題もなく終わった。
問題(?)と言えばディアのトレードマーク、ポニーテールが、お風呂上がりで解かれていたのを見たくらい。
髪の長さはそこそこあったし、それはそれで綺麗だったのだけれども。
そんなことをチラッと言ったら、満面の笑みで親指をグッとさせてきたことだ。
いや、やはり何も問題ないことかもしれないが。




