片想い?
ウェインが時々使う、少しグレードの高いレストラン。
白を基調とした内装で、灯りも少し灯っている。
席について、コース料理を注文した。
間もなく食前酒が運ばれてくる。
テーブルには蝋燭の灯り。
向こうにはエルの笑顔。
「なあエル。今日、本当に楽しかったか?」
「うん。楽しかったよ。なんで?」
「あまりどこにも行かなかった気がしたから。以前お付き合いしていた女性は、デートで俺のことを色んな場所に連れて行ってくれた」
「その人は、ウェインのことを連れて一緒に色々行きたかったんでしょう?」
「いや俺だって、エルを連れていろんな場所に行きたかった」
運ばれてきた食前酒に口をつける。
「私、ウェインと『一緒』ならどこでもいい。ウェインは基本、魔法学院と学生寮の往復だけしか興味ないみたいだったから。でも、それはそれでいいの。デートスポット巡りをしたいとも思わないわ」
「そうか。悪いな、ロマンチックじゃなくて」
「ぜんぜん」
オードブルが運ばれてくる。ワインを新たに開けた。エルのことを考えて、少し甘めのものを注文していた。
「なあ。今更だがエル。本当に旅をするんだな? 危険であってもだ」
エルは少し真面目な顔になって、肯く。
「ええ。もちろん一生、ではないけれど。とりあえず少しはね。何か心配?」
「そりゃ心配だよ。わざわざ危険なことするんだからな」
「でも。ウェインが一番近くで守ってくれる」
悪戯っ子のように笑うエルだ。
「まあそれはそうだが。俺は、なんで急にエルがそんなこと言い出したか、よくわからないんだ」
エルは何度か肯く。
「最初は……何かの書物か何かだった気がするけど。貴方のことを知れば知るほど、昔の貴方と今の貴方は『違う』って思えて」
「そう?」
「うん。昔は対人関係は望まず一人でいることを好んだみたいだけど。今は色々と振る舞っている……少なくとも私よりは、快活に」
「……」
ウェイターにより、スープが運ばれてきた。
「えっとね。それがウェインの『師匠』と『旅』をしてから、色々変わったって……何かのインタビューに書いてあったわ。そうなんでしょう?」
ウェインは肯いた。
「ああ。それで俺の『世界』はとても広がった」
「うん。だから私も同じように、って思った」
エルはそう言ってから、続ける。
「それにレーンが前衛にいるんだもの。模擬戦であの人の強さが凄く分かった。ウェインとレーンと一緒なら、むしろラクスで強盗に遭遇するほうが危険なんじゃないかしら」
「かもしれない。ただ実際、何が起こるかはわからないからな」
スープが下げられ、メインディッシュのローストビーフが運ばれてきた。何か(ウェインにはよくわからない)のピラフも。
エルは真っ直ぐな瞳で、言う。
「それより私は、アヤナとモニカちゃんのことが気になるの」
「え?」
突然出てきた二人の名前に、ウェインは首を傾げた。
「なんだ、アヤナとモニカって」
「私ね。ウェインのこと、好き」
突然の、衝撃的とも言える発言。ウェインは歓喜しながらも、固まった。
「え? あ、どうも……」
「でもウェインは気づいてないかもしれないけど、アヤナだって、ウェインのこと好きみたい。もちろんモニカちゃんもね」
ディアが言っていたことを、漠然と思い出す。
「……。モニカは直球すぎるが、あまりアヤナのことはわからないな」
「フランソワーズ家は古参で名門の貴族だわ。でも最近は目立たず、発言力が落ちてきている。そこにウェインが加われば、国内での復権も容易くなる」
「政略結婚」
「そう。ラクスでだって恋愛結婚は6割くらいよ。普通は、結婚と言えば親と親が決めるモノ。家と家との繋がりだし、もともと貴族の女のアヤナは政略結婚だと決まっている。でもアヤナの結婚相手がもしウェインなら、アヤナはとても幸せになれるでしょう?」
「うーん……」
「モニカちゃんの場合は言わずもがな。モニカちゃんはウェインのことを熱愛・心酔している。確かにまだ未成年だけど、後二年で結婚できる年齢になるんだから」
「まぁ……」
ローストビーフ系のメインディッシュを食べ終える。
食後のコービーに口をつけながら、エルが言った。
「私としては。ウェインが本当に……二人のうちのどちらかを好きになるんじゃないかと心配だった。それさえなければ……私は今まで、ここまで、迷うことはなかった。ウェインが前から私のことを好きでいてくれたこと、それは私だって気づいていたわ」
「そうか……。確かに俺はアヤナやモニカと親しい。だがそれは職務上のこともあってだ。何せ弟子だし、彼女らを一人前にすることが今の俺の本来の仕事なんだからな」
「うん」
「でもそれを抜かせば、エルのことが一番好きだよ」
自然と、そんな言葉が口から出た。
「本当?」
「本当さ」
「嬉しい!」
エルが顔をほころばせた。
いい雰囲気のままデザートを食べ終えたが、エルが、顔を赤くしてもじもじと何かしている。
「エル、どうかした?」
「その……リンダがね、クラスメイトの」
「うん。彼女がどうかした?」
「あのね……この後、ホテル取ってくれたの……」
「え」
「でもごめんなさいウェイン! 私、まだその初めてで。勇気出ないの」
少し、微笑ましくなった、ウェインは今日のデートでもともとそこまで考えていない。
「いいさ、そういうのはナシってことで」
「ごめんね。男の人って、こうやるのが当然だって聞いたから」
「俺は今日だなんて考えていなかったよ。もっと仲良くなってからだ」
「ごめんなさい!」
「だからいいって。それより、そろそろ出ようか」
「次、どこ行くの?」
「洒落た酒場で軽く飲もうか。……エルはソフトドリンクでもいいよ。俺は今日という喜びに、少し浸りたいし」
「じゃあ私も飲む」
「大丈夫か? 結構ワイン飲んでたけど」
「もうちょっとなら大丈夫」
「じゃあ軽くな。その後は……互いにダンスホールってガラでもないだろう。風呂は魔法学院のでいいから、寮まで送るよ」
「まだ一緒だね」
「そうだね」
次の、少しお洒落な酒場で乾杯して、軽く飲んで。
もう段々と本格的な『夜』が近づいてきたので、ウェインはエルを女子寮まで送った。
その夜。エルの気持ちが知れたこと、エルが自分を好きだと言ってくれたことで、ウェインは有頂天だった。
ただ『好き』の熱量は、自分のほうが上なのではなかろうか。
まだまだ、エルとは仲良くなりたい。
『好き』って感情は、どこから来るのかよくわからないけれど。