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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス
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出発前に

 次の日。ゆっくりめに起きたウェインは、汚れた服をクリーニングサービスに出してから魔法学院の職員室に少しだけ顔を出し、遅めの朝食を学食で摂ることにした。

 思えば正式な教職員ではないウェインだが、いつのまにか職員室に自分の席がある。何故だろう。わからない。場の流れでとしか言いようがない。

 きっとこれも『謎の政治的な陰謀』であるに違いない。いやそれで便利になることのほうが多いのだが。

 食堂で軽めに食事をする。

 学食は、安いは安いが美味しくもない。栄養バランスだけは割と良いので、きっとレーンに向いているだろう。

 今日は学院で他にやることはない。エルとのデートだけに専念できる。


 お洒落したいことはしたかったが、ウェインの持っている服は、他に寝間着と普段着くらいしかない。なにせ正装が魔法学院の制服(に色々アクセサリをつけたもの)なのだ。

 ただ今日はいつものボロいマントの代わりに、魔法学院正式のマントに身を包んできた。帽子を被ってくるかは迷ったが、被ってくることにした。エルと二人きりの時間に、見知らぬ人から声をかけられたりすることはあまり望ましくない。

 ナイフを腰の後ろにマウントしているだけで、今日もやはりショートソードは置いてきた。レーンならデートでもショートソードを持ってくるだろうが、ウェインは魔法使いだ。武装は必要ないだろう。

 ナイフは護身用も兼ねてだが、ナイフをシースに入れて持ち歩くのはラクスでは大勢がやっている。懐に入れるよりは、よっぽど敵意がないことを周囲に表せられる。

 いや本当に敵意がある人は、ベルトにも懐にもナイフを持っているだろうけども。

 まだ時間があったので就職課に顔を出す。事情を話し、報酬は少なくても良いが危険度の少ない依頼、経験が詰めそうな依頼があったら声をかけてほしいと伝えた。

 ついでに、今出ている依頼を色々と見る。

 護衛、魔力測定、結界制作……色々あるにはあるが、コレと言った手ごたえがある依頼は見当たらない。強いて言えば『護衛』だろうか。幾つかあったけれども。


 職員室へ戻って、生徒のファイルを手にする。

 アヤナ、エル、モニカの資料に改めて目を通した。

 アヤナは師匠ウェインに認められていない状態だし、まだ単位も足りていない。そして単位とか成績が少し水増しされているのは、アヤナが貴族なためのボーナスだろう。

 魔法学院としては貴族を卒業生にしたい一方、あまり実績を残せない者には除籍もある、という考え方だろうか。貴族のお姫様なんて20歳くらいまでにはどこかへお嫁さんに行くはずだし。

 しかし卒業すれば魔法使いとしては一人前なのだが、得意分野で中級魔法も使えない人間を卒業生と名乗らせていいものか。それは違うだろう。

 ウェインの課すハードルが高いだけなのか。政治的な意味合いはどれほどあるのか。今度誰か他の教員に相談してみようと思った。


 一方のエルは全ての単位が取れていて、実は今すぐにでも卒業できる状態だった。今は教員免許のために魔法学院に籍を置いてあるだけの模様。学院の設備、寮、受講したい講義などはやはり魅力的だから……とも思えた。

 ただ彼女は、誰にも師事していない。別に全員が全員、誰かに師事するわけでもない……どころか、誰かの弟子になるには成績が優秀でないとならないのだが。

 エルがそうしないのは、人付き合いが苦手なためと言っていた。それでも誰かに関われば色々と経験になるのに……とウェインは思った。ウェインも自分の師匠に出会ってから随分と変わったからだ。

 ただ、こういうことは誰かが口を出すことでもない。もし相談されたなら、別だろうけども。


 そしてモニカは飛び級してきて、ウェインの弟子として各地を回ったこともある。実地は申し分ないが座学の単位を取れていない。もっとも、成績は優秀のようだった。これなら遅れもなしに卒業できるだろう。

 そもそも、成績が優秀でないと誰かに師事することもできないという上にモニカ本人は未成年。これはかなりの特別待遇と言えた。

 ウェインも育った村からラクスに出てきて、少しすると(成績が優秀だったので)すぐに『特例』が通され……かなり特例にまみれたが。モニカもこの凄い成績があれば、やはりそこそこ『特例』が認められるのではなかろうか。

 しかしモニカを縛っているのは魔法学院ではない。それはレオン王国の法律だ。15歳の『仮成人』にならないと色々なことができない……そんなものなのだ。

 15歳に満たない者は、飲酒禁止、結婚禁止、一部の資格取得禁止、口座開設禁止、資産運用禁止、高額商品の購入禁止、一部の商売禁止、一部の契約禁止、一人旅禁止、刃渡りが長い刃物の所持禁止……ざっとこれだけある。いやこれはレオン王国が発達している証だとも言えるが。

 ちなみにモニカは『実家の商売のお手伝い』をすることで『お小遣い』(給料ではなく)を貰っているそうである。


 アヤナへの課題とモニカへの課題、そしてレーンとディアが高速詠唱法を使えるようになるための訓練方法。そんなことをまとめていると、そろそろエルとの約束の時間になった。


 職員室を出て、女子寮へ行く。受付で寮母さんに取次ぎを依頼する。そこに、一人の女性が声をかけてきた。活発そうな女性だ。年齢は20歳ぐらいだろうか。

「はーい、ウェインさん。はじめまして。私はリンダ。エルとはクラスメイトなの」

「はじめまして、リンダさん。俺に何か御用ですか?」

「いえ、ちょっと。あのー、今日はエルとデートなんですか?」

「ええ、まあ……」

「いえね、あの子最近白兵戦の訓練してたでしょ? それで顔についた痣が消えないって、昨夜私にヒーリングを頼んできて」

 エルは模擬戦ではよく顔や頭を打たれていた。メット越しとは言え、痣はできるだろう。

「前から痣くらい消してあげるって言ってたのに、どうせまた痣ができるから必要ないって断ってきたの。でもなんで昨夜はと思ったら。そういうことね」

「白兵戦の訓練、あと運動訓練をやっていたんですが、昨日で終わりました。エルは運動かなり苦手なほうでしょうが、体力や心肺能力は随分向上したはずです」

「へぇ。あのエルがねぇ……。体育で遠投試験があった時、足元にボールを叩きつけるくらいにエルは運動ダメダメだったわよ? 止まってるボールを蹴ろうとして空振りするし」

 想像通りのダメっぷりである。

「そのへんのスキルは今回教えられていないんで、そのままかと。あくまで体力と心肺能力、あと走力かな。ほぼそれだけなものなのです」

「噂の白兵戦は?」

「もとがゼロだったんで、段違いに向上しましたよ。数秒くらいなら打ち合えて、後は逃げることが可能になりました。これで何か戦いに巻き込まれても死ににくくなる」

「へぇー。頑張ったのね」

 リンダと話していると、エルが姿を現した。


 小さく手を振って、小走りに近寄ってくる。その金髪は、特訓のようにまとめられてはいない。普段から目にしていた、セミロングのストレートだ。服装はいつもと同じで魔法学院の制服。但しウェインと同様に、正式のマントを羽織っている。護身用に腰に特殊警棒。

 護身用にナイフを帯びる人はラクスでは数多いが、今までエルは完全に無防備だった。例の訓練で、街歩きスタイルも変えたらしい。

 エルは近くにくると、はにかんだ。今日は薄っすらとお化粧をしているし、それと僅かに香水の匂いもする。……エルは普段から、何故かいい香りがするのだけれど。

「お待たせウェイン。ねえリンダ、何かヘンなこと言ってないでしょうね?」

「何も言ってないわよエル。恋愛相談受けたとかは、これから言うところだったし」

「もう! リンダは黙ってて!」

「ふふっ。じゃあまたねウェインさん。エルをよろしく」

 内向的で人付き合いが苦手だとは周知の事実だが。寮ではそこそこの付き合いはあるようだ。

「じゃ、行こうかエル」

 女子寮を出る。

 二人、付かず離れず。微妙な距離感のまま、歩いた。


 明確な目的地はない。もともとがお祭りエリアで息抜きをしよう、くらいの話だったからだ。

 そこで、ふと昨日のレーンの話を思い出した。プロテクターのことだ。

「なあエル。鎧を着る気はないか?」

「鎧?」

「革鎧だ。余分なパーツとかは省いて動きやすいプロテクターにして、魔法で強化してはどうかとレーンが言っていた」

「そっか。ウェインも革鎧着るものね。アヤナも何か着けるのかしら?」

「まだアヤナには聞いてないんだ。ただ少しでも生存性を高めるために、俺もプロテクターくらいは着けたほうがいいと思う。魔法での強化は『付与研』のジャンにやってもらうとして、それでも値段は高くなるからエルの手持ち次第だが」

 エルは眉を潜ませた。

「私、アルバイトもあまりしてないから、自由にできるおカネそんなにないかも」

「じゃあ魔法での強化は諦めるとして、プロテクター……急所を守るようなものを、今度俺にプレゼントさせてほしい」

「え? ウェインが?」

「ああ。俺はカネに自由が利くから。今度レーンたちと一緒に選ぼう。実戦的なものを見繕ってくれると思う」

「悪いわ」

「いいって。エルには東の戦場で回復魔法かけてもらった恩もあるし。それに考えてみれば、俺たちは一番エルを守るべきなんだ。そうすれば他のヤツらの怪我は、エルが治してくれるから」

 そう、エルの防御力の強化だ。これはチーム全員でカンパをしてでも魔法で強化しておくべきかもしれない。何せ生命線の一つだ。もしエルが怪我をしたら、次に治癒の魔法に長けているのはアヤナだが……まだ彼女は中級魔法が使えない。ディアのほうが使えるだろうか。

 エルはコクッと肯いた。

「じゃあ……ありがたく頂きます。ありがとう」

 白魔法は『他人のため』の技術。自分自身に使うと威力が半減する。もしエルが傷を負えば、そこからの立て直しは難しい。


 ウェインは言った。

「ま、細かい点は今度レーンたちと一緒に考えよう。今日はデートだよな!」

「そうね!」



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