営業みたいなモノ-2
アパレルショップを出て。王都、大通りに戻る。
エルは買ってきた(買わされた)サイドリボンパンティなどの下着の袋を持っていて、居心地が悪そうだ。
その大通りの賑わいは、やはり魔法都市ラクスとは違う。品の良い喧噪だ。ラクスには一年中お祭りをやっている、通称『お祭りエリア』があるが、王都にはそこまで騒がしい場所は少ない。……ラクスは確かに『魔法都市』なのだが、一方で最も発展している『観光都市』でもあるからだ。
物価だってラクスの方が高い。ご当地価格、観光地価格なのだから。ただラクス住みだと値切れば、値引きしてくれるけども。
大半の魔法使いは、多少のカネなんて別にどうでもいいからと言い値で買っているようだが、但しアスリー師匠はウッキウキで値引き交渉をしていた。どうも金銭の問題ではなく『勝ち負け』が面白いらしい。そこらへん、ウェインにはあまりピンとこない感覚だったが……そのおかげでテクニックとしては人並み以上の値引き交渉術を身に着けていた。
その感覚で、ウェインは先程『女性モノの下着』の値段を少し見たが……当然、相場そのものがわからない。ただ上品そうな店だってので、相場よりもややお高いんじゃないかな……程度に思っていた。
エルと一緒に大通りを歩いて。
心地よい喧噪で。
少し歩いていたところで。
ウェインは少し、不思議な人たちを感じた。
二人組の男が、何となく後ろを付いてくる感じ。
だが尾行ではあるまい。
尾行にしては下手すぎる。
エルに声をかけて指を差し、一緒に横の店のウィンドウを見る…その時に、視線だけを一瞬後ろに移した。
その二人組は、背格好は平均的な男の二人組。若い男と、少し年上の男。服装もごく一般的なものだった。
だが彼らの歩く速度が、やはり、かなり遅くなった。人の波に間に合っていない。
そのまま店のショーウィンドウを色々と指差し、後ろの二人組の様子をさらに少し伺ってみると……ウェイン達の近くで、彼らが止まった。
……別にウェインは、普段はこんな警戒をしているわけではない。ここは大都市で、人が大勢いる。平和な場所だ。
だがエルを連れていたこと、この前に悪魔騒ぎがあったこと、そして魔法都市ラクスならともかく王都ガルディアでは『ウェイン・ロイス』の顔を知っている人間は確率的に少ないのでは……くらいの理由で気を配っていた。別に警戒でも何でもないレベル。
だがその男達は止まったまま動かない。
イチャつきながら店先を見るカップルは目立たないだろうが、大通りの、道のその場に止まってる男の二人組は目立つはずだ。
やはり尾行ではないだろうが。
彼らが止まったままなので、ウェインはやむなく、彼らの方を向いた。
「どうしましたか?」
その言葉に、エルも、二人組の男も一瞬驚いたようだ。
ウェインはもう一度声をかけた。
「……どちら様です?」
その二人組の男は、慌てて背中を伸ばした。若い方の男は、一歩下がる。
もう片方の男がウェインに言った。
「はいウェイン様! 私の名前はジョーと言いますが……そこらへんはあまり関係なく。私たちは『ドミニオン』の人間です」
「『ドミニオン』ですか……」
ラクスで知り合ったマフィアの団体名だった。エルはその名称を聞いて、少し怯えている。
だが彼らはウェインに敵対しているわけではない。魔法学院を敵に回すわけにはいかないからだ。そして今はフランソワーズ家が後ろに付いている。
良いんだか悪いんだかはともかく。話がスムーズに行ったり、身の安全で守りやすくなるのは有り難いことだった。
ウェインは言う。
「『ドミニオン』が、どのような用事でしょう?」
「はい。ウェイン様。例の悪魔騒ぎもありましたし。ウェイン様はフランソワーズ家とも繋がりができるようになりました。『ドミニオン』も是非ウェイン様に協力をしたく」
ウェインは軽く肯く。
「ありがとうございます。でも必要ありませんよ」
「いえいえ。私たちがいれば、各方面に強いパイプはできますから」
「私は『スレッジ・トーニアス』さんから名刺を貰いました。それより『強い』名刺を頂けるので?」
男はビクッとなった。
「スレッジさんの!? いや、そんな……」
「あれ? 情報、行ってませんか? 至急扱いではないにせよ、ガルディア・ラクス間ならば世界最大の通信網です」
「いえ、その」
戸惑う男達を見ても、それでもエルは不安そうだ。ウェインはジョーに言った。
「んー。スレッジさんのより『弱い』名刺を貰っても、使い道はなさそうですし」
「いえ、そんなことはありません! 絶対に役に立ちます!」
「何故です?」
「それはちょっと、ここでは」
「ふーん……」
どうにも奇妙な人たちである。ウェインは少し探ってみた。
「ジョーさんたちは、貴方たちの方から、こちらに近づいてきた。どうして私を見つけることができたんですか? この広い街の中で」
ジョーは肯く。
「情報は入ってきています。もちろん、尾行してました。仲間と連携して」
「どこから尾行してましたか?」
「アリス隊の基地からです」
「ずっとですか?」
「ずっとです」
ウェインは軽く肯いてから、エルが胸に抱えていた紙袋を指差した。そしてジョーに言う。
「ずっと尾行していたのなら。彼女が買ったモノが何か、わかりますよね? ざっくりでいいので、言っていただきたい」
ジョーは無言になった。
一方でエルは、はしゃぐように目を輝かせている。
「凄い、凄いわウェイン! このために、コレを買っておいたのね!? 凄い! かっこいいかも!」
「……」
「ウェイン?」
「ごめん、偶然。それはただの趣味」
「えー……」
ウェインはジョーに言う。
「そもそも『ドミニオン』なら、普通の窓口を通ればいいんです。アリス隊の基地を、誰か偉い人が訪問すればいい。基地の中に入れてくれなかったら私を外に呼び出すだけでいいはずです。それを尾行だの、なんだの。貴方がた本当に『ドミニオン』ですか?」
「……」
そう。そもそもドミニオンの幹部スレッジは、普通に入場許可を取って魔法学院に入ってきた。別に、現在進行形で犯罪をしていなければそれが普通だし、過去の犯罪だかの調べは警察やら役人の管轄だからだ。
ウェインは軽く頭を下げる。
「すいません。マフィアは間に合ってますので」
するとジョーは泣きすがるように言う。彼の後ろにいた男も、頭を下げている。
「ウェイン様! 違います、違うんです!」
「『ドミニオン』に敵対してるマフィアも多いみたいですけど。ジョーさんは、そういう人?」
「違いますって!」
「じゃあ何です?」
「私たちは確かに『ドミニオン』なのですが。その……『新型のドミニオン』とでも言いましょうか」
大通りは、ごく普通に人が歩いている。客観的に見て、まだウェインたちとジョーたちは適当に雑談しているような雰囲気ではあるので。
ウェインは少し考えて、言った。
「じゃあ『ドミニオン』の主流派じゃない……的な?」
「はい! そんなとこです!」
「尾行とかはどうして?」
「アリス隊の基地付近に主流派がいるかもしれない……と、私たちは警戒してました。私たちは主流派じゃないので、組織内のいざこざは起こしたくなくてですね……」
「ほう」
「なので私たちは街を流していました。誰かが当たればいいと言う感じで。私たち以外にも何組か歩いています。その中の『当たり』を引いたのが、どうやら我々のようでして」
「では尾行の真似をしたのは?」
「真似?」
「私に気づかれなくても後をつける技術くらい、マフィアなら持ってるでしょう?」
「いえ、別にマフィアの全員がそれができるということはなく。我々はあまり経験がないです。本業は事務所内の作業補助なので……」
「んー。もし、ジョーさんたちが私と出会うことが出来なかったら?」
「何とかして、誰かに、アリス隊の基地に行って貰おうかと」
……杜撰すぎる。これでは『主流』になれないのも当然かと思った。あるいは、どこかに嘘が紛れているか。しかしウェインがやることに変わりはない。それは『丁重にお引き取り願う』ことだ。
「すいませんジョーさん。やっぱり、マフィアは間に合ってますから」
「そんなこと言わずに! 粗品を進呈しますから! いえ粗品ではなく、豪華粗品です!」
ディアが喜びそうなワードである。ウェインは面倒になったが、続けた。
「粗品はともかく。ジョーさん。私たちと出会ったら、何かをする予定だったんですよね? それはどんな目的なんです?」
「いえ、その……。名刺を渡すことです。詳しく言えば、名刺を渡す約束を取り付ける……くらいな」
「……」
「ウェイン様?」
「ひょっとしてジョーさんたちって『主流派じゃない』どころか、かなり小さな派閥?」
「いえ、決してそのような……」
「まあどんな組織でも一枚岩ではないでしょう。でも、だからこそ。貴方たちの派閥ではあまり私たちにメリットは……」
ジョーは必死に言う。
「ウェイン様。私たち『ドミニオン』は、基本的に麻薬は売りません」
「そのようで」
「直接に売ったり買ったりはしませんが、色々と他のマフィアと交流もあり……そして私たち『新型のドミニオン』は、ある程度の情報が入ってくるんです」
「麻薬ならいりませんよ。混ぜ物のない、純度の高い、魔法学院のモノを持っているんで。もちろん許可を取って」
「いえ、そう言うわけではなく……エアタズムの『ジョルジュ・クイエ』に関することで、少しお力になれるかもしれません」
ちょっと意外な名前が出た。レーンやディア、そしてエアタズムの軍人まで動員して、追っていた人間だ。
だが。
「『ドミニオン』の中の小さな派閥の情報収集能力では……あまりアテに出来ないような気がします。こちらには腕利きの偵察兵もいますし、王族・貴族からの情報提供も受けられるようになった。とりあえず、今日のところはお帰り下さい。マフィアは間に合ってますので」
するとジョーは頭をペコペコさせた。
「デカい情報があったら、ウェイン様にご報告します! それは『主流派のドミニオン』が報告するかもしれませんが……その時は、私たちも組織内で優遇されているはずですから!」
「分かりました。期待しておきます。では今日はこのへんでお引き取りを」
それでもジョーは、頑張ってくる。
「『アントワーヌ刑務所』。実は私たちは、あそこの内部の構造のことも知っています。だから何とか私たちともパイプを……」
「いえジョーさん。公開されてる刑務所の図面もありますし。公的機関からある程度は情報提供も貰えそうですし」
この人達のことは全く興味がない……どころか、もし安易に接点を持ってしまったら厄介になるかもしれない人種だ。
だがその次。ジョーは、ウェインが興味を示すことを言った。
「アントワーヌ刑務所。あそこの内部の配置とか。ざっくり分かるかもしれませんので!」
ウェインは呟くように、言った。
「刑務所内部の……配置?」
「はい。この前、ウチの人間が刑務所から釈放されましたから。配置とか、人員とか、備品とか……。あ、そう言えば」
そしてジョーは、さらに大事なことを呟くように言った。
「その釈放されたウチの人間ですが……彼はもしかして、その『ジョルジュ・クイエ』と会ってたり、スレ違ったりしたかもしれない……」
とんだ爆弾発言だ、とウェインは思った。
いや、こちらが最も食いつきそうな情報を、よくわからず、手に余しているみたいだが。
しかしそれはとても興味があった。
今までとは違ったアプローチだ。
『ジョルジュ・クイエ』は刑務所に入り、そして出てきて、その直後にレーンに殺されたと言うのは事実のはずだ。
だが刑務所には自分の意思で入ったのか、何をするためか、何をしたのか……ここらあたりは正直わかっていない。
レーンやディアが調べればある程度は分かるだろうが……何よりレーンはケイン・フォーレンと言う人に会うために、もう恐らく王都を離れている。ディアとて、数日後には出発だ。王都ガルディアで何かを調べるには時間がなさすぎる。
しかもディアは、そこらへんのことを『もう終わったこと。後は道義的に手伝うだけ』と公言していた。
なので、どこまで付き合うかは分からないが、手伝うならば糸口になるかもしれない。
それならばこの『主流派じゃないドミニオン』にツテを作りたかったが……やはり得策ではない。どうしても何かあったら、『スレッジ・トーニアス』の名刺を持ってドミニオンの受付に行けば良い。
ウェインはジョーに言った。
「刑務所内部とか、面白そうな話です」
「でしょ? でしょ?」
「でも、いりません。お引き取りを」
「そんな、ウェイン様!」
「どうしても名刺を私に渡したいなら、アリス隊の基地に、郵便で郵送でもしてください。気が向けば受け取るかもしれません。それでは」
ウェインはエルの手を引いて、大通りを普通に歩き続けることにした。
これぐらいでいいだろう、とは思った。
『主流派じゃないドミニオン』の方から恩を売りたがっているのだ。何かあったらこちらから接触すれば喜んで話をしてくれるはずだ。
まさか、本当に郵便で名刺が郵送されて来るわけでもなし。
……本当に郵便で、名刺が郵送されてきた。




