詳しすぎる
爽やかな朝。
心地よい風。
そしてこれから太陽は上がってくる。
そう。そんな爽やかさなのだが……アリス隊の基地、グラウンドでは既に訓練が始まっていた。ウォーミングアップなのだろうか、それとも筋力強化のマラソンなのだろうか。グラウンドを、幾つかの部隊に分かれて隊員達が走り込んでいた。
アーマーやシールドを装備しての走り込み。
これは勿論『戦場を想定』のものだろう。
アリス隊は屋内警備が主任務なので、本来ここまでの屋外訓練は必要ないかもしれないが。それでも、ここらへんは水準以上に到達していなければならないだろう。
普通の軍人はこれに加えて、『水分補給できない状態を想定』して、水を飲まない状態で走り込みしている場合も多いようだ。
根性……の理論ではなく。単純に水がないとか、生水しかなく(これを飲めるようにする)煮沸ができない・しにくい場合に備えて、だそうだ。
「じゃ、ウェイン。行こう?」
可憐な声。
ウェインが恋する、エリストア・クリフォードの声。
他の皆は気を遣って(?)か、ついてこなかった。
アリス隊の基地の外へと出る。長い杖を持った警邏の女性が二人いて、敬礼をしてきた。ウェインも敬礼で返す。
「彼女ら……アリス隊の自前っぽい」
「そうなの?」
「姿勢とか。体捌きも一般の軍人より独特だ。そもそも連携して相手を抜かせない訓練はしているようだし。練習としてはとても良いはず」
基地の敷地内。そこから一歩出たところで。ウェインはエルの顔を見て、言った。
「ごめんエリストア」
「どうしたの?」
「実は……俺は『普通のデート』なるものは、よく知らない」
エルはちょっと驚いている。
「ウェインは色んな人とお付き合いがあったんじゃ? ミュールさんとかも」
「そうだけど。いつも、なんか向こうが適当に『どっか連れて行ってあげる』みたいな感じだったから」
「そう……なのね。何だか頭に浮かぶ気はする」
「うん。それでエル。エルは何か……知らないか?」
エルはさらに驚いている。
「わっ、私が知ってるわけないよ! ラクスに来るまでは片田舎だったし! 男の子で、あまり深い知り合いもいなかったし!」
「そうか……」
ウェインは軽く上を向いた。
「初手から、やらかしてしまった……」
「だっ、大丈夫よ! ほら、どっか散策するのが定番じゃない?」
「そっか。そうだな。……適当にウロつこう」
「『散策』だってば! ここは王都、色々なところを見るだけで、きっと面白いわよ」
大通りに出る。
段々と太陽が上がり、喧噪も強くなってくる。
やはり王都だ。ここにはバカ騒ぎではない、落ち着いた賑わい(?)があった。ウェインはエルと、その道の右側を歩いて行く。
「エル。いいところだな」
「うん」
「まだ子供の声が少ないな。しょうがないか」
例の『悪魔騒ぎ』があった後である。用事のない子供はあまり外に出ないし、初等教育の学校の行き帰りも静かに急ぐだろう。ちょっと悲しい一面だ。
しかし健康的な喧噪である。
ちょこちょこと、エルがウェインの袖をクイクイした。ウェインはエルのその手を、軽く握る。二人で見つめ合って、軽く笑った。
エルは言う。
「ウェインは、どういうとこに行きたいとか、ないの?」
「んー。俺は図書館に籠もってれば幸せだからなぁ……」
「ふふっ、そうね」
「俺の残りの人生を全て注ぎ込んでも、あそこにある知識の全ては得られない。そもそも魔法学院の図書室にはない書物も、知識も、文化も、言語も、たくさんある。俺はできるだけ……そういうのが欲しい。だから……レーン達についてきた」
「そっか。でも言語や文化は、ユニバーサル言語ではどうにかならないかな?」
「無理。その文化は、その言語やその生活様式から出来ている。逆にユニバーサル言語に頼って理解しているような気がしてしまうと、それは多分違うと思う」
そんなことを普通の感覚で言ってから、ウェインは慌ててエルを見た。
「ち、違うぞエル! 俺だって、もう少し、女性と良い雰囲気をだな……!」
しかしエルは軽く首を振る。
「いいわ。こういう……『散策』とかも。『何』をするかよりも……『誰』とやるかのほうが、多分、大事で楽しいんだと思う」
「うん。そうだな」
「『特定条件下の事象よりも、恐らく価値を認めうるのは、自分とその他者の関係性である。その課程こそに』 」
「おぉ! なんか、それっぽい!」
二人で顔を見合わせて、少しクスクス笑う。
そんな時、ふとアクセサリーの類いが売られているところを見た。
「エル。エルはなんか、おしゃれアイテムとか……? 女の子は好きそうだけど」
「私は、あまり……」
「有事の時に換金できるんで、デザインで選ばなくてもいいらしい」
「うん……」
どうしてもウェインの発想では、あまり色気のある話題にはならないようだ。
「じゃあイヤリングとか」
「落としちゃいそう」
「ピアスとか」
「あっ、それ怖い。穴開けるの怖い」
「そっか。でも、安上がりで良いかも」
エルは目をぱちぱちさせる。
「ウェインはどうなの?」
「ん?」
「私……もっと綺麗になれるかな? おカネあまり掛からないなら……」
しかしウェインは、エルが垢抜けていないことを知っている。顔は神秘的で可憐なのに、外側は、ぶっちゃけ野暮ったい部類だ。
しかしウェインも多くの人に『ダサい』と思われているので、同じようなことかもしれない。……これはアヤナにもハッキリ言われたのだが『ウェインって同じ制服なのに、なんかダサい』とのことだったし。
エルは少し恥ずかしそうに言う。
「その……じゃあ下着とか? 勝負下着で赤いのが良いとかディアが……」
ウェインは慌てて否定する。
「だめ、だめだめだめ!」
「?」
「エルは原色なんて着けちゃダメ!」
「!?」
「今まで通り、白い綿のパンティがいい!」
「ちょっ!」
「他は、パステル系だぞ! できればボーダーの……」
「えー……」
「パンティの横のとこが、こう……紐でリボンになっていて!」
「……それリボンほどいたら、取れちゃわない?」
「SEXY系のでなければ、飾りの紐だから大丈夫!」
「……」
「これはサイドリボンパンティという種類であってー! 今は水着でタイサイドビキニとして一般的なものだけどー! 今後は下着業界に新しい旋風がー!」
(なんでウェインって、そんなに詳しいんだろう……)とエルは思っていた。
「じゃあエル。せっかくだから下着を買いに行こう!」
「ええ!? そ、そんなの、聞いたことないよ!」
「そう? 俺は色んな女の子に、割と連れて行かれたけれど」
「そ、そうなのね……」
「近くまでは」
「(大丈夫かなぁ)」
多少、気後れしているエルを連れて。ウェインは下着ショップへと到着した。流石はレオン王国で一番の発展具合だ。周囲はブティックだのアパレルショップが多い……女性の服を扱っているのが多い。そこの近くに、割と大きい下着ショップが並んでいた。……ほぼ女性モノ。
明らかに男性客が少なくなってきたが……道ばたに、手持ち無沙汰で立っている男性層もちらほらいた。カップルやパートナー待ちの人間であろうか。
だがウェインはエルの手を引くように、大きめのアパレルショップに入った。
「いらっしゃいませ。そちら、お嬢さんのほうですか?」
明るく、綺麗な女の店員さんだ。ウェインは軽く肯いた。
「はい、お願いします」
「カップルさんですか?」
「です。彼女に見繕ってあげてください」
「かしこまりました」
「サイドリボンパンティの系列を」
「!?」
「SEXY系は避けて、原色も避けて。パステル系の、できれば白とのボーダー色で」
「は、はい……」
店内に男が入るのは禁止されてはいないし、あるいは異性と一緒に選ぶ文化の国もある。だがレオン王国では、それはあまり主流の考えではない。
その証拠に、店内に男はいなかった。
エルはその店内の奥に連行されていく。
一方、その明るい女店員さんは軽くウェインに手を広げる。
「流石にフィッティングルーム付近に近づかないで頂きたいですが……。彼氏さん、どうなされます? お席もそちらにありますが」
店員さんは『対・男』の訓練もされているのであろうか。全く慌てていない。ウェインも軽く肯いた。壁際に椅子が置いてあったので、座る。
店員さんは軽い笑顔のままで言った。言ってしまった。それはジョークのようなものだったのだが。
「彼氏さん、見学していきます?」
ウェインはその店員さんを見上げた。
「許可されるものですか?」
「え、ええ……」
「では拝見します。勝手にウロついてよろしいので?」
「ど、どうぞ」
店員さんは意表を突かれたようだ。しかし、女の下着ショップに男が入ってはいけない……と言うルールもないし(マナーなだけ)。何より店員さんが先に見学を薦めた。一応、正当性はウェインにあった。
そこでウェインは、昨夜のことを思い出す。
『アリス隊の、若い女性だけの湯船の味を調べておけば良かった……!』
ウェインは軽く肯いて、店員さんに色々聞いてみる。
「店員さん」
「は、はい?」
「女性モノの、最近の下着の主流を教えてくださいませんか?」
「そ、それならば」
「それと、わかる範囲でいいんですが……。デザイン、機能性、耐久性。コスト及びメーカーや製造方法、製造のバラつき。生地の配分、通気性。ピンキリのグレードの実用性の違い。布とかを買って自作するよりの、メリットとデメリット。各機関に卸ししているもの。後は……魔法関係の品物はあるのか。それはどんな魔力での使われ方なのか。入手難易度や値段……」
女店員さんが、なだめるように言う。
「す、すいません。私では、あまり。後で資料をお渡し致しますので。……あの、もしかしてお客様は」
「何です?」
「下着関係のお仕事を?」
「いえ、ただの知的好奇心です」
「は、はい……」
「あと……サイドリボンパンティのシェアは?」
「えと、その……」
「そうだ! 平均的なものを二つ三つ、見繕ってください!」
「えっ……。何を……」
「匂いと味を確かめておかなくちゃ!」
少し店内がザワついた。いや、かなりザワついた。ほとんどのお客さんやスタッフがウェインの方をチラチラ見てて……流石にウェインもその異常事態に気づいて、スルーしなかった。
ウェインは目の前の店員さんに、軽く言う。
「ともあれ。俺の連れの女の子に、幾つか見繕ってくれ。ウチの会社の社運がかかっているんだ!」
「はい……社運? お客様、どこかの会社の……」
「うむ。名前はセザール社と言う。父上が早くに亡くなったので、会社を継いで間もないのだ。少し先走ってしまったようだ」
「あ、あははは。そうですよね。何だか私、お客様が少し珍しい方かと」
「大丈夫だ。そして俺の彼女には、我が社でモデルもやらせる予定だ……彼女の名前は『アイカ・ラルハイ』と言う。全ての女性が豊満なスタイルではないので、逆にこう……控えめな女性達のところに進出する! あまり原色を使わない方向性だ! ギャップ萌えを狙い、サイドリボンパンティの市場も開拓したい!」
「納得です!」
「ちなみに、女性は『ショーツ』と呼ぶかもしれんが、男性の多くは『パンティ』と呼称することが多い。これは留意しておくように」
「かしこまりました!」
「よし! 君たちもアパレル業界の者なら、我が社を応援してほしい! それでは、私は外で待っている!」
ウェインは店内に背中を向ける。ここで小走りになると目立つので、堂々と、颯爽と去って行く。
「ありがとうございましたー!」
明るい女性店員の声が背中にかけられる。
テキトーに偽名を使ってしまったが。まあ例のアイカの名前とかなら、どうでもいいだろう、とは思ったし。
……。
ちなみにエルがフィッティングルームから出てこれなかったのは、ちょうど着替えをしているタイミングだったから。




