祈ること-2
ウェインが宛がわれた、アリス隊の客室。
ディアが出て行ってから……少し経ち。入れ替わるようにドアがノックされた。
「はい」
ベッドに寝転がって『調律』をしていたウェインは、起きて立ち上がりドアのところにいく。
ドアを開けると……ウェインと同じように寝間着を着たエルがいた。
「ん。エリストア。どした?」
「ウェイン。ちょっと、ね」
お風呂上がりのエルは、普段より色っぽく見えた。
ただ逆に、普段より……何と言うか、真面目な感じではある。
エルはドアを閉めて。ゆっくりとウェインの方に足を進めると。
軽く両手を開いて、言った。
「『抱っこ』」
「はい?」
「『抱っこ』」
言われるままウェインも少し踏み出し。立ったまま、エルを軽く抱きしめた。エルの香りはとても心地よい。
彼女の頭をそっと抱いて、髪の毛を流す。
でも何か……普段とは『違う』気がした。
ウェインがそう思っていたからだろうか。
抱擁を解いたエルは、そのまま、ウェインに取って衝撃的な言葉を言った。
「ウェイン。私……もう少し胸が大きくなりたいかなー、って」
ウェインは仰天した。
「え、エリストア……!」
「ん?」
「もう少し……もう少しカラダを大切にしなさい……!」
「ちょっ! そんな、それほどなの!?」
エルは、わたわたしている。
ウェインは悲しくなって、言った。
「エリストアは俺の好みを分かってくれていると思った……」
「いえ、その! わかってるわ! わかってるけど!」
ウェインは一旦言葉を切って、続ける。
「でもなんでさ、急に」
エルは少し照れている感じだ。
「ウェインの好みは小さな胸、って知ってるけど……。やっぱり『女』とか、そういうののイメージは胸な気がするから」
「そう……かな?」
「大きい小さいはともかく、おっぱいが出るのって『女』だし『母』だし。だからかなー、って」
ウェインは片手を激しく振る。
「ほら、ほら! レーンがおっぱいの進化論否定で言ってただろ? 胸が大きい女性も小さい女性も、駆逐されていないんだ。つまり種族のゆっくりした進化ならば大小は許容範囲……なのだと思う。大きいのと小さいの、どっちが美しいとかは地域や時代、文化で色々あるらしく……!」
必死である。
エルも少し慌てたけれども。それでも穏やかに言った。
「ねえウェイン」
「ん?」
「私の、小さな子供の頃。レグトリア孤児院にいた頃の夢……何だと思う?」
「さあ……?」
「『お嫁さん』」
「おぉ」
「できれば恋をして、それで結ばれる……って言うのが、夢だった。それはもう叶うかもしれない」
「うん」
「もし私が『エリストア・レオナール』だったら。ウェインとは会えなかったはずだし、そこは結構ステキだなって思ってる」
「そっか」
「それで、もう一つの夢」
「もう一つ?」
「うん。子供を産んで、楽しい家庭を作って……『お母さん』になるの」
ウェインは少しの間、エルの瞳を見ていた。彼女は特に変わらない瞳のままで、ウェインに聞いてくる。
「ほらウェイン」
「ん?」
「ウェインって、『お母さん』の話題で嬉しそうにならない」
ウェインは軽く手を振った。
「そりゃそうでしょ。成人した男が、『お母さん、お母さん』と懐くのは少ないんじゃないかな?」
「アスリー先生のことは嬉しそうに喋るのに?」
「いやほら……師匠は一応、恩人だし。血の繋がりのないあの人だからこそ感謝するってこともあるし……」
「そっか」
エルは少し、ウェインから離れた。
「ここの部屋って、いい感じね」
「そうだな。あのアリス隊の客室だし」
「トイレとかどうしたの?」
「外の門の近くにあるので、そこ行った。……俺が権力者ならこの区域は貸し切りにできそうだけども」
「お風呂は?」
「アリス隊の人に外で見張って貰って、素早く出入りしたよ」
「……アリス隊の人たちが入った湯船の、味とか匂いは調べないの?」
クスクス笑うエルだ。ウェインは少し考え……
「調べれば良かったあぁぁ!」
と割と真顔になった。エルの方が、わたわたしている。
「ごっ、ごめんなさいウェイン! 今のは冗談で……!」
「違うぞエリストア! 女性用の銭湯ったって、普通は若いのから年寄りまでいる! だから『アリス隊』と言う、これだけの『採取』『観察』できる経験は、他にないだろう! いや全世界、ほぼ全ての時代でそうかも!? 似てるのは多分、警察の警察学校とか、軍人の教練時代のお風呂とかそのくらいだったかも! ああ、せめて味くらい……!」
エルはぶんぶん首を振った。
「ごめん、ウェイン! それは、あまり外で言わないで……!」
「……」
「……」
「そうなのか、エリストア?」
「当たり前よ!」
「でも、色々なアイデアなりモノが生まれる瞬間って、こういうインスピレーションが大事で」
「そう……なの?」
「そうだ。例えばアンダーグラウンドソナーを使えば……相手の足音、そして歩幅が割り出せる。それで体格も割り出せる。俺もそれらは出来たし、大それたアイデアではない。……でも、どこぞのヘンな人は。地面の『圧』まで感知して、ある程度の体重までも計測できるようだ。確かにこんなん、このままでも他に実用性はないが。でもそこから何か『派生』するかもしれない」
「そう……なのかなぁ?」
ウェインは真面目に続ける(念のため言うと、ウェインはここ最近の『匂い』関係では、割と真面目である)。
「前、エリストアには少し言ったと思うが。匂いって、すぐ『慣れる』んだよ。ほんと、割とすぐに慣れちゃって、もうセンサーとしては役立たなくなるくらい。センサー的にはそうでないと困ったのだろうけど……例外があった。エリストアの『匂い』は、慣れにくい。一緒のベッドで寝て、一緒のベッドで起きた時ですら、エリストアの『匂い』を感じ取れたほどだ。……俺はそこまで鼻が良いわけでもないのに、こうだった。『センサー』としての『匂い』は他に何かあるだろうし、独特の……人間特有の何かがあるかもしれない」
割と真面目に熱弁し、割と真面目に聞いていたエリストアだったが……それでも、ウェインに恐る恐る言う。
「う、うん。私も魔法使いだから、言いたいことも理解もできるけど。普通の人からすれば、そうじゃない人もいるから気をつけてね……って」
ウェインは肯いた。
「分かった、大丈夫だよエリストア」
エルはぼんやり……とした感じで言う。
「私。お父さんお母さんのことは分からない。でもウェインがあまり実家を好きじゃないってのはわかるわ」
「なんでさ」
「話してて嬉しそうじゃない……ってのもあるけど。ガルディアから歩いて三日程度なのにほとんど里帰りしていない、って言うから」
「まあ……」
「家庭の問題で入り込まない方が良いのだろうけど……何かされたの?」
「いや。特に。むしろ食事と服と寝床と教育を与えてくれた。感謝している」
「……。『愛』は?」
「分からないけど。それなりには」
「そこらへん、大事なものではないの?」
「いやウチ兄弟いるし。そんなたくさんの子供に愛情かけられる親なんて、いないだろう」
「そう……なの?」
「そうだよ」
エルは、それでも、少し悲しそうな顔をして。
それから、言った。
「ウェイン。子供の頃の貴方に……何か足りないものがあったの?」
そう言われても……と思ったが。
ウェインは、さらにそこから少し考え、言った。
「多分、『祈り』は少し足りてなかった」




