ブルセラ
アリス隊の宿舎の中。
そこの食堂は、相変わらず美味しかった。
もちろん店売りの食事も、注文して各部屋に届けてくれるだろうけども。恐らくそれは必要なかった。
ディアだけが、やたらソワソワしていると思ったら……ここにはビールや酒類が提供されていないためだ。
例え勤務時間外であっても非常時に備えるとか、規律のためなのだろう。警察や消防・救急なども同じかもしれない。
アリス隊の宿舎の食堂で食事を摂らない場合と言うのは……恐らく恋愛関係とか、遊びや息抜きでお酒を飲みたいとかで、外出や外泊の届けを出すのだろう。何となく聞いた話では、それは割と簡単に許可されるとのことだった。
女性のエリート・花形部隊に取って、絶対に劣悪な労働環境にしてはならない……そんなこともどこかで聞いた気がする。
食卓。ビールが出ないとは言えディアは嬉しそうだ(彼女は、いつも嬉しそうであるが)。
「くっはぁ……! レーンがいないと炭水化物摂るのに抵抗ないわぁ」
美味しそうにカツ丼を食べている。
前もどこかで美味しそうに食べてた気がするので、彼女の好物なのだろうか。
ここの大抵の隊員は『定食』を食べている。食事に明るくないウェインが見ただけでも、栄養バランスは取れていると思った。しかし、そこそこボリュームがあるためエルとアヤナ、モニカ、ファルは頼んでいなかった。
このカロリーはもちろん『軍人向け』である。
確か普通のアスリートでも一般人の二倍のカロリーが必要だったはず。プロスポーツのトップ層など10倍近く摂る人もいると聞いたことがある。
アリス隊は任務上、長距離行軍は少ないはずなのでそこまでカロリーを必要としないかもしれないが。
しかしディアとてウェインと同じ程度の身長だが、確かウェインより体重は重かったはず。
いわく『旅に出る前は、食べて体重をつける』とのこと。
行軍や、長い間の食事の不足などを考慮しているらしい。レーンもそうだった。ここらへん筋肉をつけるのとは別口で、脂肪をつけている模様。
これはウェインには理解できない感覚だったし、今はそもそもエルやモニカの足に合わせてゆっくりした行軍なのでその必要もなかったが。
そんな『食べることが仕事の一部』であるディアやタニアは普通に食事している……二人とも追加で少し貰ってきたほどである。
が、一方でウェインはそこまで食欲はない。当然だ。今日は色々なことがあったし、動きもした。食欲など湧くはずはない。
だが『これも訓練』と思い、頑張って食べる。筋肉と体重をつけるために頑張って食べた経験は何度かあった。
しかし……。
「なあタニア。このエネルギーバー、要らないか?」
「ん? いいの? それ確かに美味しくはないけどタンパク質が豊富だ。もしレーンだったら喜んで食べるはず」
「にゃんこにペットフードあげるわけじゃないんだから」
食事中、色々話しをした。
が、敢えて『反省会』はしなかった。
皆、肉体的にはともかく精神的には疲れ果てていて、こんな時の振り返りなど大した意味がないと思ったからだ。
この『疲弊』は、少し響くだろう。当初は明後日にでも出発しようかと思っていたが、回復にリフレッシュ期間が必要だと感じた。
急ぎでもないし、強行軍でもない。だから出発は少し先……二日か三日程度の先延ばしにすることにした。
フェイの王陛下への謁見やら全員の旅支度なども、それくらいあれば問題ないはず。
ウェインはフェイに聞いてみようとして……その前に彼女を見る。
彼女の職業『騎士』はアヤナとは少し違って、専任であり、かなり肉体労働寄りに思えた。食事もウェインよりは簡単に片付けている。
そもそも彼女は魔法は大したことがないようだし、事務仕事をしているわけでもなさそうだ。となると戦闘訓練……つまり肉体労働である。絶対にウェインよりも訓練の強度は高いはず。そして身長や体格からしてディアと同程度に思えたが、フェイは戦いの専門家である。恐らくディア以上に鍛えられているであろう。
そこまで思ってから、ようやく、フェイに聞いてみた。
「フェイさん」
「ん? ウェイン先輩、さん付け、なしです」
「ごめんフェイ。王陛下との謁見や旅支度にどれくらいかかりそうだ?」
「王陛下への謁見は近いでしょうし。旅支度も、標準的なものなら一日あれば。変則的なのでも、ここは王都ガルディア。二日もあれば調達できるはずよ。先輩、そう言えば何か特別なものは必要?」
「いや、標準的なものでいいよ」
騎士がどれほど『旅』をするかは知らないが、一応は、そこそこレベルかそれ以上はあるだろう。
今度の目標はウェインの里帰りだ。しかもガルディアに近く、街道を旅し、東のニール王国とは逆に、西へ三日程度。『旅』と言うレベルでもないだろう。これくらいの距離の行軍は、もしも商人ならば通常業務のはずだ。
なのでウェインはフェイに対しては心配してなかったが。
問題は……
「ファル。お前ガルディア以外に、どこでどうしてた?」
「うぇいに。あーし修学旅行でラクス行ったし」
「個人では?」
「サーセン、引きこもり」
てんでダメっぽい。
しかし、そもそも安全な街道を行くのだし。行き先が同じなだけであって、ファルと一緒に王都まで戻ると決まってるわけでもないけれど。
それでも、ウェインは言った。
「ファル。ガルディア周辺だから補給もほとんど心配ないだろうけど。でも食事を少しと寝具少し、水はまあまあ持って行くんだぞ」
ファルはきょとんとしている。
「うぇいに。そんなの途中で買えばいいんじゃね?」
「買えないかもしれないだろ。習慣づけとけ」
「なんで買えないん?」
「売ってくれないかもしれん。モノとしての商品がないかもしれん。そもそも人と会えないかもしれん」
「ふーん」
『水』。レオン王国、そしてその近隣では、水は容易く手に入る。湧き水だったり川だったりがあるからだ。
毎日入浴することだって、別に貴族の特権ではなく一般市民も簡単にできて、実際にやっている。
だがウェインは以前、アスリー師匠について行って旅をした時の経験で身に染みていた。そもそも水が手に入らない地域や場所がある。カネを持ってても買えない(非常に高価なご当地価格だったり、水そのものがなかったり)、なんて経験が少しあった。
水が足りない夜。
砂と岩に囲まれた宿屋の一室で。
夜空を眺めたことがあった。
星は輝いて綺麗だったくせに、地上は砂だらけ岩だらけで、綺麗じゃない……そんなことを思ったことがあった。
こんな時、もし祈るのならば。
レオン王国に住まう多神教の神々……例えば『無病息災』の神とかではない……と思った。何故ならあの神様達は、人(?)が良くて安請け合いするが、多分、凄いパワーはないのでは……と思えたからだ。なんとなくではあるが。
結局その当時は、どうやってかアスリー師匠がちょこちょこ水を調達してきてくれて、そこまで乾いたことはなかったけれども。
『春は売ってない』と自慢げだった師匠だが、一体どうやって貴重な水を手に入れたのだろうか。今の自分ならどうとでも調達できようが、当時のウェインにはどう考えても無理なことであり、それはそれは『大人』の師匠に憧れたモノだ。
人間、多少なら食べなくても生きていける。ウェインとて『プチ断食』で10日ほど食べない経験をした。別にどうでもなかった。これが一ヶ月とかなら、流石に命に関わるだろうけども。
しかし水は絶対に必要だ。毎日必要だ。少量を舐めるようにして頑張っても、三日程度で命の危険があるのではなかろうか。
そんなことを思ってると、ディアがぴょこぴょこした。
「ウェイン、ウェイン。私、大雑把にならファルに旅の基本を教えてあげられるよ?」
「あ、それは有り難い。ディア頼む。そこまで込み入ったものでなくていいから」
フェイがちょこんと手を上げる。
「私も今度、先輩たちの教えを聞きたいな」
「ん? フェイも旅慣れていないのか?」
「そう。普通……ってレベルはあるけど。そこまで高い水準ではないの」
「騎士はともかく、軍隊のアリス隊でも?」
「小さな単位での行軍は少ないし、輸送部隊は別口になるし。そもそもアリス隊は任務上、他と随伴する場合がほとんど。だからそこまで旅慣れたものでもないわ」
「へぇ……」
食事後に簡単な打ち合わせをして、そこで今日は解散・早めに就寝、とした。
どうしたってリフレッシュは必要だった。
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お風呂に入って、寝間着に着替えて。
アリス隊の基地の一部屋。客室を宛がわれたウェインだ。
久々に、一人きり。
ここ最近は人数や性別、戦力の都合で、必ずレーンと組んでいたからだ。
と言ってもレーンがいる時と、やることは変わらない。
ウェインはベッドの上で目を閉じて寝ながら、趣味であり日課である『魔力の調律』を行っていた。体内を流れる魔力。その流れを整える。
これがある程度できないとお話にならない技術だが、それ以上あっても、必要ないと言われる技術。
だがウェインはこれを毎日欠かさずやっていた。技術的に必要はなくとも、このイメージの中で魔法にオリジナリティを出すきっかけが作れる。そして落ち着くし、何より楽しい。
昔から毎日毎日、狂ったようにやってたように思う。
わざと魔力の流れを乱してから、再び整え直す。そんなことをやっていた。そして『白魔法系』の色々なやりかたも試していき……
と、ドアがノックされた。
「はい、ちょっと待ってください」
ベッドから下りて、部屋の扉まで行く。
ドアを開けると……アリス隊の人間がいた。
エミア少尉は、ともかくとして。
ルー中尉と、マリー少尉。
ウェインが最初にファントムとやりあって、瀕死の重傷になった時に。モニカの住んでいたカドニ村にウェインを回収しに来てくれた人たちだ。
その後は彼女ら三人がラクスに来て、『瞬活データリンク』で身体を動かすイメージやフォームの技術を共有した。そんな三人だった。
ウェインは軽く頭を下げてから言う。
「ルー中尉、どうなさいました?」
「ウェイン中尉がご所望のモノを持って参りました」
「ご所望のモノ……?」
エミア少尉とマリー少尉が、手にした洋服類を見せてくる。色々と折りたたまれ、たくさんあった。
ルー中尉は言う。
「アリス隊の制服です。使用前と使用後。幾つかランダムに選出しました。室内着、訓練着、戦闘着などです。それとアリス隊は任務上、晩餐会などでの室内警備などもあります。その時はこの最高級のグレードの服を着ることになります。これは貴重なので、今すぐに『使用後』は調達できなかったのですが……『最高グレードの使用後の制服』も必要ですか?」
ウェインは少し考え……
「わかりません。それは、とりあえずは保留で」
「はい。それでこの最高級グレードのは、任務上いつでも持ち出せるよう『使用前』はあります。確かに柔軟剤は入ってますが……柔軟剤なしの制服も必要ですか? こちらも、今すぐには用意できませんでした」
ウェインはまた少し考え……
「これもわかりませんが、やっぱり、また保留で。必要になったら、また伺います」
ルー中尉は肯いてから、言う。
「わかりました。その、あの、ウェインさん。少々伺いますが」
「何です?」
「その制服……本当のところ、何にお使いになられるのです?」
そう言われても……と思って、ウェインは答える。
「匂いを嗅ぎますけれど?」
「はぁ……」
「どうしました、ルー中尉?」
「いえ、その、少々意外なオーダーでしたので」
「そっか。確かにそうですね」
「そもそも何でウェイン中尉が、アリス隊の……いえ、柔軟剤の? その匂いを嗅ぎたいのか不思議でして」
ウェインは軽く手を振った。
「いや、別に柔軟剤に固執してるわけでは」
「そうなのですか?」
「はい」
アリス隊の三人、全員がどうも微妙な顔をしていたが。
ウェインはそういうのは気にしない性格だった。
……後日『いや、気にしろよ』とツッコミが入ったけれども。




