どこぞの風景
「ウェイン先輩、どうしました?」
フェイの嬉しそうな顔。若干……? いやかなり悪戯っぽい瞳。
彼女はウェインより4つ年上の21歳。なのに、こんな感じで言うのもアレかもしれないが、美人とか綺麗と言うよりも、明るく可愛らしい……という感じで整った容姿だ。
しかしよくよく考えればタニアは22歳。フェイとほぼ変わらない。年上とは言えほぼ同年代で、変わらない……やはりそう思えた。
ウェインは少し怯えながら答えた。
「……フェイさん、何ですその『先輩』って呼び方?」
「ウェイン先輩。さん付けなし、呼び捨てですよ」
「ん……。フェイ。なんでフェイはそんな呼び方をするんだ?」
「ディアとモニカちゃんに相談したら『先輩』呼びがいいって……」
「えー。明らかに相談する人間間違えてるでしょ」
見るとモニカは楽しそうだし、ディアに至っては何故か達成感……『なんとか頑張って、うまくできたぜ』みたいな顔である。
「ディア。お前、何を吹き込んだ」
彼女はポニーテールをぴょこぴょこさせる。
「いあぁ……ウェインのハーレムにさ。『呼び方』の多様性が足りないんじゃないかと……前にも言ったじゃん?」
「そう……だった?」
「うん。当時は『先輩』呼びはモニカにやらせようと思ったけど……まあいいんじゃないかと」
「なんで、いいんだよ」
するとディアは肯いた。
「ほら。ウェインって……フェイさんのこと好きっぽいし」
「え」
「アルテナさんのことも好きっぽいし」
「え」
「私のことも好きっぽいし」
「え」
「だから、まあ別にどうでも良いかと」
一方のフェイはニコニコしていて。少し隣のアルテナさんはオロオロして。アヤナは諦めたように手を振っていた。そのアヤナは言う。
「あー、ウェインって社交性ないから。テキトーに優しくしてくれる女性なら誰でも好きみたいね。見てて、いつもそんな感じがする」
「え!? アヤナ、俺は別にそういうわけじゃ……」
そして。次のモニカの声は、誰もが聞こえた。
「ウェインさんって、もしかして……チョロい感じですかね?」
アヤナは軽く重く肯く。
「そうねモニカ。んで、黒髪ロングだとすぐに意識すると思う」
横に居たディアは、クックックと邪悪な笑い方だ。概ね当たっていたので言い返せず。ウェインは恥ずかしかったが、フェイに言う。
「だいたいフェイの方が人生の先輩だろ。なんで俺が先輩なのさ」
「私はチームとしては一番後輩なので」
「まあ……いいか」
ウェインは『先輩呼び』をされたことはなかったので、少し新鮮だったことも事実。
軽く肯いてから言う。
「えっと、フェイ。そっちの出発準備はどれくらいになる? 俺たちは明後日くらいに出ようかと思っていたんだが。少しここに滞在するよ。急ぎでもないし」
「先輩。私は本当にいつでも……だけど。確かに、少し時間が欲しいかな。どのくらいかは明言できないけど数日以内。アヤナについていく報告と、『ボーパルバニー』のこととかを王陛下に報告するの。ただ順番待ちがどれくらいか……明日にでも謁見できるかもだし、逆に数日待たないといけないかは、わからないから」
「なるほど」
そこで、ぽやーんとアヤナが言う。
「割り込ませてもらうわ。一番前を取るとアレだけど、明日の一番最後なら大丈夫だと思うし」
「お、おう」
「今日これから突然、ってんじゃアレかもだけど」
ナチュラルに職権を使うお姫様である。
いやしかし、騎士が任務のため場所を変えたり魔法剣の報告をするのは重要で、アヤナの力がなくてもある程度は順番が早いだろうと思ったが。
フェイは従者のチアリに言う。
「じゃあチアリ。謁見の手続きをお願い。早ければ明日……遅くても明後日には何とかしたいかな」
「わかりました。フェイ様、騎士団へは?」
「そっちは後で私が行くわ」
「はい、それでは」
チアリは心配そうに頭を下げた。
そんな彼女を見ながら、地面に車座になって座っているチームメンバー。立っているのはアリス隊の正式な軍人のみだ。少しお行儀が悪いかもしれないが、つい先程まで真剣な模擬戦をしていたのだ。無理もない。そしてベンチなどの休憩場所に行くと全員の声が通らない。なのでこれが最も合理的だった。
アルテナ大尉が言う。
「ウェイン様。今晩はどうなさります? 外で宿を? アリス隊の宿舎も使えますが」
「大尉。それは俺も平気なのですか?」
「もちろん」
「じゃあ……」
皆を見渡す。特に異論はないようだった。
「では大尉。今日の部屋はそちらでお願いします」
「はい。食事もこちらで?」
「そのつもりです」
アルテナ大尉は少し肯いた。
「ではウェイン様。他にご要望などありますか? ウェイン様のご希望やご要望には、できるだけ応えたいです。個人的にも」
「有り難いです」
ウェインは少し肯いてから……言った。
「では……」
「では?」
「アリス隊の制服の匂いを嗅ぎたいのですが」
ビタッと、時間が止まった。
アルテナ大尉は恐る恐る口を開く。
「あ、あの……ウェイン様」
「何です?」
「それは……何か暗号だとか、スラングとか、そういうモノでしょうか?」
「ん? いえ違います。純粋に私が嗅ぎたいだけで」
やはり、また時間が止まる。
ディアが悶えた。
「だああああ! 何言ってるのよウェイン! せっかく今まで好感度良い感じだったのに!」
「え? 何? どうしたの!?」
「そんな、制服の匂い嗅がせろって、ヤバすぎでしょ!? どこぞの地域で流行ったブルセラ的なそういうやつ!?」
「ぇあ!? ち、違うってディア! アリス隊なら、ほら柔軟剤が!」
「ぉあ!? 柔軟剤……柔軟剤!? 柔軟剤!?」
「うん。女性の戦闘服で、柔軟剤を使ったのと使わないのが比較できそうで。こんな環境は滅多にないと思う!」
「比較してどうすんのさ」
「どんな匂いになるか知りたくて」
「だったら身内で済ませりゃいいでしょ! 何でアウトソーシングするのさ! 新妻のエルとかに嗅がせてもらえば!」
「もう嗅いだ」
「!?」
「でも匂いって個人差とか……いや個人の間でも時間差か何かでなんか違うんだ! マジで! よくわからないけど!」
「公衆の面前でセクハラかますウェインの神経の方が、よくわからないわよ!」
そのディアの言葉に、エルは、普段ならディアだってあんな感じだけどなぁ……と少し思ってしまっていた。
そこでファルからウェインへ蔑みの声。
「うぇいにー、あーし、かなり引くんですけど」
「え!? おい待て! 違うぞファル! 俺はただ、運動直前と直後の匂い、その汗の比較も出来るかと!」
「ガチもんすぎ」
そこでモニカが、軽く手を振って、皆の中央に歩み出た。とても真面目な、力強い表情。
「皆さん。我が師ウェイン・ロイスが突然こんなことを言うので、不審だったかもしれません。ですが……大丈夫です。ご心配なく」
「もっ、モニカ! ありがとうモニカ! これはちょっとした誤解だと説明を……!」
「皆さん。実は、我が師ウェインは……」
そして言う。
「前からこうです」
ウェインは必死に弁解。
「違うってばモニカ! 俺は純粋に知的好奇心と創意工夫で!」
「女の子の匂いを求めてる時点で、既に心が邪です!」
「だって男の服の匂いは、もうあらかた区別がついて……!」
「なおさらダメダメな人じゃないですか!」
皆は、割と引いた感じでウェインを見ている。モニカは続ける。
「ウェインさんは私のパンツの色を『白』だって当てるし!」
「ち、違っ!」
「光の魔法を反射させて透過させて裸見るとか、無駄に技術を使ってまで!」
「違うって!」
「同じ原理で、なんか道行く全員の裸見てニヤニヤしてるとか!」
「違う! そんな使い方ではなく! そもそも見えないし!」
「試したことはあるんじゃないですか!」
「そうじゃない! 違うって、違うってば!」
「さっきの『クラッシャー』の時なんか、敵に私のパンツ見せろとか命令してくるし!」
「あっ! あれはごめん! 悪かった! あれは間違えたの!」
ディアは、確か似たようなことをエルにやらせようとしたなぁ……と引け目があったので、少し俯いていた。
ウェインは必死に弁解して……
「え、冤罪です! 誤解ですよ皆様!」
しかし。特にアヤナとモニカの機嫌がとてもとても悪い。
その場の、重苦しい、そしてばつの悪そうな雰囲気に。
……ウェイン・ロイス。土下座。
周りの全員はわたわたして。
しかし。
まあ。
何とか取り繕って。
少しだけウェインは皆に『構想』みたいなものを話すと、皆、一応は『ふーん』って感じになった。これで『やべーヤツ』認定はなくなった(と思いたい)ところだ。
ある程度の込み入った話を知っているのはエルだけだったし、まだそれはあまり言うなと当のウェインに言われてたし、そもそもエルですら詳しく聞いてはいない。
アヤナは言う。
「でもウェイン。何をしたいのかはよく知らないけど。そういうのは、こっそりやったほうがいいんじゃないの?」
ミュールは軽く手を左右に振る。
「逆にこっそりやってると、言い訳がしにくいかも。サラッとイケメンっぽく、流れの中で言うとか」
「んー。パワープレー過ぎると思うけど……」
アヤナの言葉にエミア少尉も軽く首を振る。
「イケメンがサラッと言っても、流石にちょっと無理な感じですね……」
そんな、少しザワついている女性陣の中で。ディアとタニアはこっそり話していた。
「ねえタニア。レオン王国人って『土下座に弱い』って聞いてたけど。本当なんだねぇ」
「そうだねディア。私たちにはよくわからない感覚だけど」
「土下座するから上に座ってくれ……って言う意思表示なのかな」
「!?」
「いえ、なんか最近そんな人に出会って」
「えー。なんかレオン王国人って怖いよ」
「ま。私も今度試してみよう。手札が一つ増えた感じで嬉しいな」
「ふーん……」
そして半泣きになりかけているウェインに、ディアが言う。
「ってか、真面目な話だけど。なんでウェインが、そんな匂いだかに興味あるのさ。アンタが夢中になるのって……女の子じゃなく、それこそ好奇心とかじゃないの? スカートの中を知りたいとかの好奇心でなく」
ウェインは肯いて答える。
「うん。ディアって香水つけてないだろ?」
「うん」
「髪を洗う時もシャンプーは使っていない」
「とーぜん」
「身体を洗う時も石鹸で洗ってはいない」
「そらそうよ」
この会話の時点で、既についてこれない人間も多かったのだが。そもそもウェインはそういう、自分が他人からどう見られるか……のようなことはあまり説明しない。
これは面倒だから……と言う理由なだけなので、もちろん聞かれればすぐに答えるのだけれども。
但しそんなスタンスでは当然、時々誤解される。当たり前である。
ウェインは続ける。
「でもディアの『そう言うの』ってさ。当然、レーンだって同じはずなんだ」
「そりゃ当然でしょ」
「なのにさ。レーンとディアとで違う」
「……何が?」
「レーンよりもディアは、なんか時々、少し『違う』」
「……何が?」
「いや、わかんないから、アリス隊の制服の匂いを……!」
「それアプローチ間違ってない!? 大丈夫なん!?」
「だってサラッと文献とか魔導書を調べたけど、あまり記述がなくて」
エルは少し肯いていた。白魔法の分野で少し調べたが、そもそも『まず匂いを嗅ぎます』で始まる魔導書なんて思い浮かばなかった経緯はある。
一応、そのエルも頑張ってウェインを弁護する。
「あの、その、ウェインにも色々と……」
だがアルテナ大尉はオロオロしている。
「ま、まあ、そちらにも事情があるかとは思いますし。客室の手配はさせます」
ウェインは肯いた。
「ありがとうございます。あとアリス隊の戦闘服の件、よろしくお願いします」
エルはビックリしている。
「うぇ、ウェイン! 今、押し通すの!? 流石にそんな、ちょっと無茶な……!」
そんなことを話していると、アリス隊の基地の入り口付近から声がかかった。
見ると一人のアリス隊の女性隊員が軽く手を振っている。
「ミュール中尉、ウチ宛てで荷物が届いています。受け取りの確認をお願いします」
そのミュール中尉は不思議そうに首を傾げた。軍の基地は荷物など事務方でのやり取りは多いだろうが、恐らく正面窓口への送付・郵送は少ないからだろう。
そこでエミア少尉が自分の顔を指差す。
「ミュール中尉。私が確認して取りに行きます」
「わかったわエミア少尉。お願い」
エミア少尉が、基地の入り口の方へと歩いて行き……。
少し経ってから、戻ってきた。
両腕に大きな宝箱を抱えている。
「ミュール中尉。宝箱が届きました。中身は『装備品』だそうです」
「ふーん……」
ミュール中尉もアルテナ大尉も、そしてウェイン隊の皆も、ぼんやりした感じでエミア少尉が持っている宝箱を見ていた。
今は少し離れたところにいるアリス隊の各員も、チラッと見ただけで、あまり気にしてはいないようだ。
だが一人。アヤナだけが飛び跳ねるように驚愕していた。
何故かは理由不明。




