呼び方
少し太陽が落ちてきた。
しかし、まだ夕方と言うには早い。
ミュールと一緒に、アリス隊のグラウンドへと足を向ける。
ウェインの隊の多くは地面に車座になって座っていた。当然、まだフェイは疲れているようで余裕はない模様。
モニカが手を振ってきた。
「ウェインさーん」
ウェインも軽く手を振り返す。
その場に立っている者は三人だけ。アヤナと、エミアと、そしてアルテナ大尉。
大尉は訓練の指揮を他に任せ、アヤナと会話をしていた。隣のエミアはクリップボードとペンを持っている。恐らくクリップボードには何枚かの書類があるはずだ。
アヤナが振り向き、彼女も軽く手を振ってくる。
「ウェイン、お帰り」
「ん。アヤナ達は何をしてるんだ?」
アルテナ大尉は軽く敬礼をしてくる。
「アヤナ様のアヤナ隊、『アヤナ・シスターズ』。とりあえず書類の上からでも結成準備をしています。一期生としては、次に入隊する女性兵……まず二等兵から選抜します。後は今現在、他に展開している部隊から希望者を転属させます」
アヤナも肯く。
「プランとしては、次に入隊する人間の中から志願者を募るわ。それを第一期生としてそこと歩調を合わせられるよう、入隊して一年か二年までの二等兵のみで選抜しようと思ってる。後は……ガルディアやラクスでは警察との連携任務も増えそうだから、警察側からも少し人員を預かろうと思う。逆にこっちの人員をそっちに預ける形でね。連携もだけど、交流も必要だと思った。『悪魔騒ぎ』の時もだけどさ」
アルテナ大尉は肯いた。
「それと、アリス隊からも『シスターズ』に数人出す予定です。武術教官役、そして管理側も」
アヤナも肯く。
「発足にアリス隊が噛んでくれるのは有り難いわ。なんだかんだ言って、シスターズなんてポッと出だからね。感謝しますアルテナ大尉」
「アヤナ姫……いえ騎士アヤナに無礼なことは出来ませんし。そもそもアリス隊は王直属で、シスターズはその下部組織。さらにはアヤナ隊の発足も王の勅命。これくらいやらねば、逆に私たちのクビが飛びますよ」
アヤナはクスクス笑う。
「そんな、もともと秘蔵っ子の『アリス・チルドレン』なのに。そもそもウチはチルドレンの『手足』となる部隊。私たちはそんなに重要ではないかと」
だがエミア少尉が呟くように言う。
「しかし『シスターズ』はアリス隊の直下とは言え……1000人規模です。中隊規模の直下部隊なのに、これは異例かと思えます」
「そうねえ、エミア少尉」
「恐らく、何か意図があるはずです。具体的には……アヤナ姫にはある程度の『手駒』を持って頂きたい……とか。今の政治的な緊張からすると、やはりアヤナ様は特別な方ですから」
少し聞いてから……アヤナは黒髪ロングを少し指でくるくるさせた。
「でも、なんだか今さら? って気はするわね。状況を考えれば明日にでもニールとの戦争が起きてもそこまで不思議じゃない。なのに私に、今から結成する部隊……?」
そこで座って休憩していたフェイが立ち上がった。
「あーちゃん。いえ騎士アヤナ姫」
「うー。ふぇーちゃん、その呼び方、くすぐったい……」
「いえいえいえ。かなりマジな話なのよ、あー騎士」
「……」
「私は王陛下からの勅命で、騎士アヤナの助力をしろと言われた。アヤナ『准尉』でも『姫』でも『CEO』でもなく、『騎士アヤナ』の補佐をしろ、と……。これにはきっと、何かしらの意味があると思う」
「……どんな意味かな?」
「わからないけど」
フェイは力がなさそうに首を振る。アヤナはアルテナ大尉たちの顔を見るが、大尉たちも明確な意味を見いだせなかったようだ。
ウェインは言う。
「確かに『アリス隊の手足』なら、1000人規模は多いかもな。詳しい相場はわからないが、半分の500人とかでもよさそうだ。そこに追加される500人ぶんの人件費なんて考えたくもない」
アヤナは人差し指を軽く額に当てる。
「……。『シスターズの意味』かぁ。ちょっとわからないわ」
フェイが聞いてくる。
「あーちゃん、どうするの?」
「仕方ないかな。あまりコレはやりたくはないんだけど」
「あーちゃん……?」
「王陛下に直接、聞いてみるわ」
『やっぱりコイツ、王族にフレンドリーすぎる』と誰もが思ったが、しかし当のアヤナは、それこそ誰よりも王宮で愛されている。いやフランソワーズ家の中でもだ。なんならレオン王国で最も愛されている人間の一人かもしれない。
それはアヤナが『外交モード』のスイッチを入れた時を見れば分かる。彼女は大抵の政治的な問題を難なく捌く。皆に気配りと優しさも伝える。そして平時では常に謙虚であるし『一般市民への利益還元』はこの国では最高レベルでおこなっている。
下手に商売に手を突っ込むとパワーバランスが崩れるとかで、アヤナはCEOとして『インダストリィ社』は気に入らなかったようだが。まあ彼女ならうまくやるだろう。
アヤナは言う。
「『シスターズ』。一期生が揃うまでは、現在の選抜組はレーンが探していた情報……エアタズム関連のを少し探して。あと『ケイン・フォーレン』……いえ『受付窓口』は『ロアリー・アンダーソン』って人か。その人らのことも調べさせるわ」
少し間が出来たその時。僅かに離れていた場所で肯いていたミュールが、アルテナ大尉とフェイのことを交互に見た。フェイの従者チアリもだ。
アルテナ大尉とフェイは二人とも少し目をぱちぱちさせて……大尉がウェインに何か言おうとしたところを、フェイが止めていた。
「な、何よフェイ」
「何よじゃないですアルテナさん。私のことなんだから、私が言うべきでしょう? 子供じゃないんだし」
「あ、ええ。そうね。そうだったわ……」
フェイは悪戯っぽく目を細めた。それからウェイン達に言う。
「ウェイン様。私の名前のことだけど」
「名前?」
「私は剣術指南の娘『フェイ・トールーズ』。こう呼ばれてるわ」
「そうですねフェイさん。そのようですが?」
「でも私、実はストークの娘ではないんです」
「ほう?」
「養子ですらないです」
「へぇ?」
ウェインは別に養子だろうが実の子供だろうが、どうでもいいような気はしていた。だが事情があるようだ。フェイは言う。
「私が『ストークの子ではない』そして『通名を名乗っている』と言うのは、私を知る人は大抵知ってるはず。それはもちろん王陛下もご承知で、その上で私は騎士に任命されたわ。別に隠しているわけでもないし。ただ、私は父ストークに守られ、育てられ、鍛えられた。そういう意味ではストークは『父』です」
「ふむ」
「そして補助的な感じで……アルテナさんは『姉』や『母』と言えるかも。私はアルテナさんにも育てて貰った。そして他の、このアリス隊の皆にもね。だから私は、いえ私たちは『初代・アリス様』の子供……『チルドレン』と括ってもいいのだけど」
「何だかそう言うの、素敵ですね」
「はい。ただ、これも私がストークの娘になること……それが出来ない理由があった。書類上のくだらないこと、なのだけど」
ウェインが目で促すと。フェイは軽く肯いた。
「私の戸籍上の名字は『サリス』です」
タニアが、少し驚いていた。
そう……模擬戦の時に言っていた。フェイが構えた『型』は『ルート・サリス流派』である……と。
フェイは肯く。
「私は戸籍上『フェイ・サリス』です。ミドルネームやその他に『ルート』が入ることもあるわ。いえ、これも特に隠しているわけではないんだけど」
「通名のほうが、ご都合が良い? どのようにでしょう?」
フェイは軽く咳払いをした。
「はいウェイン様。父ストークは、軍、そして代々の国王に流派を教えている。『軍隊普通』流派も、ここから来ている場合も多いわ。だから『トールーズ・スタイル』は、なかなか政治的な意味を持ってしまうの。例えば『サリス流派』の私が父ストークの養子になれば『トールーズ・スタイル』を意のままに操り、そして王国軍には『サリス流派』だけが伝えられる……と」
「……」
「もしそれを許せば、他流派の者がトールーズ流の養子になり、そして将来的には自分の流派を王家に広げることも可能……と言うことだと聞いてます。正式な手合わせもなく、ただ書類上の扱いだけで」
ウェインは少し考えた。
「……。……フェイさん。そんなの、可能でしょうかね?」
「無理だとは思うわ」
「やる人も、そしてやる意味もないでしょう。自分の流派が強いから軍隊に採用される……というのではなく、軍隊に採用されてるから強いと言うのでは逆だし」
「ですね」
「いや名前を広めたいって場合はあるかもしれない。ラクスでも魔法学院と共同研究だのなんだのと、テキトーな売り文句は欲しい人たちもいるし」
「そうね。『パッと見た感じ凄そう』ってのはあるかも。だから書類の上では禁止されていることみたい。少なくとも響きは良くないから」
「事務的なことは、色々ありそうですね」
「そうかも。私も20歳前の仮成人時代は面倒だった」
こういうのはウェインだって魔法学院への入学やら昇格やらは手続きがあったし、そもそも軍部も『ボーパルバニー』の使用許可などがある。色々と面倒なことは、しょうがない。それが『文化』にもなりうる。
ウェインと話し終えたフェイは、少し笑ってから、ふうっと深く息を吐く。無理もない。身体やら怪我は癒やせたかもしれないが、まだ心は休められていない。
ウェインとやった時の炎の爆発で、かなり吹っ飛んでいたし。
と、彼女は横で結わえてまとめていた髪の毛をほどき、そしてさらに深呼吸。
ウェインはフェイの外見にはあまり興味ない(失礼ではある)ので深くは考えてなかったが、このフェイはそこそこの長さの黒髪……に、栗色が少し混じっている感じだった。
髪型も。普段のディアがやっている『ポニーテール』ではなく横側でまとめた『サイドポニー』という区分とのこと。
ウェインはそれもよく知らず、そしてあまり興味はなかったが……『片方だけに寄せてはバランスが悪くなるのではなかろうか』と思った。
ともあれ、フェイとは一旦は行動を共にする。
彼女は自分より4つ年上の21歳だが…逆に言えば4つしか違わない。魔法学院などでは一回り二回りも年上の人が多く、同年代はほとんどいなかった。それを考えたら4つ程度は誤差のようなもの、だろう。
ウェインは言う。
「じゃあフェイさん。私たちの目処としては、明後日にガルディアを出発……くらいなものでした。綿密なスケジュールでもないのですが。フェイさんのご予定は?」
「はいウェイン様。今の私の任務は騎士アヤナを助けることなので、今すぐにでも、どこへでも行けます」
「おぉ」
「ただ王陛下に報告などをしたいので、少し時間を頂けると……」
「構いませんよフェイさん」
「……。……」
「……?」
フェイは、少し目をぱちぱちさせる。
「ウェイン様。私たちはこれから少しの間は同じ仲間です。さん付け、様づけ、なしで。口調とかも呼び捨てで」
ウェインは肯いて言う。
「そうですね。ええと、フェイ……」
ウェインは少し考え、言い直した。
「こうだな。よろしくフェイ!」
するとフェイは、斜め上の呼び方をしてきた。
「はい! ウェイン『先輩』! よろしくお願いします!」
……。向こうでディアとモニカが笑って盛り上がっているので、多分彼女らが原因。




