『優しい人』
アリス隊は、もうぽかぽかの夕方になっていた。
アルテナ大尉もフォーメーションを気にしながらだ。
少し不思議な、ミュールの感覚。いや懐かしい感覚だからか。
彼女は言う。
「ウェイン中尉、こちらへ」
そう言ってトコトコ歩いて行くミュール。ウェインはエルたちに軽く頭を下げてから、ミュールの後をついて行った。
アリス隊の宿舎……そりゃもちろん、全員が『女』の場所だろう。アリス隊は35歳程度で一旦『除隊』され、履歴書的に良い評価を受けて転属される……と聞いた。つまり『全員が若い』集団だ(とは言え、彼女らは士官学校を出ているぶん、ウェインよりは確実に年上だろう)。
女子寮なんかのとこは『気が抜ける』とエルは言ってたが、流石はアリス隊だろうか。士官なので妙に乱れていないようだ。キチンとしている。
ミュール中尉はその廊下を進んで……ある部屋の一つの扉を開けた。中に入って手招きをする。
「ウェインくん。こっち」
「ここは……?」
「私の部屋」
ミュールが宛がわれている部屋……それはかなりシンプルなものだった。生活感こそあるが、あまり散らばっていないしモノ自体が少ない。
ベッドはあるし、椅子と机はある。食事は普段、食堂で摂っているのだろう。食器やらはほとんどない。お茶を飲む程度のコップやティーカップがある程度。
ただベッドの上の毛布やタオルケットは、異常なまでに丁寧に畳まれていた。
こんなに丁寧に畳むのは、他にいない。軍人しかいない。
壁にはアリス隊の正式軍服がかかっていた。訓練や通常任務とは別に、社交場などのキラキラした場所ではこういう服を着るのであろう。
……。
なんでこう、女の子の部屋に入る時はいつも緊張するのだろうか。
「ウェインくん、座って」
少し優しそうなミュール。彼女のベッドにすとんと座ると、その隣にミュールが座った。
「で、話って何? ミュールちゃん」
「ウェインくんって、変わらないなぁ……と思って」
「……何が?」
ミュールはこちらへ視線を向けてきた。
「優しいところ」
「優しい?」
ミュールは、またも肯いた。
「ウェインくん……いえウェイン・ロイス。アナタは優しかった。いつも、いつも、優しかった」
「そうか? ミュール・ヴァイス。俺にそんな自覚はないが」
「それが……少し厄介かも。いえ危ないとさえ思う」
そしてミュールはまたもウェインの瞳を見つめる。
「ウェイン。貴方はファルさん、そしてフェイを連れていくことにした。それも、たいして熟考もしていないでしょう?」
ウェインは少し考え……
「確かにそうだが」
「そうよ。そこらへん。『優しい』……という言葉が不適切なら『主体性がない』『流されやすい』と言っても良いけれど」
「でも少しの行軍だ。あまり支障はないと判断した。それは本当だ」
「行軍そのものに支障はなくとも。あのファルさん……例えば彼女が、もしウェインの村で村人達と揉めたらどうするつもり? あなたの部隊の名前に傷がつく」
「そんな別に少しくらい問題があっても……」
ミュールは軽く頭を振った。
「貴方の部隊には、アリス隊がつく。フェイを入れれば三人つく。アヤナ姫がいて、タニア・グレクニルがいて、白い女神がいる。アリス隊は貴方たちの護衛や、雑用をする代わりに、王陛下より広告目的の『プロパガンダ』任務を背負っている。だから……」
「……だから?」
「これからは、色々な人に軽々しく『優しく』しないで欲しい。本当に深く考えてからにして欲しい。だってウェイン・ロイスは、もう背負っている。色んな人の、色々な物を。もう背負ってしまっている」
「……」
「貴方の行動で、色々な人の人生が変わる。良い方向にも悪い方向にも。貴方にはそんな自覚はないと思うけど、でも既にそうなってしまっている。貴方の後ろ盾が魔法学院で、さらにはフランソワーズ家との結婚があるのだから」
「そう、だね……」
「もしも貴方が、色々な物を背負いたくないならば。ここで他のメンバー全員と別れる必要があるわ。戦闘メンバーはこちらで補充する。……レオン王国側としては、それくらいの気持ちがあるのは確かなの。……ウェイン先任中尉、どうしますか?」
ウェインは深く肯いた。
「分かった。俺が悪かったっぽい」
ミュールは少し肯いた。
「昔。ウェインくんは。『私とつきあって』って言ったら、つきあってくれた。きっと……それは優しかったから」
「そう……だったかな?」
「昔。ウェインくんは。『少し距離を置きましょう』って言ったら、距離を取ってくれた。きっと……それは優しかったから」
「そう……だったかな?」
『優しい』かどうかはわからなかったが、『主体性がない』ということは、思い当たることがあった。
少し、間を置いて。
ウェインは少し考えて、ミュールに言った。
「ミュール。前、レーンにさ。言われたよ」
「?」
「『お前には覇気がない』って」
「そう、ね」
「うん。俺は人生において必死になったり、目的があって努力したり……そういうことが少なかったからかもしれない。いや今でも別に、何かをしたいわけでもない」
「……」
「でも」
ウェインはミュールの目を見た。
「前。ダグラス軍との夜戦でモニカが殺されかけた時。俺は激しい怒りを感じた。あの時はあいつら全員を殺してやりたかった。実際に殺したのは数人くらいだけど、足りない。モニカに害をなす人間を……全員殺してやろうと思った」
そんなウェインの独白めいた言葉に、ミュールは少し驚いてウェインの目を見る。ウェインは続けた。
「よくよく考えれば、モニカはたかだか弟子の一人と言っていい。そこまでたいした存在ではない。でもそのモニカをやられた時点であんな感情が沸いた。多分アヤナがやられてもあんな感じになるだろう。そして。俺が『特別な人』と思っているエリストアが。もし。もし、やられたならば。……俺はきっと、失われた悲しみに泣きわめくだろうけども」
ウェインは軽く肯いて、呟くように続けた。
「恐らくその時の『殺意』は、異常なほどになると思う。なんとなくだが、関係者の全てを殺し、皆殺しにし、殺戮し、虐殺しても……多分その怒りは収まらないと思う」
ミュールは目を大きくしていたが。少しだけ、笑った。
「そこらへんはウェインくん、ちょっと変わったかも?」
「そう?」
「そうよ」
ミュールはウェインの肩に、身を寄せてきた。
「私。別にウェインくんのことが嫌いになったわけじゃないわ」
「俺だってそうだ」
少し時間が流れた後。ミュールは言った。
「ウェインくん。一度だけ……キスしていい?」
「……いいよ」
二人の唇がゆっくり重なって。それは昔のような情熱的なものではなかったかもしれないが……暖かくて、柔らかかった。
ミュールは少し笑った。
「じゃあ一旦、さよなら。もし二人の心にもう一度灯がともれば……その先はわからないけど。でもウェインくんはエリストアさんのことを相当気に行っていると聞いたし?」
「そうだね」
「でも私さ。これから色んなことを少し頑張るつもり。管轄外のことも含めて」
「ありがとうミュール。助かる」
ミュールは嬉しそうに肯いた。
「じゃ。戻りましょう、ウェイン・ロイス先任中尉?」
「そうだな。戻ろう、ミュール・ヴァイス中尉」
二人とも、確かにに好意は抱いたままだった。
それは確かだったが。
多分もう、恋人同士のようにはならないのでは……と、二人とも何となく思っていた。




