これ全然私のためにならないですけど
訓練(ディアが言うところの合宿)も終盤になってきた。アヤナは一皮むけたらしく、夕方になってもそこまで死屍累々といった様子はない。もともとがフェンシングで推薦を受けた、バリバリの『王国騎士』である。……単純に今まで身体がなまってたんじゃね? と思ったウェインだったが。そもそも彼女は最近魔法の訓練をメインとしている。流石に、そこまで手を抜いていたわけではないだろう。
一方のエルとモニカは、まだかろうじてついてきていると言った感じか。
「も、モニカちゃん大丈夫……?」
「あんまだいじょばないッスけど、まあなんとか……」
ディアから話があったが、モニカは未成年で、ハードな訓練は逆効果になる場合があるから8掛けでやらせているらしい。が、13歳でこんなトレーニングは厳しいだろう。
ウェインはディアに習ってショートソード……竹刀ではなく真剣のソードを構えて、居合いの練習もした。まだまだ完成度は劣るが、素早く抜くだけなら形になった。本来の居合道は抜きながら攻撃したりとあるらしいが。
居合をやる時は、刃の部分を地面ではなく空に向けて帯刀するものだとその時知った。右手で柄を被せるようにではなく、手首を返して握り抜刀するのだ。今までのフェンシングでの持ち方とは違う。これからはそういう帯刀の仕方をしようと思った。レーンが見積もってくれたこの剣は片刃で峰打ちもできるが、反面『正しい持ち運び方』も必要になってくる。
剣を素早く抜けるようになってウェインは益々面白くなった。だがこの技術はウェインの場合使わないほうが安全地帯にいるというジレンマである。そもそもウェインが剣を抜く時点で、それはマズい状況なのだから。
レーンがどこか他の訓練から戻ってきて、ディアと打ち合わせを始めている。そこに、モニカが手を挙げた。
「レーンさん、ディアさん。前に言いましたけど、私ちょっと法事で実家へ帰らなくちゃいけなくなりました。訓練は今日で最後です」
ウェインは思い出す。
「ああ、そう言えば言ってたっけ」
「明日の朝……は厳しいんで、昼にはラクスを出ようと思います。歩いて数日の村なんですけどね」
エルが心配そうに声をかける。
「モニカちゃん旅の準備は大丈夫? それより、未成年の女の子が一人で?」
「エルさん。ラクスから近い村なんで、女の一人旅でも大丈夫らしいんスけどね。でも私まだ未成年ですし。今回は父さんがラクスまで来てるので大丈夫です」
レーンは言った。
「そうか。じゃあ今日はモニカの打ち上げをと思ったが、モニカは親御さんと食事をするといい」
「いや、そんな気を使わなくても……」
ウェインは言った。
「レーンに賛成。成人前に魔法学院なんて、親御さんも心の底では心配してるはずなんだ。こういう機会に甘えてくるといい」
モニカは少し悩んでから言った。
「いや甘えると言っても。ウチの父さんも熱烈なアッシュのファンで、その再来と言われるウェインさんとの時間を大事にしろって毎回手紙とかでも言われます。ウェインさんのサインも欲しがってますし」
すると、エルが両手を胸の前でギュッとした。
「だったら、ウェインもついていってあげれば?」
「え?」
「モニカちゃんを弟子に取ったって、正式に報告するのもいいし」
「うーん、そうかなぁ」
「そうよ」
モニカの承諾も取れたので、結局ウェインは今日モニカと一緒に、モニカの父と食事をすることになった。レーンが言う。
「ウェイン、モニカ。何を飲んでも食べても構わないが、肉だけはノルマ通りに食べること」
「おっけー」
「了解ッス」
そんなこんなでクールダウンと水浴びを済ませ、皆と挨拶をすると、ウェインはモニカと一緒に魔法学院に向かった。モニカの父とはそこで待ち合わせをしているそうだ。
学院で出会ったモニカの父は、どこにでもいそうな、ただ少し陽気な男だった。
「おおモニカ。久しぶりだね! 元気だったか?」
「はい! 元気してましたよー」
「ところでこちらの方は? 似顔絵で見た限りウェインさんに似てますが?」
ウェインは頭を下げる。
「はい。一度お会いしようと思っていました。ウェイン・ロイスです。モニカさんの身元保証と指導教官をしています」
言ってから気付いたが。指導教官はともかく、本成人20歳になる前に身元保証ができるのだろうか、と。恐らく政治的な『謎の圧力』が働いたのだと思われる。
モニカの親御さんは言った。
「ウェイン・ロイス! ああ、お会いできて光栄です! 私はラグト・マリウス。モニカの父です」
「親子水入らずのところ、申し訳ありません」
モニカが強く手を横に振った。
「父さん、私がウェインさんを誘いました! 父さんはアッシュの再来ウェインさんのファンだから、こんな機会がないと、と思って」
父ラグトさんは笑顔になった。
「ありがたい。よくやったな、モニカ」
「えへへ」
ウェインは軽く肯いた。
「積もる話もありましょうが、夕食に行きましょう。大衆店よりも、ちょっと高級なレストランがいいですかね」
「はい!」
三人でレストランに入る。最高級とは言えないが、そこそこレベルの店。眩しいくらいの明かりに灯された、綺麗な空間だった。
普段行く酒場などと店内の内装も客層も全然違う。ここはウェインも客人のもてなしで入るくらいの時しか使わない場所だった。
テーブルに就く。
一方モニカの父、ラグトは上機嫌だ。
「私どもは、アッシュやウェインさん関連のグッズ販売などを手掛けています。その『アッシュの再来』と言われたウェインさんのことは、前々から気になっておりました。不肖このモニカがウェインさんの弟子になったのは、嬉しい限りです」
ウェインはコース料理を注文した。と言うか、この、そこそこの高級店ではコース料しか知らない。そもそもあまり来たことがないのだから。
「ありがとうございます、ラグトさん。ただモニカが弟子ってのは、まだ形式上のことが大半ですよ。モニカは学院の単位の履修をまだ完全には済ませていません。座学がまだまだ残ってます。彼女に本格的に教えることになるには来年以降でしょうかね」
ラグトはモニカを見る。
「モニカ。飛び級とかできないのか? ウェインさんをお待たせしてはならん」
「父さんこれ以上はできないよ。で、もう飛び級してるからこそ、私、未成年で魔法学院にいるんでしょー」
ウェインは仲裁するように言った。もちろんその親子は、じゃれあっているだけだったけれども。
「モニカさんは優秀ですよ。心配なさらなくても大丈夫。将来、良い魔法使いになれるでしょう」
「ウェインさん、ありがとうございます。ただ私は、ウェインさんのお力として、このモニカを使ってほしいのですよ。魔力とか、書類整理とか事務雑務一般とか。そんな形でウェインさんの力になって欲しいんです」
「ははは……まあ、そうですかね」
ここらへん親があまり首を突っ込むことではないが(モニカが未成年だとしても)、だがモニカはモニカでそんな感じのことをいつも言っている。これは小さい頃からの教育(価値観?)の賜物だろう。
オードブルが運ばれてきた。
「それでラグトさん。今回は法事と聞きましたが、どうされたんですか?」
「はい。父が……モニカからすると祖父が亡くなりましてね。それ自体は良いのです。もう歳でしたし、本人もとても良い生き方だったと亡くなる前に言ってました。ただ私どもの事業……アッシュやウェインさんのグッズ販売の、その商売のために、一度親族全員で集まろうということになりました」
「モニカは魔法使いをやめて商人になるんですか?」
「まさか! 親族の中でモニカは別格で、別枠ですよ。ただ商売と無関係ってこともないです。今度ラクスにグッズ販売の店舗を拡充しますが、それにはモニカがラクスにいたほうがいいですし」
「なるほど」
メインディッシュ、そして別注文してた肉料理を、(モニカは特に必死になって)片づける。ウェインとてあまり食欲があるわけではないが。ノルマだからしかたない。
「そう言えばラグトさん。私、今、身体能力向上の訓練に参加していましてね。モニカもそれに参加しています」
「ほう。アッシュのように、体力も鍛えているわけですか」
「そんなところです。今日も私とモニカ、運動してきまして。ここちょっと高級店なんですが、コース料理とは別に私とモニカだけ肉料理を頼んであります。筋肉を作るため、タンパク質は欠かせないらしく。そして運動後のことなので、あまり食欲はありませんが、お気になさらず。なにぶん今日のノルマだとコーチ役に言われてますので」
モニカが嬉しそうに言う。
「父さん。私、成人した二年後にはウェインさんとパーティ組む予定なの!」
「パーティ? ウェインさんは教務職、ないしは研究職ではないんですか?」
「それはもう少し後のことになりそうです。ちょっと外の世界を見たくなりまして。この歳から魔法学院に引き籠るのは、あまり良いとは思えなかったから……」
「うーむ、今でもモニカが成人していればウェインさんについていけたんですがなぁ……なんなら親権を引き渡す、とかでどぅにかなりません?」
なかなか凄いことを言う父親だったが、モニカは物凄く乗り気である。
「それでいいのなら、ウェインさん。それで何とかできませんかね!?」
「いや流石にそれは」
ラグトさんは言う。
「ウェインさんは将来、きっと偉人になる。その時にこの不肖ラグトの娘が関わっていた……となれば、もう一家、一族、私達の村、そしてラクスとレオン王国全体の名誉となるはずです!」
「いえ、あの……。法的に無理だとも思いますし、それに私の能力はほとんどが魔法学院内のテスト内容だけで。実戦で何かを成したわけではありませんし……」
「この前、ドライ砦の東での戦いで獅子奮迅の戦いをおこったと聞きましたが」
……明らかに過剰な報道がされている。どこの段階で、そして誰が何のためにかは知らないけれども。
恐らくこういう記事は『盛った』ほうが書きやすいし、目にされやすいのであろう。『一人の剣士の足止めに成功』とか書いても、きっと売れないだろうし。
一方で『メディアこぇえ』とかビビるウェインだった。
さて。食事の時間はもうそろそろ終わりそうだ。モニカが残りの肉料理を必死で片付けていたので。
「ウェインさん。私はモニカがご迷惑をかけていないか私心配で心配で」
「いや、大丈夫です。知り合いの剣士から提供された、脳に関する技術があるんですが。その辺りの情報をモニカには色々調べてもらってます。こういう時、やっぱり手駒があると確かに便利ですね」
「そうですか。なら良かったです。私だけでなく我が家も、我が一族も、天に召された我が父も、きっと喜んでいるはずです」
「良いことです。本来、私はモニカをこう扱いたくはなかったのですが……」
モニカが両手を振って喜びを表した。
「ウェインさんの役に立てるなら、私、なんだって嬉しいですよー」
「うん。まあ……」
このモニカは、ウェインに心酔している。いや心酔しすぎている。これが少女特有の、少し年上の男性に対するほのかな感情、というだけなら良いのだが……。
ラグトさんは自分の娘の言動を満足そうに観ると、言った。
「ところでウェインさん、恐縮ですがサインを頂いてもよろしいですか? ウチの店に飾りたいのです」
「構いませんよ」
そんなこんなで食事が終わり、ラグトとは一旦レストランを出たところで別れた。ラグトはホテルに滞在するらしいが、ウェインとモニカは訓練後に水を浴びたとは言え、お風呂につかりたい。
ただ今日のモニカは、その後に魔法学院の女子寮ではなく父ラグトさんのホテルに生かせるようにした。
今日のお風呂は公衆浴場でいいだろう。広いし、安い。
モニカはレストランから公衆浴場までの道すがら言った。
「ウェインさんって、エルさんのことが好きなんですか?」
「え?」
突然、核心的なことを言うモニカだ。
「ウェインさん、エルさんを見る目が他と違います。優しい目です」
「そうかな……」
「ねえウェインさん、やっぱり私には欲情しませんか!?」
ちょっと慌てた。
「欲情って、おまっ、悪い冗談だ。未成年と付き合ったら条例に引っかかるだろ! なんかそんな人も知ってるし!」
「条例よりも愛情のほうが強くあるべきです。そうじゃなくて、どうするんですか」
「急に正論言うなよ。いや、でも、俺の立場的にだな」
モニカは何度も肯く、
「だったらウェインさん」
「ん?」
「……これ、全然私のためにならないですけど」
「?」
「ウェインさんのためですから言いますね。ウェインさんは、もっとエルさんを押すべきです」
「押すって……?」
「エルさん内気ですし、でもウェインさんのことはかなり好きみたいです。だからウェインさんのほうから押してかなきゃ行けません。ウェインさんは、エルさんともっと二人きりになって、いっぱいいっぱいお喋りすべきだと思うんです」
言われてみれば確かにそうだ。ここのとこ……エルと二人きりになったことが少ない。軍隊の増援に行ってからこっち、訓練などで忙殺されていた。
貴重な、片想いの相手だ。しかも向こうからの反応も悪くない。
「……。訓練が終わったら、エルをデートに誘ってみる」
「はい。それがいいですよ」
「すまんな、俺のことで気を使わせて」
「いえ。それにウェインさんがロリ体形OKだとわかっただけでも希望が持てます!」
「ロリってなぁ……」
エルは確かにグラマーな体格ではない。背も小さい。胸も小さい。ロリ系と言える。
「……。なあモニカ。女って、男に何されたら嬉しい?」
「えー。さっきまで子供扱いだったのに、今度は急に女扱いですか」
モニカはからかうような笑顔だ。
「いや、それは悪いと思ってるが……」
「そうですねぇ。もしもその人が好きなら、一緒にいたらなんでも嬉しいに決まってます。男の人はそうじゃないんですか?」
「あー、確かにそうだな。いや、俺、飛び級重ねてきたから付き合ったのが年上ばっかりで、向こうからリードしてくれてたから、一体全体どうしたらいいのか、ちょっとな」
「意外な弱点ッスね」
「そうなんだよなぁ……」
「まあウェインさんなら女には困らないでしょう。振られたら次行けばいいんですよ」
簡単に言う金髪女子だ。
「それにウェインさん、二年後には私もいますし。あ、そうだ。男女間においては手練れと思われるレーンさんにアドバイスをもらうというのは?」
レーンはモテていたらしい。今じゃすっかり兄貴分だし、相談するのもよいだろう。
「そうだな。今度聞いてみるよ。さて、モニカは明日の昼にはラクスを出発だろ? 早く親御さんと合流して寝とけ」
「はーい」
「旅の道中、達者でな」
「はい。街道を行くだけですから、何の問題もないですよ」
モニカと別れたウェインは、ぼんやりとエルのことを思っていた。