脂肪が少なすぎてもダメ
レーンが言う。
「ところでウェインは『ホワイトフィールド』を何秒くらい維持できるようになった?」
「うーん、10秒から15秒って感じかな。それ以上も維持できなくはないが、呼吸が上がって他の瞬活や、戦闘行動に支障が出る」
「ウェインも訓練してきたんだ。伸びたかどうかディアと模擬戦してみろよ」
「よしわかった。ディアは?」
なんだか身悶えしていたディアだったが、こちらを向くと、肯いた。
「もちろんいいわよ。ウェインは魔法使いの癖に剣のレベルが飛び抜けてるから、私も色々楽しみなんだ。今度私と、魔法もなんでもアリの模擬戦やってよね」
ディアはディアで訓練で模擬戦をやってる間に、瞬活や魔法パリィを維持できるようにしながら戦っていると言った。彼女も剣は本職じゃないが、伸びしろはまだまだあるだろう。
防具を調整し、メットを被る。互いに竹刀を手にした。
「じゃ、行くわね」
ディアが構える。ディアの竹刀はショートソードを想定した短いもので、リーチはウェインと全くの互角だった。
本職が偵察兵とは言え、ディアはずっとレーンのフォローに入る役割を担ってきた。剣術に長けているのは、特訓中に嫌と言うほど思い知らされた。
しかし模擬戦とはいえ、ただ負けるのは癪だ。持久戦になればスタミナの少ない(であろう)ウェインのほうが不利になる。ここは初手から力の大半を出していくべきだと思った。
ウェインは瞬活の『ホワイトフィールド』を使った。時間がゆっくりと流れていくように感じる。
踏み込んで、袈裟斬り。
それを簡単に防がれ、逆に面を打ち込まれる。
大丈夫、『ホワイトフィールド』の最中ならば読めている。ウェインは下がって対処。だがディアにスッと間合いを詰められる。……速い。ディアも脚力で瞬活を使ったようだ。一気に間合いを詰められたが、ディアの一撃をウェインは竹刀で抑え込み、鍔迫り合いになった。
だがそれも一瞬のこと。
僅かに距離を取ったディアが、連撃を繰り出してきた。一発、二発、三発。なんとか、どれも防げたがギリギリだった。ディアの連撃を妨害するため、ウェインは突きで応戦。だが躱され、突き出した右腕を狙われる。なんとか竹刀を引き戻す……。
流石だ。ディアも確かに駆け出しの戦士以上の腕前はあるのだ。こちらの攻撃は躱され、防がれ、一方でディアの攻撃はウェインを圧してくる。
そしてディアの攻撃が『読めた』のは、瞬活技能『ホワイトフィールド』のおかげだったようだ。模擬戦開始から15秒も経つと効果が途切れ始め、未来予測が怪しく難しくなってくる。
ウェインは呼吸が限界になり、これが最後と打って出た。振りかぶって面を放つ。
ディアはその一撃をギリギリで躱すと、がら空きのウェインの頭部に面を放った。
「一本、それまでっ!」
面抜き面。綺麗に決まってしまった。
「あー、やっぱ勝てないかー」
そのウェインの言葉に、ディアがにこにこ笑顔で返す。
「いえいえ、ウェインはよくやってるわよ。『ホワイトフィールド』覚えたのが良かったみたいね。私も連撃は防がれるし、あの最中に正面突破は難しいかも」
ウェインはもともとが剣で制圧するのを目的としていない。これはエルもアヤナも同様だが、運悪く巻き込まれた白兵戦でほんの10秒くらい時間が稼げればいいだけだ。そう思えば、凄い進歩だろう(最初にレーンと出会って戦ったようなシチュエーションは、もう御免こうむる)。
エルやアヤナにしても、オマケ参加のモニカにしても、白兵戦で数秒稼げればそれでいい。咄嗟の数秒さえやり過ごせば、味方のフォローが入る。もしくは自力で逃げられる。
「で、どうだレーン。お前から見た俺の伸び具合は」
「抜群だね。もともとウェインに心配はしていないが、益々良くなった」
「この剣の技術、使われないことを祈るよ。俺なら接近して初球魔法連打のほうが安全だし」
「そうだな。そもそもこの特訓は魔法学院組の体力、心肺機能を高めるためにやっている。ウェインは鎧来た戦士からは、走って逃げるスピードもスタミナもあるから心配してはいない。むしろ心配だったのはエルとアヤナだが、まあまあ逃げ足も鍛えられたようだ。エルの瞬活による数秒間の白兵戦向上は、オマケみたいなものだな」
逃げることもままならない体力では、一人の敵の前衛突破によって後衛部隊の全滅までありうる。だから逃げ足は、レーンが譲れない最低条件なのだろう。
ウェインは言った。
「あと俺が知りたいのは、スカウト技能なんだけどな」
「スカウト技能?」
「尾行したりとかじゃなく、隠れたりする技能だ。旅の中で『いい隠れ場所』を見つけたら、そこに先に敵がいないかとか予測できるだろ? 単純に一人で旅をすることになったら、真っ先に覚えておいて損はない技能だし」
ディアが言う。
「スカウト技能は私もまだ修行中だからねー。レーンのほうが詳しいけど、私でよければ教えるわよ。ちょうど今度、冒険者ギルドの査定レベル上げようと思ってたし」
「ありがたい。あとは弓かな。クロスボウも含めて。実は矢って、魔法使いは飛んで来る方向とタイミングさえ知ってればなんとでもなる。でも狙撃されると魔法使いは弱い。でもそれも隠れたりするスカウト技能と密接な関係があるだろう」
「そーね。他にウェインの心配事って、なんかある?」
「パーティとして、楯と鎧に身を包んだ『重戦士』がいないことだ。俺の楯になるようなヤツが欲しい。その役割をレーンにやらせると機動力が落ちて高速戦闘ができなくなるだろう? これは勿体ない」
レーンの武器は、攻撃力、突破力と機動力だ。防御主体の人間ではない。
彼は言った。
「それはいい縁があったらだな。冒険者ギルドで見繕ってもいいが、あそこたいしたレベルの人間はいないし、何よりカネだけで繋がった相手はカネだけで縁が切れる」
「そりゃそうだ。それはそうと、今日の特訓はこれくらいで終了でいいかな」
「そうだな。十分だろう」
レーンの言葉に、エルとアヤナとモニカは一瞬顔が明るくなったが、すぐにこの後のもう一苦労(肉を食べる)を思い出し晴れやかにはならなかったようだった。
それでも、夕食時。三人とも以前より肉料理を片付ける速度が上がっている。色々と鍛えられているのだろう。
なにせレーンは「ラクスの魔法使いは線が細いし食も細い」と言い、筋肉と脂肪をもう少しつけたほうがいいという立場なのだ。
そこでエルとモニカが聞いていた。
「ねえレーン。脂肪もつけたほうがいいって、あまり格闘家は言わないけれどどういうことなの?」
「あ、それ私も気になってたッス」
レーンは肯く。
「俺たちは専門のアスリートとは違う。軍人や警察の武闘派にも言えるが、ある程度は脂肪がないと長い期間を動くことはできない。脂肪が少なすぎてもダメなんだ」
ディアがいつもの笑顔で補足する。
「大体の格闘家は体重で階級制限があるっしょ? だから計量の時までに痩せて、弱い相手と戦ったほうがいいっぽい。弱い相手と戦いたい、ってのもヘンな話だけど。っつーか脂肪で太れるのって、良い国だよ。ふつー飢えて死ぬほうが多いし」
エルはそのセミロングの金髪を掻き揚げた。
「私、この前体重計ったら落ちてたわ」
「まだエルは摂取カロリーが足りてないんだよ。一般的に、男でだいたい一日2000キロカロリーは消費・摂取する。しかしアスリートや軍隊の行軍では4000キロカロリー消費。軍隊のハードな作戦においては6000キロカロリーまで行くこともしばしばだ。特訓中は運動量が多いから体重が落ちちゃう。平時ではアスリートよりも脂肪があるほうがいいし、行軍前に余裕があれば体重を増やしていたほうがいいね」
アヤナが言う。
「貴族で、ゴリゴリに最前線に立つ立場じゃない私からすると、ちょっと厳しい話ね」
20歳前後のお姫様は、当然政略結婚の駒として使われる。それはスリムな体形のほうが市場価値が出るのだろう。
筋肉質すぎるのも困りものかも知れない。
顔に傷でもついたら一大事に思う。
……何故か男の傷は勲章みたいな風潮があるけれども。
しかしフランソワーズ家の姫であり、また正式な王国騎士であるアヤナとしては、どういう状態がいいのかはウェインには全くわからなかったが。




