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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス1.2
180/284

採用面接 ー無職の女がウェインに頭を下げる時ー

「ウェイン! レーンにディア! そっちが、例の魔法学院組かな?」

 酒場のマスターにビールを注文し、こちらの席に歩いてくるタニア。

 慌てて立ち上がろうとするアヤナたちを制し、タニアは近くの椅子を持ってきて座ってから頭を下げる。

「話は聞いていると思うが、私がタニア・グレクニルだ。重戦士をやっている。あのウェイン・ロイスを守り、またそこからの火力支援で敵を仕留めたい……そのためこのチームに志願した。できれば加入したいと思っている。よろしく頼む」

 エル、アヤナ、モニカも自己紹介した。エルの名前を聞いた時、タニアは「噂の『白い女神』か!?」と驚いていたほどだ。

 そのタニア、今日は長袖のジャケットを着ている。ウェインはタニアに言った。


「おねーさん、今日寒い?」

「そういうわけじゃないが。ほら、左腕。昨日の怪我でちょっと目立つだろ」

「エルに診せてみなよ。治せるかも。これも互いの能力査定のうちだと思って」

 タニアは肯き、ジャケットを脱ぐ。下はシャツ一枚の軽装だった。

 左腕が、ウェインのエアハンマーをガードし続けた時の内出血でまだ紫色に変色している。

 女性陣は少し息をのんだ。そこにウェインは言う。

「これ、昨日の模擬戦で俺の初級エアハンマーをガードしてできた傷。10発以上もガードし続けて心も折れない程の強さだったよ」

「昨日から自分の治癒力を上げる魔法も使ってたんだが、私は魔法がほとんど使えない。大差ない……ないよりマシ程度だ」

「じゃあエル。回復魔法を使ってあげてくれ」

 エルはコクンと肯いた。


 まず検査。目視での他に、調査の魔法をかけている。

「タニアさん……この後、白魔法をかける予定などはありますか? これなら中級魔法でほぼ全回復しますが」

「一日経っているのにか!?」

 ウェインは自分が褒められたように、嬉しくなって言った。

「エルのレベルはラクスでも最高峰だよ。試してみる? おねーさん」

「そうだね……。この後に白魔法の予定もないし、やってくれるか『白い女神』」

 エルは肯き、少し呪文詠唱をした。中級魔法だ。

 エル程のレベルなら、中級魔法とてそこまで長かったり複雑な呪文詠唱は必要ない。

 エルの両手から生まれた輝く光が、タニアの左腕に染み渡っていき……その光が消えた時、タニアの左腕の内出血は完全に治癒されていた。


 周囲からどよめきが起きる。冒険者ギルドでは、こんな素早く濃密な高いレベルの魔法使いの魔法など見ることは滅多にないのだ。

 一方タニアも称賛を惜しまない。

「凄いなエリストアちゃん。流石は『白い女神』と言われるだけのことはある。痛みも完全になくなったぞ。医者いらずだな!」

「あはは……。『白い女神』ってここ数日でついたあだ名なんだけど……。でもタニアさんが嬉しく思ってくれるなら、私も嬉しいです」

「いやいや。それとさんづけはやめないか? 私もエリストアちゃんのことは……エル、でいいのかな? エルちゃんと呼ぶから」

「わかったわ、タニア」


 モニカが声を上げる。

「私は皆を『さんづけ』なんですが、それも禁止スか? 逆にやりづらいんですが」

「モニカちゃんか。キミは普段通りでいいんじゃない? 未成年とのことだし」

「ま、おねーさんはフランクな感じだから適当でいいと思うよ」

「……。さっきから気になっていたんですけど。なんでウェインさんはタニアさんのことを『おねーさん』呼びなんですか……?」

「あれ? そう言えばなんでだろう」

「キミが勝手に言い出したんだぞ?」

「どうだったっけ……?」

「なんなら戻しても結構だ」

「いや、そういうわけじゃないよ。俺に取ってはおねーさん呼びのほうがしっくりくる。ディアは2歳年上だけど、おねーさんって感じがしないんだよな」

「褒められてるのかどうかよくわからんが。まあいいか」

 タニアは運ばれてきたビールに口をつけた。


 そのタニアに、エルが言う。

「タニアさん。耳が潰れて変形してます。典型的な『柔術耳』です」

「ま、そーだね」

 一方のアヤナは不思議そうな声。

「何それ?」

 レーンが答えた。

「柔術や柔道なんかの寝技の訓練をすると、耳が床に擦れて、血がたまって雑菌が入ったりして、耳が潰れて変形する。注射器を使って血を抜いたり、洗ってケアしたり、白魔法でその都度直すのが必要となるが……別に耳の機能がやられたりはしないので、放置する人も多いな。強さの証だと言う人もいる。気持ちはわからなくもないよ」

 ウェインも言う。

「俺は道場で、洗った後に白魔法でケアしてくれる人がいたが。皆違うのかい?」

 寝技をやっていたレーンとディアが答える。

「俺は基本、最初は個人でのケアだよ。後にケアしてくれる道場に移った。カッコ悪くなるのもヤだったけど、柔術耳だと最初からバレると偵察兵としてやりにくいってのがあった」

「私もレーンと同じ理由。ただ白魔法で頑張ってたわ。自分には効きにくいから、結構時間かかった」


 そしてタニアは笑いながら言う。

「あはは。私は道場が古くさいところでさー。耳が変形して一人前なんて風潮があったからね。ケアできる雰囲気じゃなかったし。今さら手術して治すのもおカネかかるみたいだし」

 ウェインは聞いてみた。

「おねーさん、無料なら治したい?」

「ん? そりゃ、まあ……」

「エルに診せてみてよ。いい感じでいけるかも。整わせるぐらいなら」

「無理だよ、もう昔っからこうなってるんだから」


 だがエルは肯くと、タニアの頭部に手を当てて魔力を集中させた。

「はい……大丈夫。今現在、毒素もないし。単純な変形だけだから治療は可能です」

「本当か!?」

「はい。やります?」

「じゃあ、頼む!」

 その言葉とともにエルは呪文詠唱。上級の白魔法を用意し、タニアの両耳にその光を流し込む。


 今度は……先ほどよりも遙かに遙かに大きな、周囲の驚嘆の声と拍手。

 無理もない。普通の人生を生きていてこんな光景を目にする人間は一握りなのだろうから。


 そしてウェインたちからも、驚きの声。

「お、おい、どうなったんだ?」

 自分の耳が見えないタニアに対し、アヤナがコンパクトミラーを渡した。その鏡をのぞき込むタニア。

「おおお! 柔術耳が治ってる! 綺麗になってる!」

 エルは肩で息をしていた。

「えへへ。ちょっといいとこ見せようとして、頑張っちゃった。やっぱり時間が経ってたから、なかなか治りにくかったわ……」

「凄いなエルちゃん! 本当に医者いらずだな! 全国の医者から暗殺されるんじゃないのか!?」

 タニア流の褒め言葉らしい


 場はひとしきり、賑わっていた。


 そんなタニアに、ディアが言う。

「ねえタニア。私とレーン、少し用事があるの。だからちょっと席外すけど……ヘンに思わないでね」

「ん? ああ、例の秘密作戦ってヤツか?」

 アヤナが声を上げた。

「レーンたちが持ってきた『仕事』って、タニアも知ってるの?」

 タニアが答える。

「私に知らされているのは魔法学院組と同じこと、ってくらい。レーンとディアが、何やらこっそりとした仕事を持ってきて、通信とかが活発化してるようだけど」

 冒険者ギルドにも通信施設はある。まあまあの安価で、国内ほぼ全土にかなりの速度で精度の高い通信ができるのだ。他国の出身者に取っては夢のような話である。

「じゃあタニア。俺たちは外すんで」

「ああ。頑張ってくれ」

 ウェインは片手を上げた。

「あ、そうだレーン。例のマフィアが言ってた『クラッシャー』の件。ヒマな時に裏を取ってみてくれないか? 俺も聞いてみるけど」

「わかった。……ディア、行くぞ」

「はーい」


 レーンとディアが席を外し。酒場の席はウェインとエル、アヤナとモニカ、そしてタニアの5人になった。

 ウェインは肉料理を追加注文。タニアも同じものを注文する。

「俺、目指せ65kgなんだよね。昨日おねーさんに言った61kgってのは、レーンたちと出会って体力向上の特訓した辺りの時に60kgが達成できたからなんだ。多分、62から63kgまでは結構早く到達すると思うんだけど」

 肯いてから、アヤナも言う。

「私も増量中よ」

 タニアは肉料理を片付けながら、ビールを追加注文する。

「アヤナはフランソワーズ家なんだよね? 貴族の姫君が、勝手に太っちゃって怒られない? 私はそこらへんのことには全然詳しくないが」

「父上には報告済みよ。脂肪でなく筋肉であれば少しなら良いだろうって。今の私は、ウェインとの結びつきを重視するのが仕事……公務みたいなものだから」

「はぇー。貴族って好き勝手にできるわけじゃないのね」

「そりゃそうよ。狭い意味での『労働』ってのをしてないだけで。商人とか魔法使いとか色々な人と交流するのも仕事のうちだし」

「大変なのね」


 タニアはごく自然体だったし、それに釣られるようにエル、アヤナ、モニカも自然体で過ごすことができた。

 チームメンバーとして、いい手応えである。


「ん? 私とレーンとどっちが強いかって? そりゃレーンのほうだと思うよ。後で模擬戦をやりたいが」

 タニアは皆の問いかけに色々と答えている。

「おねーさん、なんで?」

「アイツはキミの仕掛けた『戦術』を見抜いたからね。ほら、緩急や錯覚だよ。そりゃ相当の死線をくぐってきたことは間違いない。出回っていた『瞬活』のイメージも見た上で言ってる」

「単純な『剣術』としてはどう?」

「それならワンチャン私。でもショートソード限定だよ。彼のバスタードソードの動き、そしてスピードとパワーは私には真似できない。もっとも。私はチームの『楯』としての役割だから、単純な強さ議論はナンセンスだと思うけど?」

「子供が野球のレジェンド選手選ぶようなものだよ。特に意味はない。でも選びたいんだよ。おねーさんにはそんな気持ち、ないの?」

「あるさ! 戦士なら多かれ少なかれ、色々と比べたい気持ちはあるんじゃないかな」

「あ、やっぱり?」


「でも比べるにしても。レーンはフィジカルが凄い。パワーとスピードは誰にも真似できない。そのうえ防具が革鎧だけで機動力にも優れた軽戦士。もと偵察兵。黒魔法が少しできる。……あんなの反則じゃないか!」

 レーンを褒められ、ウェインは嬉しくなった(理由はよくわからないが)。

「そんでさ、おねーさん。あいつのヤバいトコは『柔軟性』なんだよ。どんな崩れた姿勢からでも、しなやかで正確に反撃してくる。まるでネコ科の猛獣だ」

「へぇ……。それはちょっと、やってみないとな」

「まあそんな彼も絶賛悩み中なんだよね、ブレーナーに負けてから」

「ブレーナーと比較することが間違いだよ。なんでもレーンは剣に転向してたった3年だろ? それでベテランのブレーナーに勝ったら、ブレーナーの立つ瀬がない」


 話題はそこから、『瞬活』のものになった。


「はぇー。出回ってるイメージって、もともとはそうやってチームメンバーで共有する経験のためのものなのか……!」

 モニカが答える。

「そうなんスよ。でも当の『瞬活』を持ってきたレーンさんとディアさんが、当時は眠ってから夢で見るっていうことでしか運用できなかったので、簡易再生機を作り出したのが始まりです」

 そこにエルも声を上げた。

「でもレーンはそこそこ、ディアも、多分もう少しで瞬活イメージを普通に読み込むことができるようになるわ。結構センスいいもの、あの二人」


 タニアは言う。

「その『瞬活』って、私も頼めば教えてくれるかい?」

 それにはアヤナが答える。

「多分平気。レーンはアレを広めたがっているし。そもそもレオン王国の軍隊に採用されるかもって話で、それの視察も兼ねて王都ガルディアに行く予定だから……」

「おねーさんなら瞬活そのものは巧くできるよ。ただ『瞬活データリンク』の読み取りとか受け渡しに苦労しそうだけどね。おねーさん、魔法使わないから」

「使わないんじゃなくて使えないんだよ」

「まともな師匠についてやったこと、ないでしょ? 大抵の人間はギリ初球魔法くらいまでは、訓練すれば使えるようになるよ。……戦闘で使うなら怖いけど、データリンクは戦闘終了後に余裕ができた時にやるから……」

「あぁ、だったら夢が広がるな!」


 タニアは気さくで、若者だらけのウェイン隊に対して年長者としての増長もなく、皆が気持ちよくなれた。

 ……チームに重戦士は必要だ。そう、昔からウェインは言っていた。

 攻撃力と機動力に長けるレーンと、それに随伴できて牽制や回復の魔法もできるディア。この二人を『壁』としか運用できないのは勿体ない。本職の重戦士が『壁』となるのであればエルたちの回復魔法を使う場合の位置取りも色々と動かせる。

 そう、フリーでこれだけ腕と名声を持ち、かつかなりこちらに好意的な重戦士に巡り会えたなど幸運そのもの。僥倖なのだ。

 ただ……今まで6人でやってきたところに新たにメンバーを加えるのが、どことなく躊躇われた。

 ウェインはその率直な感想を言うと、タニアは肯く。


「キミの気持ちはわかる。いいチームみたいだしな。ただ例えばチームに怪我人・死人。はたまた用事が出来たりで離脱して欠員ができたら、メンバーの補充は必須だ」

「おねーさん。もっと流動的になるべきだと思う?」

「まああまりに大所帯では困るし、仕事の利益の分配だって数が多くちゃ困ってしまう。だけど今のウェイン隊に重戦士が足りないのは事実だ。レーンを壁にしたり、偵察兵のディアを壁にしたり。はたまたウェインが前衛に出る……それらは下策だろう。6って数は2でも3でも割れるから便利だし、軍隊でも6人組の単位は使われはするけども……」


「おねーさん1人を足すぐらいなら、問題ないって感じかな」

「まあそう捉えてくれると嬉しい。ウェイン隊には『アッシュの再来』ウェインと、『白い女神』エル。それとあのレーン・スタイナーに、そして彼に随伴できる魔法偵察兵がいる。残りの後衛もフランソワーズ家の姫君と、新進気鋭の万能魔導士。もうこのチームが世界最強な気すらするよ。むしろ私が一番劣っているんじゃないかとも思えるし」

「おねーさんの腕は疑ってないよ」

「嬉しいね。それにさ……。ウェインの天敵がレーンで、キミが彼に敗れてから彼と行動を共にしたようにさ。私の天敵はキミなんだ。同じ感覚だと思ってほしい」

 戦闘時の相性だ。

 逆にレーンのような軽戦士はタニアのような重戦士が天敵であろう。これは相打ちであっても鎧の分、重戦士が勝つことが多いからだ。


 いつもは後ろに隠れているようなエルが、珍しく前に出てくるように言う。

「タニア。私は貴方の戦力は頼もしいと思う。人間的にも悪くないと思うし申し分ないとも思うわ。でも……一つ。このチームは長く組んで利益を上げる性格のものではないの」

 なるほど、ウェインは肯いた。

「おねーさん。俺たちは成り行きで組んでいるだけで、あまり将来のことを考えてはいない。特にアヤナとモニカは学院卒業で進路も変わる。俺とエルは『旅の魔導士』として、旅しながら魔法開発するだけでもいいが、レーンたちがそれで稼げなくなったらまたチームを組みなおすだろう。当面は『ファントム討伐隊』に参加してそこからの収入と、後は今レーンとディアが何かやってるような、よくわからない仕事しかない」

 タニアはクスクス笑った。

「そんな何年計画で考えてるチームは多くないでしょ。いいんだよ、そんなもので。私は当面、このチームにいたい。でも合わなくなったり稼げなくなったら勝手に出ていくよ。退職金をもらおうなんてつもりもない。ささやかなものさ」


 するとアヤナがニッコリ微笑んだ。

「そうね。急にチームがバラバラになる可能性もあるけど。それでいいのなら……」

 そしてウェインのほうを見てくる。

 ウェインは肯いた。そしてタニアを正面に見て、言う。

「タニア・グレクニル。俺たちは貴方の参加を受け入れ、その戦力に頼りたい。どうか?」


 タニアはグッと右拳を握った。

「よっし。私の夢が一つ叶った! この戦闘力、このチームに捧げようじゃないか」


 モニカとエルはパチパチと拍手をしていたが……

 ……段々とその拍手が、周囲の人間に伝染していき。

 酒場の中は大きな拍手で包まれた。


「『常勝』タニアが、ウェインやレーンたちと手を組んだぞ!」

「『白い女神』の魔法だって凄いものだぞ!? これラクス最強チームじゃないか!?」


 少し恥ずかしい誉め言葉と、大きな拍手。

 ウェインは立ち上がり、四方に頭を下げ……勢いで財布から金貨を取り出して、叫ぶように言った。

 どうせカネの使い道なんて、あまりわからない性格なのだ。


「マスター! 今、俺たちを祝福してくれた連中に、同じものをもう一杯!」


 酒場の中から、またも大きく拍手と歓声が上がった。




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