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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス
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 薄い暗闇の中、ウェインは走る。すると、向こうからおぼつかない足取りで走ってくる小さな人影があった。

 小さな身体。やや長めの金髪。あの姿。エルだ! 無事だった!

 だがその後ろから、ゆっくりと歩いている感じの、例の男に追われている。

「このっ!」

 暗闇の中、選んだのは炎の魔法だった。辺りを照らしてもくれる。ウェインは走りながらでも中級魔法までを制御できたが、今回は初球の魔法を男に向けて発射する。


 男の足が一瞬止まった。横に飛び退いて回避している。……身のこなしがとても速い。

 しかしこれはウェインの狙いの一つだった。上級魔法を使えば捉えられるだろうが、魔法の完成まで時間がかかる。その間にエルがやられてしまっては意味がない。

 不利にはなるが、相手をおびき寄せるための魔法だった。


 魔法使いにとって最重要な『時間』と『距離』をくれてやったのだ。だが代わりにエルを手に入れることができた。

 ウェインはサーベルを抜き、駆け寄ってくるエルを抱き寄せる。彼女の身体は震えていた。

「エル、無事か?」

「だ、大丈夫。でもみんなが……」

「まずは自分のことだけを考えろ。今、応援を呼んだ。エルはもとの部隊まで走れ!」

「う、うん! ウェインは!?」

「時間を稼ぐ!」

 こうしてエルを後方へと逃がすことに成功した。


 月夜にも目が慣れてきた。ウェインはサーベルを構えながら、男を観察する。

 まず背が高い。190cm以上はある。筋肉もかなりついているようだが、長袖と鎧が邪魔して実際はよくわからない。だがそのせいもあって大きく見える。ぶっちゃけ身体の『厚み』が他の兵士たちと全然違う。物凄い筋肉。驚異的なフィジカルエリートだ。

 武器は少し長い剣。通常のロングソードではなく、少し長くて両手持ちもできるバスタードソードだ。またサブウェポンとして腰にショートソードを下げている。

 鎧は革製のようだ。楯は持っていない模様。攻撃力に特化している装備である。

 軽装歩兵。


 鎧がかなり血まみれになっているようだが、動きは自然だ。アレは全てが返り血だと思った。

 金髪で、そして戦場には似つかわしくない、とても整った顔立ち。

 ウェインは言った。

「お前が、あそこで倒れているヤツらをやったのか?」

 男が答える。よく通るいい声。

「そうだ。20人以上を撫で斬りにしてきた」

「レオン王国軍の正規兵、それも精鋭たちだぞ!? そんなことが可能なのか?」

「こっちは途中から一人だったからな。相手も一人二人で向かってきてくれた。集団で来られたら逃げた時もある。ともあれ各個撃破してきた。一対一なら負けはしない」

 その自信は、やはり彼の腕前からくるものだろう。

 ウェインは言う。……実を言うと質問で時間を稼ぎたかった。魔法を準備するための。

「お前はニール王国軍の正規兵か?」

「いや、傭兵だ」

「目的は?」

「夜襲・奇襲。スパイの情報で怪我人が集まる地点はいくつか特定されている。今夜そこを同時に叩いて、ヒーラーを消耗させる作戦だ」

「スパイがいるのか?」

「どっちの陣営にもいるぞ」

「……俺を殺さないのか?」

「まだ誰も殺していないよ。少々戦闘不能にさせただけだ。それに少し……疲れている」

 しかし月明かりの下、返り血が照らされているその長身の姿は鬼神のように思えた。


 ウェインは言った。

「一つ言う。俺はさっきの女を逃がす前に、援軍を呼んでいる。じきに一個小隊以上が来る。今ここで帰れば、お前はきっと英雄になれると思うが?」

「ああ……実はさっきからそれを考えている。戦果は充分に上げた。後は撤退のタイミングだ。生憎とまだ近くに味方がいない。だから今ここで戻るのが賢いのだが……」

 ウェインにしてみれば、祖国の戦争とは言え国境での小競り合いだ。ここで戦いたくはなかった。しかも相手はかなりの手練で、ウェインをガードしてくれる味方はいない。エルを後方に逃したから、致命傷を負っても回復してくれるヒーラーもいない。


 戦闘は避けたい。


 そのウェインの思惑とは逆に、長身の男が言ってくる。

「しかしさっきお前は、初級とは言え走りながら魔法を使った。それは誘導性能をも有していたし、威力も精度も高く、距離で減衰もしにくかった。『完成度が高すぎた』んだ」

「?」

「つまり俺の見立てでは、お前はもっと高位の魔法を扱えるということ。そして、そんな相手に背中を向けるのはこちらも危険だということ」

「……」

 男は観察力も高い。そう、あの時は、もっと手を抜いておくべきだった。


「そういうわけで。命を奪いはしないが……ここでお前を倒してから陣地に戻る。でも運悪くお前を殺しちゃっても恨むなよ。ここは戦場だし」

 男がバスタードソードを、両手で構えた。

 一方のウェインは、会話の間に準備を整えている。呪文詠唱を始めなくとも即座に魔法が放てる状態だった。

 ただ、選ぶべき魔法で未だに迷っていた。


 上級魔法は、呪文詠唱がないと時間がかかる。この近い距離では却下だ。

 初級の魔法ならウェインなら『連打』ができる。しかしこの男の体躯と素早さからして、一発程度の初級魔法を当てたとて、彼は止まらないと思えた。

 そしてあの長いバスタードソード。その一撃を喰らえば、最悪は死ぬ。なら相手の突進を止めるだけの力を持った中級魔法が最適だと思えた。

 後は魔法の系列だが、炎の魔法でいいと思えた。暗闇で炎は遠くから視認できて援軍を呼びやすい。


 今回、『時間』は相手との会話の中で稼げた。これは大きい。

 しかし相手の長身の男はこちらを優秀な魔法使いと見込んでいる。それにも関わらず時間を与えてくれたのは余裕からだけではないだろう。

 恐らく、彼は彼で体力の限界なのだ。もうウェインを撫で斬りにできるだけの力を残していなかったから、回復の時間が必要だった。

 逆に言えば、背中を見せたくはないとは言え逃げないというのは、まだウェインに勝つ自信があるということだろう。

「戦争だ、悪く思うなよ」

 長身の男が、バスタードソードを両手に持ってゆっくりとジリジリ近づいてくる。男は手足も長いのでリーチがある。間合いに入るまで、後少し。

 だが一方のウェインは射程内だった。後は引きつけて、躱されずに仕留めたい。


 一歩踏み込むと同時に、用意してあった初級の炎の魔法を放った。それは周囲を焼き尽くす魔法の塊となったが、男に躱された。

 大丈夫、ここまでは計算通りだ。

 長身の男が二歩、三歩と駆け寄りバスタードソードを振ってくる。ウェインはそこにあわせた。『同時魔法』。その炎の中級魔法。

「っ!」

 それは命中したが……手応えが少なかった。男の『魔法パリィ』によって弾かれた。

 ウェインはバックステップ。迫りくるバスタードソードの剣先を、サーベルで受け流した。

 ウェインは無傷。男は『魔法パリィ』を使って受け流したとは言え、中級魔法を浴びている。一気に優位に立てた。

 『魔法パリィ』は魔力そのものと、体内に整って制御された魔法技術が必要だ。連続使用はできない。


 となれば、次は『連打』だ。

 ウェインは初級魔法を連打した。

 それはガードの上からとは言え確実にダメージを蓄積させる……はずだった。

 距離を取りながら完封する……それがウェインのプランだったが、この男はウェインの放つ魔法弾をことごとく回避していた。


 当たらない。

 次々に発射する。

 しかし当たらない。

 完全に躱されている。

「なんだ……これ!?」


 ウェインはゆっくりと、その男を中心に円を描くように歩きながら……次々に初級魔法を発射する。

 威力よりも、速度や誘導性能を重視して発射する。

 それでも、当たらない。


 だがその男も、別の方向で驚愕しているようだった。

「なっ……消える!?」


 よく『消える』と表現されるのは、ウェインが魔法を当てた(あるいは躱された)時には、既に早足で歩いたりダッシュしたりで有利なポジション取りをしているからだ。

 そもそもが相手の嫌がるところや、自分の有利なところへ足早に。時には軽く走って。

 なのでこの男も一直線には攻撃してこれない。もし突っ込んだら、その魔法に当たるから。


 だが一瞬『消える』と言うのは感覚的なものだけのはずで、実際にほとんどの相手は目で追えているだろう。にも関わらず皆が『消える』『掴めない』『いない』という理由は……実はウェインにもよくわかっていない。他の魔法使いはこういうことをやらないので、そもそも相手にしたことがないためだ。


 男は髪をかきあげる。

「動きながら魔法が扱えるのか……!?」

 そう。術者の能力と訓練次第で、これぐらいのことはできる。

 但しウェインには簡単なことだったが、他の魔法使いはほとんどやらないようだけれども。

 それは魔法使いとは後ろから火力支援である、と教わっているためだろうか。


 しかし一方のウェイン。こちらも攻撃が届かなかった。

 距離を取りすぎているから、というわけではない。普通なら当たる距離なのだ。

 今まで戦ってきた中で、この距離で魔法を躱されたことは一度もなかった。

 ウェインは軽く歩きながらでも魔法は簡単に扱える。それでも勇気はかなり必要とした。

「それならっ!」

 魔法を当てるためには少し近づかなければならないようだ。ウェインは一歩踏み込み、初級魔法の一撃を放った。

 それは男の剣に当たって拡散したものの、男の身体に衝撃を与える。

 今度は命中だと思った。

 だが初級魔法の一撃を浴びてなお、男はウェインに突進してきた。

 疾い。

 両手で持った剣で突いてくる。

「はっ!」

「たっ!」

 バスタードソードは重くて長い剣だ。両手で持ったとは言え、ここまで速く突きが放てるものなのか。ウェインはなんとかサーベルで受け流した。だがこれはフェンシングの試合でも見たことのない速さだ。

 ウェインはバックステップと同時に炎の初級魔法を男に叩き込んでいた。


 ……まだだ。まだ相手は動ける。ウェインは油断どころか、緊張・焦燥した。そもそもが(他の魔法使いより格段に上とは言え)ウェインは実戦経験に乏しい。味方の援護もない中で、ここまで戦うのはリスキーすぎる。


 男は大きく肩で息をしながら言う。

「この速さ、精度に威力。止まらずに動きながら攻撃できるって存在。まさかお前はウェイン・ロイス?」

「……。そうだ。だったらなんだ?」

「光栄だ。あのウェインを倒せば名が売れる」

 有名人だとこういう時に困る。

 ウェインは言う。

「だが俺にはまだ余力があるぞ。そっちは、そろそろ逃げないのか?」

「余力なら、こちらにもあるさ。名乗らせてもらう。レーン・スタイナーだ」

「レーン・スタイナー。心底、強敵だと思う」

 一般的に、強い戦士は金属鎧を着けている。だがレーンと名乗ったこの男は革鎧だ。防御力の差というより、ウェインからは『素早さ』が驚異に見える。この、楯も持っていない革鎧の男。しかも一撃の攻撃力と長いリーチというのはウェインにとっては相性が悪い。

 しかもスピードが半端じゃない。魔法は直撃させにくく、『魔法パリィ』もできる。武器での攻撃は桁外れに速い。


 大抵の魔法使いの戦いというのは、前衛を守ってもらって、遠くの重装備の戦士を高威力の魔法で叩く、というものだ。それがこのレーンの前では逆の要素が多すぎる。

 もはや初級魔法程度の直撃では信頼できない。この男の突進速度を止めることができない。いやまずそもそもが躱されるのだ。となると中級魔法しかないが、それには準備に少し時間がかかる。

 ウェインは後退しながら中級魔法の準備を始めた。そこにレーンのバスタードソードが襲いかかってくる。

 二発、三発と受け流しているうちに、その剣の速さがさらにどんどんと速くなっていくことに気がついた。

「こ、れはっ……!?」

「殺すつもりはないよ」


 確実に、手加減されている。

 それを証明させる事実が、次の瞬間起きた。

 レーンが『視線』と『剣の角度』で同時にフェイントを入れてきたのだ。

 ウェインはあっさり引っかかる。だが、その隙をレーンが打ち込んでこない。変わりに左の下段回し蹴り……それを右足の裏、ふくらはぎの部分に当たった瞬間、ウェインの右足は自重に耐えきれず崩れ落ちていた。少し呆然とした。数々の『ローキック』は受けてきたし、それを防ぐ技術はあると自負していたのだけれども。


 膝立ちになる……蹴りを受けた側の脚が震えていた。ウェインは苦手な魔法だったが『白魔法』で治癒をする。ほんの少しだ。威力もないが、そもそも時間もない。

 なんとか立ち上がって、後ろへ跳ねる。地面に風の魔法を幾つか叩きつけ、砂煙で煙幕を張ったが……この闇の中、どれほど効果があったか。砂煙よりも『音』のほうが役立ったはずだが。

 しかしこの男、レーンに遊ばれている感が強い。


 わかってたとは言え、白兵戦は分が悪い。

 足だ。相手の足を止めなければ接近されるだけ。ある程度接近されたら、初級魔法だけしか扱えない。それでは相打ちになった時、こちらが致命傷を受ける。

 ウェインは中級の魔法を準備した。ただ一点、これまでと違うのは選んだのが炎の魔法ではなく、風と炎の混合魔法……『爆発魔法』だった。

 『魔法パリィ』で受け流された瞬間に、手動で爆発させる。深く刺さらなくても相手にはダメージがいくはずだし、音と光での威嚇もできる。

 レーンの突進に合わせて、中級爆発魔法を放つ。浅い角度で弾かれないよう、勇気は必要だったがウェインも踏み込んで放った。


「!」

 パリィで弾かれた……が、ここからだ。命中した次の瞬間には爆発させて魔力の破片を飛び散らせる。それはレーンの身体に被害を与えていた。

「くっ……」

 ウェインの中級爆発魔法を受け、レーンは一瞬止まった。だが、前へ出ようとする圧力は変わらない。

「おぉ。強いなウェイン……」

「そりゃどーも」

「悪いが。もう……手加減できそうにない」

 闇の中、レーンの瞳が輝いた気がした。


「言っとくが、俺も手加減はできないぞ。もしも願いが叶うなら、レーンがこのまま逃げ出してくれると嬉しいんだが」

「それはちょっとな。これだけ強力な魔力を前に、背中を見せるのはやはり危険だ」

 ウェインとレーン、暗闇の中、互いに対峙する。

 ジリジリと間合いを詰めてきていたレーン。もう少しで自分の魔法の間合いに入るウェイン。動いたのは、一瞬先にレーンのほうだった。

「おぁあああっ!」

「はぁあっ!」

 直後、バスタードソードの突きがきた。

 今までで一番力の入った突きだ。ウェインは男に初級魔法をぶち込んだ後に慌てて横へ回ったが……流石に態勢を崩してしまった。

 そこに振りかぶって、左肩口からの斬撃が来る。恐ろしく速い斬撃。

「捉えたっ!」

「おぁああっ!」

 受け止めきれなかったサーベルは折れ、レーンのバスタードソードはそのまま袈裟斬りでウェインの左肩口を深く切り砕いていた。だがウェインもカウンターで、用意していた中級の爆発魔法をレーンに叩きつけていた。

 倒れかけながら後退したが、ウェインは膝の力が抜けていくことに気づいた。

「っ!」

 まだだ。まだ終わっていない。ここで倒れたら……恐らく死ぬだろう。


 左の肩口をやられたが、サーベル越しだったので深くは入らなかった。まだ致命傷ではない。鎖骨が砕けただろうか。場所的に内臓まではやられていないはず。左腕はほとんど動かない。痛みは感じるが、まだ酷くはない。……戦闘時の興奮状態のウェインの場合、痛みは遅れてやってくることがほとんどだった。ありがたいと言えばありがたい。

 傷の確認は、これ以上は後回しだった。まだ眼前にレーンがいるのだ。


 ウェインは折れたサーベルを投げ捨て、後ろの腰にマウントしてあった大型ナイフを引き抜いた。これでも一撃ならば防御できるかもしれないし、まあ威嚇程度にはなるだろう。

 それから呪文の詠唱に入った。

 中級魔法でダメなら、上級魔法を当てるしかない。……今の中級魔法が充分なダメージを与えていれば、もう心配はないのだが。




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