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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス
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今までのことと、これからのこと

 レオン王国が誇る魔法都市ラクス。

 魔法の技術と、商売の繁盛と、水資源と。色々揃って繁栄している街。

 そこの魔法学院の初等部、黒魔法初級クラス(子供たち)の教育実習生『補佐』として、ウェイン・ロイスはいた。指導中である。

「どんなに魔力が高くても。精度と魔力の体内調律が悪ければ、優れた魔法を放てない。その火力は、カタログスペックからはほど遠くなります。なので地味だけど毎日の訓練をよくしておくように」


 ウェイン・ロイス。17歳。洒落っ気のまるでない黒髪に黒い瞳。そして普通の魔法学院の制服。やや高めの身長は目立たないが、一般人よりも少し鍛えられたその筋肉は、普通の魔法使いに比べて目立つところだ。……もっとも筋肉は普段、制服に隠れていて誰にも気づかれないけれども。

 そしその容姿は人並みなのだが、彼はここ魔法都市ラクスで今一番の有名人と言える。いやこの国、あるいは近隣国全体でもだ。


 一方、教室でウェインの反対側にいた少女も言う。

「はーい、みんな。ウェイン先生の言ったことは宿題として、努力を続けていくようにね」

 彼女はエリストア。ふんわり優しい雰囲気。ウェインより1つ年下の16歳。

 エリストアが魔法学院初級クラスの教室の教壇で声を上げる。

 学級担任のビル先生が声を出す。

「では、今日の授業はこれで終わります」

 生徒の子供たちは声を上げて礼を言うと場の空気が弛緩した。


 ウェインとエリストアは目を合わせると、軽く笑顔になった。

 エリストア・クリフォード。愛称でエルと呼ばれる。小柄で金髪、碧い瞳。少し長い髪の毛をストレートに降ろしている。おとなしめ。彼女は魔法学院、高等科の白魔法履修生。ウェインと似た状況で初等科で教育実習を行っていた。

 整った顔立ちと、あまり育っていない控えめな身体のライン(特に胸)は少々ギャップがある。

 性格は内気で引っ込み思案。同年代の友人と仲良くなるのは遅い。それが男性相手とならばなおさらだ。

 だが仲良くなった人からの評の多くに『透明感』が上げられる。小動物的な可愛さがあるわりに……凛とした何かがあるためだ。

 飛び級だったウェインは、最初『同年代』かつ可愛い女の子、くらいに思っていたが。彼女の声やら仕草やらに、すぐに惹かれるようになっていた。


「みんな、頑張ってなー」

「はーい、ウェイン先生」


 子どもたち、と言っても魔法使いの駆け出したちは教室から出ていって……そこで学級担任のビル先生がウェイン達に声をかけてきた。

「ウェイン君にエル君。今日の授業のまとめは、君等らでやりなさい。後で私の持っている資料と突き合わせる。私はちょっと会議があるので、遅くなるが……」

「はい、ビル先生」

「それでは。しかしまあ……キミたちももう大丈夫だとは思うがね」

 教室から教師が、続いて教えを受けていた生徒たちが帰っていく。ウェインとエルは軽く手を振って挨拶をした。

「エル、今日の授業のまとめは後だって。とりあえずラウンジにでも行こうか?」

「うん」

 ニッコリと微笑むエル。愛らしい。少なくともウェインはそう思っている。

 エルは華があって美人というタイプではないが、逆に儚げなところが可愛らしい。

 エルとはエリストアの愛称だが、本来はエリスというあだ名になりそうだった。しかし同学年に既にエリスさんがいたので、エリストアはエルで通っている。


 彼女は『白魔法』の適性が高く、魔力も高い。それどころか学院最高峰と言える。だが師匠の教えについたことがないようだ。また魔法学院の外ではあまり実績がない。


 一方、ウェインがココに入学した時。そこで驚かれたのは魔力の高さと、尋常じゃない黒魔法の適性の高さ。ウェインは次々と飛び級を繰り返し、数々の学園のテストで異常なまでの数値を叩き出す。

 彼はすぐに進学し本科生になり、間もなく形の上では卒業した。これは歴代でも最年少の部類に入る。久々に現れた期待の新星にラクスの街やレオン王国、諸外国までもがウェインを讃えた。

 そんなウェインには既に『二つ名』がついていた。それもかなり有名なもの。

 100年以上も前に活躍した、多芸で優秀な魔法使いアッシュ。そこからウェインは『アッシュの再来』と呼ばれていた。アッシュは戦術レベルでも色々やったようだし(隠密術から白兵戦まで)、戦略レベル、あるいは政治的に口を出すこともあったらしい。しかしそれよりも彼は魔法都市ラクスに、最も好かれた魔法使いだったそうだ。


 ウェインとエルはラウンジについて席に座り、手持ちの資料をテーブルに置く。ここは天井が高く、かなりの開放感が味わえる……のだが、普通の魔法使いにはそういうことはあまり興味がなかった。

 なのに割と魔法使いが集まる場所なのは、やはり便利な施設であるから。

 ウェインは言う。

「今日は授業が随分進んだな」

「そうね。ウェインのおかげだよ。純粋魔力の合成や魔法の調律の教え方が上手かったもの」

「あそこらへんは概念として捉えておくだけでも違うと思う。モニカくらいにレベルが高ければ別だけど」

 ウェインは、彼の二番弟子のことを思っていた。モニカ。まだ未成年。犬っころのように懐いてくる存在だった。……もともと弟子に取ることには後ろ向きであったけれど、やはり事情もある。

「俺もさ。教えることは慣れてないんだけど。生徒が優秀なんだろ」

 授業の進捗表をつける。今のところ授業に余裕はある。少し迷ったが、聞いてみた。

「エルはさ、魔法学院の高等科を卒業したら教師になるのか?」


 エリストアは少し小首をかしげた。

「わからない……。一応免許だけは取っておこうと思って教育実習なんてやってるけど。そういうウェインは? 教師になるの?」

 実のところ、エルとここまで打ち解けた話題をするのにはかなりの時間を要した。もとが内気で引っ込み思案のエリストアだ。当初はなかなか会話が続かなかった。怯えているのかどうなのか、フリーズしたり逃げられたりと言うイメージしかなく、嫌われているのかな……と思うほど。

 ラウンジの窓を見ながら、呟くように言う。

「んー。俺はどうかなぁ。教えるのは性に合わないし。一応資格は取っておけと言われたけど」

「お弟子さんを取って長いんでしょう? アヤナさんとかモニカちゃんとか」

「ああ。貴族の。魔法学院から押し付けられた。アレだって魔法の見込みがあるほうじゃない。あとモニカなんて未成年が押しかけてきて強引に弟子になっただけで。でも、あっちは魔法の見込みはあるかな」

 ウェインは将来。ずっと魔法学院を通して、魔法を使った何かをしていくんだろうと漠然と思っていた。しかし色々とやってきたが、未だに納得できる答えは出ていない。


 期待の新星ウェイン・ロイスが学院を卒業した時、魔法学院はウェインの存在を放したがらなかった。他で就職されるよりは自分のところでの広告塔に使いたかったのだ。だから(本命の)研究職の他には教職、経営含む事務員、保安部まで打診されている。今はその猶予期間というわけだ。

 なので今は教師になるための教育実習(補佐)なんてものをやっているのだが。

 ウェインは口に出す。

「俺さ……。魔法で努力はいっぱいした。誰よりも努力したと思う。でも魔法が好きだった。だから努力が苦にならなかった……と言うか楽しかった。小さい頃から砂場で遊ぶことよりも魔法の調律のほうが楽しかった。今でも日課で調律と錬成している。トレーニングも怠ったことはない。何よりも、それが好きだから。……こんな人間が、誰かに物を教えることができるだろうかと心配なんだけど」

 世の大半の人間は魔法の努力が『苦痛』のようだ。だから原理だけ教えて後は自分でやっとけ、では『教えたことにならない』と思う。気持ちよく努力させることも含めて教師の仕事なのだと、最近ウェインは気がついていた。


 エリストアは金色の髪を掻き揚げ、ちょっと瞳を向けてくる。

「でもさ。ココにいる人たちはみんな魔法が好きな人たちだけだよ?」

「んー」

「じゃあウェインは研究職になるの?」

「そう思うけど……。一個、問題がある」

 ウェインは窓から空を眺めながら言った。

「研究職では視野が狭くなる。今以上にだ。学院からは今後とも研究施設は自由に使っていいと言われているけど……今は自分の視野を広げる何かをしたいというのが本音かな」

「視野かぁ」


 ウェインは肯いた。

「俺は軍事教練でも戦場に出たことがある。その時、前に出すぎて、魔法の届かない遠距離から弓で狙撃された。幸い当たらなかったが、アレが当たっていたら俺は死んでいたかもしれない。だからってわけじゃないが、魔法使いも、魔法だけではだめなんだと思う」

「そっか。それでウェインは最近色々やってたのね」

「どれも素人レベルだけどさ。弓、クロスボウ。乗馬、水泳。剣を使っての白兵や、柔術系の格闘術、偵察術、隠密行動。白魔法を磨き直しているのもそうだし、やることは無数にある」

 それは戦場を『把握』する技術といえる。例えば『弓』のことを知っていれば、相手が隠れた場所から弓を撃ってくる……そのタイミングやその『地点』がわかる。

 ……魔法使いは『向かい合ってからのタイマン』なら得意だが、他の要素が加わった『戦術』では苦手なことが多い。

 そしてそれは。実は魔法使いの多くが、それを認識していない。


「『訓練』って言っても、時間は有限だし。だから色々考えてるんだよね」

 エルは瞳をくるくるさせる。

「そういうの考えられるって、凄いね」


 少し、間ができた時に。ウェインはその愛くるしい女性に向けて言葉を出していた。

「んー。エルってかわいいよなぁ……」

「どっ、どこらへんがっ!?」

「どこらへんと言われても。色々と」

「色々!?」

 なんだか、わたわたしているエルだ。

 ウェインの次の言葉は、自分でも驚くほどにパッと出た。


「なあエル。恋人とか、好きな人とか……いるの?」

「え!? えと、あの、そのっ……ありがとうございますっ!」

 明らかに挙動不審になっているエルだ。


 ウェインの目から見てエルはとても可愛い。恋愛対象でもある。むしろ今までの女性の中では、最も惹かれている一人だと言えた。

 これが単純に『同世代』だから、と言うわけではない。ウェインの好み(性癖?)は『黒髪ロング』だったが、エルは黒髪ではないし。


 ウェインにとってはあまりない出来事だったが、エルと話していると時間があっという間に経ってしまう。何より楽しくなる。反面、彼女に嫌われていないだろうかと何度も気にするし、気を遣う。

 これまで多少は女性とお付き合いがあったウェインだったが、今までにない感覚だった。


 彼女と、もっと話していたいな……と思ったが。時間になった。

 ウェインは立ち上がった。

「悪いエル。俺はこれからボクシングの練習があるんだ」

「ボクシング?」

 ラクスで定番の護身術と言えばフェンシング、レスリング、そしてボクシングだ。

 『競技人口が多い』武術であれば、とりあえず流行りを選ぶのは間違っていない。数多く、相手も多様で、そして安上がりに訓練が積めるためだ。何かこだわりがあれば、後に転向して構わないし。

 ウェインは、フェンシングは子供の頃からやっていて大会に出場し優秀な成績を取ったこともある。レスリングは学校で習っていたが、今は各種柔術をやっている。そしてボクシングだが……実を言うとそれは『殴る』ためを目的としていなかった。

「『間合い』を掴むのにボクシングは役立つからね。今、少し磨き直して練習中」

「大変なんだね」

「うん。魔法での『努力』で大変な思いをしたことはないけど、流石に運動系での努力は大変。色んな分野で、始めた頃は辞めようかと思ったくらい」

 エリストアは軽く口を押さえた。

「え!? ウェインでもそんなに思うことあるんだ?」

「もちろん」

「ウェインって何でも全部簡単にやってるように見える……って、みんな言ってるわ」

「えー。なにそれ。じゃあ俺、もう少し苦しそうにしたほうがいいかな?」

「ふふっ。そうかも」

「ん。じゃ」

 軽く片手を上げて背中を向けると、エルから少し大きな声が背中にかかった。

「あ、あのっ、ウェイン!」

「ん?」


 エルは両手を胸の前でギュッとした。


「その……頑張ってね!」

「嬉しいな。ありがとう!」


 エリストアと別れて魔法学院の外に出る。

 まだ夕方前なのに賑やかな繁華街を、軽く突っ切っていく。

 魔法学院から少し離れた道に、ウェインの通っているボクシングジムがあった。ここはプロボクサー養成というよりも、魔法学院生の健康管理目的の利用が多い。サンドバッグだけを叩いてリングで実戦はしない利用者も数多い。

 ……ウェインの格闘戦、あるいは白兵戦の実力は、まだまだだ。本人だって自覚もしていた。

 しかしどうやら、魔法やら何やらを組み合わせて動いている人間は世界でも数が少ないらしい。


 そして例えば。『移動しながら魔法を使ったり』などの、ウェインならごく普通にやる使い方を。

 世界ではほとんどの人が、やっていないようだった。

 できないようだった。

 当人も最初は「あ、そうなの?」ぐらいに思っていた程度だったのだけれども。


---


そして、予約通りに行ったボクシングジム。

後に思い返せば、何やらコレが運命の分岐点のようだった気がする。




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