#8 赤目
この船が宇宙に行けることは知っており、あの三色の星に時々、ルイスが出向いていることも承知している。
だが、私自身がその星に行ける日が来るとは思わなかった。
施術師として、あの3つの星の存在は決して無視できない。我々施術師は、天三星とは深い関わりがあるからだ。
私は、自分を産んでくれた両親のことを知らない。
物心ついた頃から、私は教会の運営する孤児施設にいた。何ゆえ私が両親と離れ離れなのかは、知らない。死別か、それとも捨てられたのか。捨てたとするなら、それは生活苦ゆえか、それとも別の事情か。
ただ一つ、思い当たることがある。それは私が「施術師」だということだ。
施術師という存在は、我々の帝国内ではあまり快く思われてはいない。それは、生と死の狭間を行き来できる者だからなのだろう。有り体に言えば、穢らわしい存在だ。できれば関わりたくない相手、そう思う心ない者の態度や言葉に、私はこれまで何度も直面してきた。
だから、おそらく私の両親は、私が施術師の能力を持つ者ゆえに捨てたのではないかと思っている。天三星が天頂に達した夜に生まれた、右目が赤く、左目が青い私を見てすぐに、孤児施設に引き渡すと決めたのだろう。私に姓がなかったのも、私とのつながりを絶とうという両親の強い意志の現れでもあるのだと、今もそう思っている。
実際、施術師には孤児出身者が多い。現実に、この呪われた我が子を捨てる親が多いことの証左だ。
だから私は、私の人生を決定づけたであろうあの天三星を、この目で間近に見てみたいと思っていた。図らずも今、その願いが叶おうとしている。
と言っても、あの三色の星を見たところで、何かが起こるわけではないだろう。そもそもなぜ星の配置で施術師のような能力を持つ者が生まれるのか、この宇宙の最新の科学をもってしてもまったく分かっていない。だがこの施術の能力は、この宇宙では私の住む地球882でしか見られないと聞いた。それほどまでに稀少な運命を授けるあの3つの星を直に見たいと思うのは、施術師としては当然だろう。
『ワームホール帯突入まで、あと7分!』
『ワープ前点検!各員、チェック出来次第、報告せよ!』
『長、短距離レーダー、正常!』
『機関室より艦橋!機関異常なし!』
『砲撃管制室より艦橋!主砲、およびエネルギー粒子伝達管、問題なし!』
これからワープという、一気に彼方遠くの場所まで跳躍する方法で、あの3つの星の並ぶ星域へと向かう。私は1人、ベッドに座りモニターを眺めていた。
ところでルイスは今、この部屋にはいない。彼は今、砲撃管制室にいる。
なんでも、ワープアウトした瞬間に敵と遭遇する場合があるため、敵襲に備えていつでも撃てるよう、砲撃管制室で構えているらしい。ということはつまり、過去に待ち伏せ攻撃をくらったことがあるということだろう。だから今、ルイスは戦闘に備え、私は一人、この部屋にいる。
『ワープまで、あと5…4…3…2…1…ワープ開始!』
艦内放送で、ワープに入ったことが知らされる。だが、特にこれと言って変化はない。ただモニターを見ると、さっきまで映っていた星が全く見えない。
しかし、すぐにこの暗い空間を抜け出す。モニターには、明るい星が一つ見える。
青色の星。おそらくここが、あの3色の星のある場所。その中の一つである青い星が今、目の前に現れた。
見たところ、ごく普通の太陽のように見える。ルイスによれば、わずか1光年ほどの距離に、3つの星が存在している。それらの星々は互いの重力で引き合い、何万年もの周期で互いの周りを回り続けていると言う。
その中でもこの青い星は一際明るく、3つの星の中でももっとも大きな星らしい。ただ、この3つの星の中で最も寿命も短く、数百万年後には大爆発を起こして消滅する運命だと言っていた。
その向こうには、黄色の星が見える。遠くにあるせいか、明るい光の点でしか見えない。あれが2つ目の星か。
となると、もう一つの星、赤い星も見てみたい。だが、このモニターにはまだ映ってはいない。
ところで、私の赤い右眼は、施術師の中でも極めて珍しいとされている。大抵は青と金色の瞳とされているが、私は赤い目を持つ。
確かに、あの大戦の際に国中から集められ組織された第3施術隊にも、赤目を持つ者はいなかった。おかげで私は、施術師達からも随分と奇異な目で見られた。
同じ施術師でも、赤目の者しか持ちえない力がある。その力は、私の命を救ったこともあった。だが一方でこれは、途方もない脅威でもある。
施術師の目の色を決めているのは、間違いなくあの三色の星の色だ。まさに青、黄、赤の星の3つの色から2つの色を授けられた人々のみが、ゾンビを生み出す力を持つ。
そして赤い目を持つ者だけが、加えて厄介な力を持つこととなる。
その原因となる赤い星を、間近に見てみたい。そう願うのは当然であろう。
ルイスによれば、赤い星はすなわち、老齢の星なのだという。
あと数百年か、あるいは数万年後には爆発を起こし、その寿命が尽きると言われている星。この3つの星の中でも最も小さく、そして最も長く存在している星だと聞いた。
なお黄色の星は、我々の地球882の星域にある太陽と同じくらいの星であり、こちらはまだ数億年は光り輝けるという。もっとも、その寿命の前に青い星の爆発とともに吹き飛ばされる運命だという。なお、その頃には赤い星の方はすでに寿命尽きて、赤色矮星という頼りない星に変わっているだろうと言われてるそうだ。
さて、部屋にいても仕方がない。私は、部屋を出る。そして、食堂へと向かう。
この艦内は、食堂と展望室、そして会議室くらいしか私のいる場所はない。外から見れば大きな船だが、そのほとんどは主砲と呼ばれる巨大な大砲が占めており、人の住む場所は限られている。それゆえに、あまり娯楽を楽しめる場所はない。
それでも私がここにやってきた一年前は、私にとってここはまさに天国であった。なにせ、砲弾や銃撃に怯える心配がない。夜もぐっすり寝られる。重苦しい機関音や、時折流される艦内放送が煩わしいと感じることはあるが、それでも昼夜問わずに撃ち鳴らされる効力射砲撃の音に比べたら、些細なものだ。
しかし、人間というのは贅沢なもので、ショッピングモールや帝都の生活に馴染んでしまうと、ここが退屈に感じてしまう。すでに私もそういう域に達してしまった。
そんな退屈な駆逐艦生活で、唯一の楽しみと言えるのが、補給時の戦艦訪問だ。
今でこそ宇宙港が存在し、地上に停泊できる場所ができたが、彼らがここにきたばかりの頃は、弾薬や燃料、そして食料はすべて戦艦と呼ばれる大型の船から供給を受けていた。
その大型の船に横付けし、補給物資を運んでいる10時間ほどの間は、その戦艦という大型船に乗船することができる。
そして、その大型船の中には、2万人が暮らしている街がある。
その街はまさに、ショッピングモールのような場所だ。そこには多くの店があり、また2万人が住む住居も共存している。そこで駆逐艦の乗員らは息抜きをする。私も一年前の駆逐艦暮らしの際は、何度か行った。
なんと華やかな世界が、この世にはあるものだと感じた。ルイスに連れられて、ズコット以外の甘いものもたくさん食べた。スマートフォンなる道具も、その街で手に入れた。我々の星では考えられないほど美しい映像で魅了する映画も観た。
そして、ルイスに告白されたのも、その街中のある公園のベンチの上だった……
などと考えていたら、もう食堂についてしまった。ここは本当に狭い船だ。そしてその食堂は、暇人で溢れている。
いつ来てもここには、10人から20人の乗員がたむろしている。もっとも今はワープ後の待ち伏せに備えて警戒態勢を敷いているから、いつもよりは少ない。
「あれ?カチェリーナちゃんじゃないか?」
「あ、本当だ!カチェリーナちゃんだ!なんだルイスのやつ、今回は奥さんを連れてきたのか?」
「おお、そうだ。私がここに来たいと言ったら、ルイスのやつが連れてきてくれた。皆、久しぶりだな。」
そこにいたのは、以前の駆逐艦暮らしで馴染みとなった乗員達。時々、ショッピングモールや帝都で顔を合わせることはあるが、こうして一同が顔を揃えているところを見るのは久しぶりだ。
「そういやあルイス中尉のやつ、何しているんだ?」
「ルイスは砲撃管制室に行っておるぞ。そなたらと違って、ワープ直後の待ち伏せに備えておると言っておった。そういうそなたらは、何もしておらんのか?」
「あははは……俺は哨戒機パイロットだから、戦闘でも起こらない限り役には立たないよ。」
久しぶりにこの食堂で、乗員らと談話に興じる。ここは狭い船だが、良い人が多い。私もあの塹壕の地獄からここに来て、幾分か救われたものだった。
「ああ、そうそう、そろそろワープ後の警戒態勢が解けるはずだから、ルイス中尉もここに来るんじゃないのか?」
そこに現れた別の士官が、私にそう教えてくれた。そういえば結局、敵艦隊による待ち伏せはなかったようだから、ルイスもすぐに解放されるようだ。
やれやれ、これで少しはここも賑やかになる。そう思いながら、私は食堂の天井に備え付けられたモニターに目をやる。
そこには、赤い星が映っていた。さっきは青と黄の星しか見えなかったが、ようやく見えるようになったのか。
しかし、この3つの星の中でも最も小さな星だそうだが、近くで見てもやはり頼りない。これが私の赤目の源かと思うと、不思議でならないな……
が、その時、右眼にとてつもない違和感を感じる。
ズンズンと響く感じ。そう、この感覚に、覚えがある。
私の赤い右眼は、疼くことがある。それは、私が命の危機を感じた時だ。その時、今のように赤目がズンズンと鼓動を感じ、疼くのだ。
そしてそのとき、赤目は「力」を発揮する。
「やあ、カチェリーナ、お待たせ。やっと解放され……」
その時、ルイスが現れた。私は思わず、振り返る。そしてルイスと、目が合ってしまった。
そしてルイスはそのまま食堂の床に、倒れてしまった……