#5 買い物
「ねえ、カチェリーナ!休みだ!海に行こう!帝都テルマンスクの白い海岸に!」
あの戦闘の終結で、我々軍人に1週間の特別休暇が与えられた。せっかくの休みだ。カチェリーナとともに、のんびり満喫しよう。
「なあ、ルイスよ。一つ、聞いてもいいか?」
「なんだい、カチェリーナ。」
「なぜお前は、海辺の岩場に張り付くフナムシのようなことがやりたいのだ?」
相変わらず、連れない返事だな。僕は応える。
「こう考えるんだ。フナムシの方が生物として正しい本来の生き方をしている、人間の方がおかしいのだと。」
ということで、僕とカチェリーナは海へ行くことにはなったのだが、2人とも水着がない。どうせなら、ビーチチェアとパラソルも2つ欲しいな……ということで早速、僕らは近所のショッピングモールに出向き、それらを買い揃えることにした。
相変わらず、浮かない顔でショッピングモールの中を見回すカチェリーナ。あの大戦以来、人混みというものが苦手らしい。塹壕での日々を思い出すという。
いやあ、こんなに明るくて賑やかで、魅力あふれる商品が並ぶ塹壕なんてないだろう。大戦以前に、元々人混みが苦手なだけでは?
「ねえ、カチェリーナ。」
「なんだ。」
「いつものところから、行こうか?」
「……分かった。従おう。」
ところがそんなカチェリーナにも、楽しみが一つある。それはこのショッピングモールの4階にある、フードコート内のカフェショップに存在する。
ランチタイムからは大きく外れたこの昼下がりの時間は、広いフードコートも人が少ない。その空間の端の方に、目的の店はある。
閑散としたフードコート内でも、ここだけは比較的人が多い。コーヒーカップ片手にスマホで何かを調べる人、恋人同士、数人で談笑する一団などがいる。その一角の席に、僕らも腰掛ける。
「じゃあ、買ってくるね。」
カチェリーナを席に残し、僕はその店に行く。そこで、いつものセットを注文する。
それをトレイに乗せて席に運ぶと、カチェリーナが銀色の髪を揺らし、そわそわしながら待っている。いつもクールな表情だが、このときばかりはさすがの彼女も感情が抑えられないようだ。
「やあ、お待たせ。カチェリーナお楽しみの、ズコットだよ。」
「べ、別に楽しみになどしていない!私はルイスに付き合っているだけだ!」
口ではそう言って譲らないカチェリーナだが、顔の方は正直だ。物欲しげな表情で、トレイの上に乗る丸いスポンジケーキを捉えている。
ズコット。この店では「スポンジケーキ」と呼んでいるそれを、彼女はそう呼ぶ。聞けば、ペレスグラード正教の司祭達が、行事の後に食べるスイーツのことだそうだ。
年に一度だけ、カチェリーナら下層の施術師達も、それを食べられる機会があるのだという。それは晩秋の頃のある記念日、この星の9月33日に、その機会が訪れる。
この星は1年が371日で、月は11、ひと月が33から34日ある。そして9月33日は、この国の正教会にとっては重要な日でもある。
その日の出来事は、正教会の聖書に記されている。
ある日、この国に多数の魔物が現れた。それは地平線の向こうから蝗虫の大群のように押し寄せ、瞬く間に街を一つ滅ぼした。そしてその魔物は、帝都テルマンスクの海から押し寄せてくる。
海岸に上陸し、容赦なく兵士達を次々と屍に変える魔物らは、ついに帝都を取り囲む。だがその時、司祭の1人が死んだ兵士の1人に触れて、叫ぶ。
「黄泉に向かう兵士達よ、今一度、現世に蘇り、我の力を貸せ!」
その司祭の呼びかけに応じたのか、死んだ兵士達が次々に立ち上がる。魔物らはその兵士達に襲い掛かるが、いくら引き裂いても立ち向かってくる。やがて、無敵の死兵達に囲まれて、魔物らは全滅した。
それが、今から900年ほど前の9月33日に起きた出来事だという。そしてこれが「施術」の始まりだと、その聖書には記されている。やがて人間らの街は大きく発展し、大陸一の国家となった……
この話は、ところどころ史実ではあるまい。魔物などこの星にはおらず、おそらく別の国家が送り込んだ軍のことを「魔物軍」と呼んでいるのだろう。だが、ゾンビを使って戦ったという下りは事実ではないか?現にそういう戦いを、先の大戦でも行っていた。むしろあの大戦のゾンビを使った作戦は、この聖書の一節をヒントに考え出されたものかもしれない。
ともかくだ。この戦いは唯一、聖書に記された施術師の活躍を伝えるものとして、その日を施術師達への感謝の祈りを捧げる日としている。そこで振る舞われるのが、ズコットというケーキなのだという。
カチェリーナがこの店に初めてやってきた際、レジ横のケースに置かれたこのケーキを見て驚き、ケースに張り付いた。普段はあれほどクールな振る舞いしかしない彼女が、この時ばかりは店員もドン引きするほどの驚愕ぶりだった。
以来、ショッピングモールに来ると、ここでまずお茶をするというのが、僕ら夫婦の習慣となる。もちろん彼女は「ズコット」、それに紅茶を加える。
僕は毎回違うものを頼むが、今日は珍しく彼女と同じズコットにしてみた。それにアールグレイの紅茶をセットにする。
目の前に置かれたズコットを見るや、ぱあっとカチェリーナの顔の表情が明るくなる。そして紅潮した顔でズコットを舐めるように見定めると、フォークを握り、無言で食べ始める。赤と青の瞳で、銀色の髪の毛を揺らしながら、いつになく生き生きとした顔でズコットを食べ続ける。
あっという間に、ズコットを平らげてしまった。そして彼女は紅茶を飲み始める。だが、その赤と青の視線は、明らかに僕のズコットに向けられている。
ああ、やっぱり欲しいんだろうな、これが。その視線を察して、僕は自分のズコットを少し切り取り、彼女の皿の上に置く。
「い、いいのか、ルイス?」
「ああ、いいよ。」
再び、ガツガツとスポンジケーキを食べ始めるカチェリーナ。普段はもの静かで、どちらかというと影のある感じのこの女施術師が、この時ばかりはいつになく活動的になる。
それにしても、この一年でずいぶんと明るくなった。駆逐艦に連れ込んだ時は、その可愛らしい姿格好とは違って、無表情だった。もっとも、生い立ちを聞けば、それも納得だ。
彼女は、孤児だった。物心つく頃にはすでに両親はおらず、教会で育てられたという。ただ、彼女は施術の能力を持っていたため、そのまま教会付きの施術師となった。
10歳の頃から施術をしていたという。つまり彼女は、10歳から人の死を見続けていたということになる。あれだけ暗い性格になるのは、当然だろう。
しかも、19歳の時に創設された施術隊に送り込まれる。そこで塹壕戦を何度も経験する。自身の死も覚悟したことなど、幾度もあったと言っていた。
そんな殺伐とした人生から解放されて一年、ようやくここまで明るくなった。そんなカチェリーナを見るのが、僕は楽しい。
そうだな、彼女に合うのは、やっぱりあの水着かなぁ……ズコットを食べるカチェリーナを見つめながら、僕は考えていた。
「おい!」
「なんだい?」
「なぜこっちを、じろじろとみているのか?」
「いいじゃないか、じろじろ見たって。夫婦なんだから。」
「いや、いくら夫婦でも、あまり見つめられるとだなぁ……」
顔を真っ赤にして、なぜか抗議し始めるカチェリーナ。そんな彼女が、なんだかとても可愛い。そんな可愛い彼女を見てると、ほのぼのとする。
「カチェリーナ、これくらいのことでいちいち抗議してたら、この次に行く店は耐えられないよ。」
「な、なんだと!?おい、何をするつもりだ!?」
「そうだね……それは行ってみてのお楽しみだよ。」
今日の目的は、ズコットを食べることではない。この次に向かう店こそ、今日の本命だ。
フードコートを出ると、僕はカチェリーナの手を引いて、その目的の店に向かう。
そこはこのショッピングモールの2階にある、スポーツ用品店。
その一角に、僕とカチェリーナは立つ。
「あ、あわわ……ルイスよ、これは一体……」
「これは水着だよ、カチェリーナ。」
「ちょっと待て!このような露出度の高い服を、外で着るというのか!?」
「そうだよ。別に僕らにとっては、普通のことだよ。」
目の前に立つのは、男女のマネキン。その女性のマネキンが身につけている水着に、カチェリーナは相当ショックを受けている。
「な、なんということだ……こんな破廉恥なものを着て、海岸に行くというのか……?なんて非常識な……」
いやあカチェリーナよ、君の持つゾンビ化能力の方が、この宇宙ではかなり非常識だよ。
「じゃあ、そういうわけで、試着してみよう!」
「な……!?」
「カチェリーナにお似合いなのは……うん、これだ!」
「おい待て!これは水着ではなく、ほとんど下着では……」
「そんなことないよ。ビキニと言って、僕らではごく普通の水着だよ。すいませーん!」
僕は店員を呼ぶ。現れたのは、この店の女性店員だ。
「はい、何か御用でしょうか?」
「これを彼女に着せて欲しいんだ。」
「はい、かしこまりました。では、試着室の方へ。」
「おい……まさかこれを今から着るというのか?」
「そうだよ。」
「いや、しかし……」
「お客様、どうぞこちらへ。」
何か言いたいことがたくさんありそうだったが、店員に連れられて、試着室に入るカチェリーナ。
さて、どんな姿が出てくるのか……楽しみでしょうがない。僕の見立てが正しければ、きっと驚くべき姿で登場するはずだ。
そして2、3分が経過し、ついに試着室のカーテンが開かれた。
銀色の髪、赤と青のヘテロクロミア、透き通るような白い肌、150センチほどの身長のすらりとした身体、控えめな胸。最小限度の部分だけを隠した、白い水着。
うん、予想通りだ。びっくりするほどお似合いだ。これは、僕だけの感性ではない。
「とてもよくお似合いですよ!」
店員も絶賛するほどの姿。それだけではない、店の中にいる数組の男女が、店員のこの声に呼応してカチェリーナに注目する。店内にいるあらゆる目が今、カチェリーナに向けられている。
僕は彼女を見て想像する。白い砂浜、スカイブルーの海、砂浜の上に置かれた1組のビーチチェア、そこに並んで寝転がる、僕とカチェリーナ。
そして、カチェリーナはチェアから身体を起こす。白い肌が太陽の光を反射し、眩しい。その光の中で微笑むカチェリーナに、僕は微笑み返す……
「お、おい!ルイス!これはちょっと、目立つのではないか!?」
……カチェリーナが抗議している。店内の視線が自分に向けられていることに気づき、真っ赤な顔で試着室のカーテンで身を隠す。
僕は、応える。
「カチェリーナ、こう考えるんだ。そうでなくても君の銀色の髪、ヘテロクロミアは目立っている。それをその控えめな胸が打ち消してくれているのだ、と。」
その直後、なぜかカチェリーナは持っていたバッグで、僕の頭を殴りつけてきた。
ああ、明日が楽しみだなぁ。