#18 笑顔
どうもルイスのやつが、おかしい。
いや、こいつはいつもおかしいのだが、今日はいつも以上におかしい。
いつもならば戦闘から帰ってくるなり、部屋にハンモックやらビーチチェアを広げて、部屋中を森や海岸の風景に変えてしまうところだ。だが今日はただ、ベッドの上で私を抱き枕のように抱きかかえているだけだ。
聞けば、今回の戦闘で9隻撃沈、1隻大破という輝かしい戦果を挙げ、戦闘後に昇進まで果たしたそうだが、この男はそれを誇るわけでもなく、ただただ私を抱きしめている。
別に、悪い気はしない。ただ、あれほどの大戦果を挙げ、昇進を果たした人物とは思えないほど、やることが子供っぽい。
時々、私の頭のてっぺんを匂ってくる。それ以外には、ただ私を抱きしめているだけ。子供じゃないな、これじゃまるで動物だ。こんなことは初めてだ。
私は振り向き、ルイスの顔を見る。
「……おい、ルイス」
顔を見ると、満面の笑みだ。私は一瞬、引いた。ドン引きだ。なんなのだ、この男。さっきから何を考えているのか、さっぱり分からん。
「何か、あったのか?」
「いや、別に」
ゆるゆるの顔で応えるルイス。いや、そんなはずがない。きっと何か、あったはずだ。
「ただ今日は、カチェリーナを抱きしめていたいなあって、思ってさ」
「いや、だからなぜ、そう思うのかが気になっているのだが」
「なぜって、そりゃあカチェリーナは、僕の可愛い奥様だからだよ」
あまり理由になっていないな。つい最近、夫婦になったのならともかく、もう10ヶ月はこの帝都宇宙港の街の宿舎で、共に暮らしている。抱き枕のようにされることはこれまでも何度かあったが、いつもの癒し風景とやらの中ではなく、寝室で私をただ抱きしめるなど、初めてのことだ。
まてよ?まさかこいつ、暴走ゾンビになったのではあるまいか。そういえばあのスピリドンのやつ、最近少し調子に乗っているから、いよいよ暴走して、ルイスをゾンビに変えてしまったのかもしれない。心配になった私は、ルイスの手首を握る。
……いや、大丈夫だ。脈はある。少なくともこいつは、ゾンビではない。生きた人間だ。ということはもしかして、先の戦闘の砲撃音で、とうとう頭がおかしくなったか?
「なんだ、カチェリーナ。どうしたんだい、急に僕の腕なんて握って。積極的だなぁ」
「あ、いや、あまりにお前の様子がおかしいから、気になっただけで……」
「そうなんだ。実は僕も、さっきからカチェリーナの服の下が気になっててさ」
「あ、おい!何を」
急にルイスのやつ、元気になった。ベッドの中で、私の服に手をかける。だが、むしろこっちの方がいつも通りだな。どうやら、正気に戻ったらしい。
で、気づけば私とルイスはそのまま、翌朝を迎えていた。
いつのまにか、私は眠っていたようだ。ムクッと起き上がると、身体に違和感を感じる。
……なんてことだ。この格好で、寝ていたのか?
ベッドの下には、私とルイスの寝巻きが脱ぎ捨てられていた。2人揃って、素っ裸のまま寝てしまったようだ。そういえば昨夜は何度も……うう、少し頭が痛くなってきた。
私の銀色の髪の毛もボサボサだ。だめだこりゃ。私は風呂場に向かおうと、ベッドを降りる。
と、その時、ルイスのやつが私の腕を握る。
「おい、なんだ、ルイスも起きていたのか。だが、もう相手してやらないぞ。髪がボサボサで、気持ち悪い。私は今から、シャワーを浴びる」
「うん、分かった。ところでさ、カチェリーナ」
「なんだ」
「今日は2人で、ショッピングモールに行かない?」
それから2時間後。私とルイスは、4階建てのあの馬鹿でかい店舗の前にいた。
ようやく輝きを取り戻した銀色の髪をなびかせながら、私とルイスは手を繋ぎ、建物の中に入る。にしてもだ、まだこやつは私にべったりだな。
「なんじゃ、おみゃーさんら、今日はべったりだがねぇ」
後ろから、声が聞こえる。この話口調は……振り向くと、案の定そこには、あの370年物の干物がいた。ルイスが、この干物に応える。
「なんですか、聖人様。僕ら夫婦が、べったりしてちゃいけないんですか?」
「誰もそんなこと言うとりゃせんは。ただな、羨ましいなぁと思うてな」
「ほんとですよ。全然性格が違うのに、なんだってこれほど仲良くいられるんですかね?」
よく見ればその横に、サンドラ准尉がいた。なんだこの2人、また一緒に歩いているのか?
「そういう聖人様とサンドラ准尉で、一緒にお出かけですか?」
「そうなんだがね。今日もサンドラちゃんとデートしとるんよ」
「何を言ってるんですか。デートって言うよりは、介護してるって感じだけどね」
「なんじゃ、それじゃわしがまるで、老いぼれじじいみたいでにゃあかね」
「こんだけ干からびといて、まさか若いだなんて思ってたんですかぁ?」
「わっはっはっ!おみゃーさん、相変わらず酷いこと言う娘だらぁ!」
うーん、この2人どうみても、お似合いだなぁ。これだけ息がぴったりなら、370年差など超えて、一緒になればいいのではないかと思うのだが。
「ところで聖人様とサンドラ准尉、お二人は揃って、どこに行くんですか?」
「決まっとるがね、ここの一階にあるファミレスで、娘ら集めて喋るんよ。」
「はぁ?聖人様、まさかそんな身体で、何か食べるんですか?」
「いんや、飲みもん飲むくらいしかできにゃあでよ」
「あの、水分を取り込むのはあまり、身体に良くないのではないかと。身体が腐敗して、今度こそ本当に死んでしまいますよ」
「なあに、別に構わにゃあでよ。つまらぬ人生を生き長らえるより、明るく限りある命を謳歌した方がええに決まっとるがね。おみゃーさんらも、人生楽しまにゃいかんでよ」
そう言いながら電動車椅子の上の聖人は、サンドラ准尉と共にフロアの奥へと去っていった。
「なんだ、聖人様も随分とこの街で、エンジョイしてるね」
「そうか、ルイスはああいう聖人様を見るのは初めてか」
「電動車椅子で移動している姿なら何度も見かけたけど、まさかサンドラ准尉を侍らせていたとはねぇ……」
あの組み合わせに驚くのは当然だ。なにせ、ゾンビと軍人だ。施術師と軍人よりも、違和感ばりばりのコンビだ。
さて、私とルイスはそのまま、いつものようにフードコートに行き、そこで私はいつものようにズコットをいただく。そして映画館に出向き、新しいゾンビ映画でもやっていないか、確認する。が……このジャンルはあまり人気がないのか、ゾンビ映画の新作というのはなかなか出てこない。戦艦ビーフジャーキーで見たあの映画がまだ、最新作だ。
仕方なく私とルイスは、そのままある場所へと向かう。
そこは、いわゆる「癒し」の店だ。プロジェクションマッピングを使い、あたかもその場所にいるかのような感覚が味わえるという施設だ。
にしてもだ。この男、こういうところが本当に好きだな。今日の風景は、草原だ。地平線の向こうまで、ずっと広がる草むら。そう、ただ草が広がるだけの場所だ。下は、ふんわりとしたクッションが敷かれており、頭には枕が置かれている。が、マッピング処理によって、そこも草が生えているように見えるため、あたかも広い草原の上にいるような感覚を覚える。暖かい風がそよそよと吹きこみ、私の髪がなびくのを感じる。
横では、頭の下に腕を組み、笑みを浮かべたまま仰向けで寝そべるルイスがいる。昨日の夜とは違い、いつも通りのルイスだ。
それにしても、こんなところでただ寝そべるだけのことが、どうして嬉しいのだろうか?
宿舎では、他の士官らの奥さんらともよく会う。6636号艦の乗員ともすれ違うことは多い。だが彼らの多くが抱くルイスの印象は、どちらかと言えば活動的な人物、と言ったところだ。
乗員らの前では、ルイスはごく普通の士官として振る舞っている。砲撃訓練でも、部下の指導に精力的に取り組んでいるという。とても私には、想像できない姿だ。
砲撃戦闘での命中率の高さで勲章まで受け、しかも異例の昇進を果たすことになったルイス。つい先日、大尉に昇進したばかりだが、来週には砲撃手としては初めて少佐になることが確定している。おかげで他の奥さんからも、よく言われる。良い夫を持って、羨ましいものだ、と。
だが、彼らは知らない。
こいつはどちらかというと、岩に生えた苔のような生活こそが理想なのだ。昇進などには、まるで興味がない。今、この擬似的な草むらの上で恍惚とした表情で寝そべっているが、軍で戦果をあげることよりも、ここにいる方がこやつにとって望ましいのだ。
そのギャップに、私は時々、可笑しくなる。どうしてルイスという男は、これほどまで極端なのだろうか……
すると、脇でのんびりと天井を眺めていたルイスが、ムクッと起きる。そして私の方に振り向き、嬉しそうに言った。
「あ、笑った」
私は、慌てて返す。
「わ、笑ってなどいない!」
「そんなことないよ。今、確かに笑った」
「そんなことはないぞ。だいたいお前は今、上を向いていたじゃないか。どうして私の顔が見えるというのか?」
こいつ、横に目でもついているのだろうか?なんだって今、私の顔が見えたのだろうか……満面の笑みで、怒る私の顔を見つめるルイス。
これからもこんな感じで、私はこいつにからかわれ続けるのだろうか?
この先10年、20年後も、やっぱりこいつは海辺や森、草むらの上で寝っ転がりたいと願い続けるのだろうか?
そして子供ができ、彼らが一人前になってまた2人きりになり、最期の時を迎えたとして、あちらの世で私とルイスは、一緒に暮らすのだろうか?
そんな先のことは分からないが、今はこうして、からかわれるのも悪くはないな。
そう思いながら私は、手元にあった枕でルイスの顔をぽかぽかと叩いていた。
(完)




