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#17 激戦

『敵艦隊、さらに接近!距離、32万キロ!射程内まで、あと5分!』

『砲撃戦用意!目標ナンバー6788!光学観測、開始!』

「了解、光学観測、開始します!」


 僕は照準器のスイッチを入れる。しばらくすると目の前に、ターゲットスコープと、敵艦の姿が現れた。

 あれが、今日の最初の相手か……当然のことだが、あそこに乗る人々のことを、僕は知らない。だが、このところ僕は艦隊戦で、確実に一隻以上は沈めている。ということはだ、あの船に乗る人達はほぼ間違いなく、戦闘が終わる頃にはすでにこの世にはいないことになる。

 別に、彼らにこれといって恨みがあるわけではない。だが、僕はそんな相手を倒さねばならない。それは相手とて同じだ。

 この宇宙には、900ほどの人の住む星が見つかっており、それらの星は、我々の属する宇宙統一連合と、銀河解放連盟という2つのいずれかの陣営に属し、かれこれ200年余りも互いの陣営の星を敵視し、争い続けている。その戦いの連鎖が終わる気配は、まったくない。

 争いのきっかけはいろいろとあったようだが、それはもう200年以上も前に起きた、しかも別の星での出来事だ。僕らが直接、何かされたというわけではない。しかし僕らはただ陣営が違うというだけで相手を恨み、こうして戦いを続けている。


 今、ターゲットスコープに映っているあの船に乗る人々もきっと、海辺や森林でウイスキー片手に、のんびり過ごしたいと思っているに違いない。ここで僕が彼らの元に行って、10年物のモルトを片手に現れ彼らにそれを振る舞ったならば、きっと僕は大歓迎されることだろう。だがもちろん、今は互いに砲を向け合う者同士。そんなほのぼのとした雰囲気など、到底望めない。


『敵艦隊まで、31万キロを切りました!射程内まで、あと1分!』

『司令部より入電!主砲、装填開始!合図と同時に、一斉砲撃!繰り返す、主砲装填開始、合図と同時に一斉砲撃!以上!』


 まったく、何が一斉砲撃だ。こちらがタイミングを決められなければ、当たるものも当たらないじゃないか。斉射により、敵の戦意をすぐのが狙いの作戦だが、当たりもしない斉射を、しかも初弾だけやったところで、どれほどの影響があろうか?だが、命令は命令だ。僕は装填レバーを引き、主砲にエネルギーを装填する。


 だめだな、集中できない……こんなやる気のない砲撃に、集中しろというのが無理な話だ。ボーッと照準器を眺めながら、僕はその合図とやらを待つ。やがて、艦内放送が入る。


『主砲斉射!撃ちーかた始め!』


 それを聞いた瞬間、僕は引き金を引く。ドドーンという砲撃音が、鳴り響く。横のモニターをチラリと見ると、ほぼ同時に他の艦も斉射を始める。

 だが、今の一撃が当たるわけがない。まったく手応えを感じない。あれで当たる敵がいたら、よほどのドジか、運が悪いとしか言いようがないだろうな。


『外れ!右270、下300!』


 やれやれ、なんだこの数値は?聞いたことがないほどの外れっぷりだ。これだから僕は、斉射という行為が大嫌いなんだ。頼むから、最初からこちらのタイミングで撃たせてくれ。

 しかし2発目以降からは各艦の判断で撃てるようになる。1発目を無駄にしたからには、2発目は無駄にはできない。僕は、集中する。


 ……ここは、草原だ。どこまでも、緑の大地が続く、広い広い草原。暖かな風が僕の頬をそっと撫でる……


 ピーッと、装填完了を知らせる警報音が鳴る。それを聞いた僕は、引き金を引く。落雷10発分と言われる砲撃音が、艦内に鳴り響く。照準器の画面は、真っ白に変わる。

 さっき無駄弾を撃った分を取り戻すべく、放った一撃だ。手応えは、十分だ。まだ目の前は真っ白のままだが、艦橋から砲撃の結果が知らされる。


『命中!目標ナンバー6788、消滅!』


 事実上、初弾命中だ。やはり今日も調子がいい。だから斉射などやらず、最初から任せてくれればよかったのに……僕はそう思いながら、次の目標に照準を合わせる。

 この調子で僕は、しばらく砲撃を続ける。敵ももちろん、こちらを狙って死にもの狂いで撃ってくる。100人単位の命のやりとり、だが照準器に向かう僕にとっては、それはまるでゲームの中の出来事のようだ。


 ここはいつもの3色星域。その星域では今、両軍それぞれ1万隻の艦隊が向かい合い、撃ち合う。この星域が争いの種になっているのは、わけがある。


 ブラックホールをはじめ、中性子星、白色矮星など、重質量天体のそばには、数多くのワームホール帯が存在する。

 ワームホール帯とはすなわち、ワープの際に使うトンネルだ。これがたくさんあるということは、それだけ様々な星とつながっているということになる。

 この宇宙の交流は、交易によって支えられている。争いを続けるにも、生活を維持するにも、星の間を行き交う交易船が運ぶ膨大な物資により担保される。それゆえに、交易船の航路を決めるワームホール帯は、互いの陣営にとっては生命線である。

 交易による利益を維持するためには、少しでも多くのワームホール帯のある星域を自身の勢力下におかなければならない。その勢力争いのために、我々のような遠征艦隊が存在する。

 だから、ワームホール帯の集中する場所は当然、連合と連盟の両者が常に主導権を争う場所となっている。


 この3色星域も、そのワームホール帯が集中する場所の一つだ。この星域には7千光年先までつながる超長距離ワープポイントも存在しており、軍事的、商業的に重要な星域とでもある。そしてこの3色星域は今、我々、連合が主導権を握っている。そしてその主導権を奪取すべく、連盟の奴らがたびたび押し寄せてくる。このため、この星域では争いが絶えない。


 すでにこの1年で、4度の艦隊戦を経験している。そして今回が5度目。1年と少しの間に、5度の艦隊決戦。これは、いくらなんでも異常だ。

 あーあ、いい加減、連盟の奴らも諦めればいいのに、どうしてこの星域に拘るのだろうか?だいたいここは長いこと連合の勢力下だった。それが地球(アース)882が発見された途端、連盟の奴らが目をつけてきた。おかげでこの1年の間、不毛な戦いが続いている。


 そんな不満をぶつけるが如く、僕は連盟艦艇に向けて砲撃を続ける。今日は絶好調だ。開始から1時間で、僕は3隻の駆逐艦を撃沈した。この時点で前回と同じ戦果だ。

 あとは適当に砲撃をして、死なない程度に頑張れば良い……そう思っていたが、ここにきて僕の絶好調さが、仇になってしまった。

 突然、砲撃がままならない状況に陥る。敵艦からの砲撃が立て続けに襲いかかり、バリアを解除できない。これまで4度の艦隊戦を経験しているが、これほどの集中砲火を受けた経験はない。一体、どうしたというのか?


 そこに突如、艦橋から悲鳴のような放送が入る。


『な、ナンバー6781から6785までの5隻が、当艦に砲火を集中!明らかに我々は、狙われています!』


 これを聞いた瞬間、僕は察した。しまった……調子に乗っていたら、マークされてしまった。


 この艦隊で毎回、複数の艦を撃沈する艦艇があることは、彼らもすでに承知していることだろう。この1年で4度もやりあっている。だから立て続けに3隻も沈めた我が艦に狙いを定め、集中攻撃してきたと考えられる。

 たった1隻に、5隻の砲火が集中する。これではいくら僕でも狙い撃ちできない。バリアを解除するタイミングがつかめないため、砲撃ができないのだ。僕は横にいる操舵手のアレン少尉に向かって叫ぶ。


「アレン少尉!思い切り下に移動!」


 一時的に敵の照準を崩すため、大きく移動することにする。サブモーターを思い切り吹かし、6636号艦はあの5隻の視界から抜け出す。ようやくバリアを解除できたこの艦で、主砲を放つ。虚空の空に吸い込まれていく、一筋のビーム。

 だがすぐに、あの5隻はこちらに狙いを合わせてくる。再びバリアが解除できない状態に陥る。このままでは、この艦が沈むまで、延々と彼らは狙い撃ちし続けることだろう。


 どうするか……僕はすっかり、怖気ついてしまった。これまで4度の艦隊戦を経験したが、命の危機を感じたのはこれが初めてだ。かといって、あの5隻を全て沈めない限り、この艦は生き残れない。しかしいくら僕でも、一度に5隻を沈めた経験はない。


 万事休す、か……


 その時僕は、突然思いつく。


「バリアを展開!これより、3バルブ砲撃を行います!」


 僕は、決断する。通常の3倍の威力の砲撃を、あの5隻の内の1隻に加えることにした。1隻でも沈めば彼らの戦意が下がり、生き残る確率が上がるかもしれない。僕のこの決断に、砲撃長はうなずき、了承してくれた。

 3倍もの威力の砲撃ならば、たとえ相手がバリアを展開していても、そのバリアをも貫通して撃沈することができる。一撃必殺の砲撃。だがこの砲撃、威力は3倍だが、装填時間は9倍、すなわち、通常砲撃なら9秒で装填できるところが、81秒もかかってしまう。

 長時間かけて装填した主砲でも、外してしまえば何の意味もない。つまり、これまで以上に集中する必要がある。これを5隻のマークを交わしながら行う。かつてない困難な戦術を、僕は選択する。


 これも、生き残るためだ。生き残って、カチェリーナの元に帰りたい。そして僕は彼女と、のんびり過ごすんだ……


 主砲の出力ダイヤルを3に合わせて、装填レバーを引く。ついに3バルブ砲撃の装填が開始した。これから約80秒間、ただただ敵の攻撃に耐えるだけの時間が続く。

 この時、僕の脳裏にはカチェリーナの顔が浮かんだ。あの銀色の長い髪、赤と青の目を持ち、胸の小さな我が妻の顔が、なぜか僕の中に思い浮かぶ。いつもならば、海辺や森、草原や片田舎の風景が思い浮かぶはずの僕の心の中は今、カチェリーナでいっぱいだ。

 ああ、そうだ、僕が今、生きたいと思えるのは、カチェリーナがいるからだ。改めて僕は、カチェリーナの存在の大きさに気づく。そういえば、彼女と出会ってからこの1年余りの間に、彼女も随分と感情が増えた。頬を赤くしたり、嫉妬してムキになったりと、出会った直後には考えられないほど表情が豊かになった。そして、本当に時々だが、笑うこともある。

 そして僕は、彼女と訪れた戦艦ビーフジャーキーの、3度目の街訪問での出来事を思い出す……


 ◇◇◇◇


 カチェリーナのやつ、またゾンビ映画を見たいとねだってきた。それで僕はまた、ステーキ味のポップコーンを食べながら、あの緑色の集団が襲いかかるだけの、気色の悪い映画を鑑賞する羽目になる。

 映画が終わり、近くのカフェに入る。彼女がズコットと呼ぶスポンジケーキを食べながら、先ほどの映画を振り返っていた。


「やはりあの映画はすごい。あんなゾンビ、見たことがないぞ。だいたい、ゾンビマスターというやつは……」


 もう3度目だから、彼女のこの反応には慣れつつあった。しかしだ、彼女は毎回あの映画を見ると、普通の人では抱かない感想を述べる。あれは一応、ホラー映画なのだから、本来は感動するような作品ではないのだけれどなぁ……


「あのさあ、カチェリーナ。あれのどこが素晴らしいと感じるんだい?」

「何をいうか、私は施術師、ゾンビを生み出す者だ。ゾンビを生み出す大変さは心得ているが、あの映画ではゾンビマスターというやつが、いとも簡単にゾンビを生み出しているではないか。なればこそ、素晴らしさのだ」

「へぇ……そうなんだ……」


 この時の僕は、施術師という職業をあまりよく理解していなかった頃だ。僕が彼女の施術を見たのは、最初に出会った戦場でのこと。それからずっと艦内暮らしが続いており、当然、施術などする機会もない。だから僕は、彼女が亡骸に手を触れて魂を呼び出し、ゾンビとして復活させることができる施術師だと言われても、あまりピンときていなかった。

 だから僕は、ついこう言ってしまう。


「施術師ってのは、そんなに大変なのかなぁ……」


 これを聞いたカチェリーナは、途端にキレてしまった。バンッとフォークを叩きつけるようにテーブルの上に置くと、無言で立ち上がり、そのまま店を飛び出す。


「あっ!ちょっと、カチェリーナ!?」


 大慌てで、僕はカチェリーナを追う。だがカチェリーナのやつ、あっというまに人混みに紛れて、いなくなってしまった。

 ああ、まずい……このままでは、駆逐艦に戻れないかもしれない。それはいくらなんでもまずい。僕は慌てて、彼女を探し始める。

 だが、どこにも彼女の姿が見当たらない、それから2時間ほどかけて映画館やカフェ、雑貨屋に本屋など、彼女が行きそうなところを一通り回ったが、どうしても見つからない。

 が、よく考えたらカチェリーナは、電子マネーを持っていない。お金がないから当然、買い物などできない。ということは、店に立ち寄るはずもない。となると、行ける場所は限られてくる。そう考えた僕は、第4層目にある場所へと向かう。


 思った通りだった。その場所に、彼女はいた。

 そこは、この街に唯一作られた公園だった。ここは唯一、お金がなくてもいられる場所だ。お金がなければ当然、ここに立ち寄るしかない。カチェリーナは公園の奥の、人気のない場所のベンチの上で、うつむいて座っていた。


 僕は、彼女を刺激しないようにそっと近づく。公園にはハナミズキの木々がたくさん植えられており、白く小さな花を一斉に広げていた。が、僕の気配を察したカチェリーナは、冷たい目でこちらを睨みつける。あの赤目が、いつになく鋭い。そして立ち上がって、またどこかに行こうとしている。


「あ……ちょっと、カチェリーナ。さっきはごめん……その、なんていうか」


 だが、カチェリーナは口を開こうとしない。ただ僕を、軽蔑したような眼差しで睨み付ける。そこで僕は、彼女に尋ねる。


「あのさ、カチェリーナ。僕は施術師という仕事のことを知らない。だからさっき、僕は酷いことを言ったという自覚がないんだ」


 そこまで言ったところで、彼女は突如、叫ぶ。


「ならばなぜ、施術師のことをああも軽々しく言ってくれたのだ!?」


 ああ、やっぱりあの言葉に反応していたんだ。僕は彼女に何かを言おうとしたが、彼女は続ける。


「私には、施術師になるしか道はなかった。生まれつき施術の技を持つ者として、私はおそらく両親から嫌われ、教会に置き去りにされて孤児となった。それ以来、私は世間から疎まれながらも、施術師として生きるしかなかった」


 施術師という職業が、世間からどう思われているかなど、それまで知る由もなかった。だがこの時、この職種が世間的に後ろめたいものであるということを、僕はいやというほど知ることになる。

 言われてみれば施術師とは、人の死骸に触れて生き返らせるわけだ。ゾンビを作りし者、これに穢れのようなものを感じるのが当然だろう。ここでようやく僕は、カチェリーナの抱える闇に触れたような気がした。


「ねえ、カチェリーナ」

「なんだ」

「僕にはその、施術師というものがどう思われているかは分からない。だけど施術師ってつまり、人を生き返らせることができる仕事なんだろう?」

「そうだ。それゆえに私は、疎まれている」

「でも、変だよねぇ」

「何がだ」

「だってさ、人を生き返らせるんだよ?賞賛こそされても、嫌われる理由がないじゃないか。人を殺すのならともかく、その逆で人を生き返らせるんだから、よく考えてみればこれは、とても素晴らしい職業じゃないかと思うんだけど」

「そんなことを、人殺しを生業(なりわい)にする奴に言われても……」


 カチェリーナは思わずそう言うと、すぐに口をつぐむ。


「いや、すまない。私も今、言い過ぎた。撤回する」

「いいよ、わざわざ撤回なんてしなくても。それは僕自身、自覚していることだし」


 そこで2人は黙り込む。なんだか、かえって気まずい雰囲気になってしまった。僕は、どうにかその場を切り抜ける手段を考える。そして僕は、急にあることを思い立つ。


「ねえ、カチェリーナ」

「なんだ?」

「僕達、結婚して夫婦になったら、どうかな?」

「はぁ!?」


 僕のこの提案に、唖然とするカチェリーナ。


「おい、今の言葉の意味を、ちゃんと理解して言っているのか?」

「当然だよ。夫婦というのはつまり、男女がつがいとなって一つ屋根の下で……」

「馬鹿か、そういうことじゃない!施術師を妻にしたいなどと、本気で言っているのかと聞いている!」

「えっ!?まさか施術師って、結婚しちゃいけないの!?」

「いや別に、そういうわけではないのだが……」

「だったらいいじゃないか。ねえ、僕ら結婚して、夫婦になろうよ」

「あのなぁ……そんな大事なこと、唐突に言われても困るのだが」

「そうなの?でもさ、僕達は最近、結構いい感じの仲になってきたしさ。ほら、こうやって戦艦に来るたびに、僕らデートしてるわけだし」

「そ、それはそうだが……」


 あまり感情を表現するのが得意とは言いがたいカチェリーナが、珍しく顔を真っ赤にしてあたふたしている。そんな彼女を見るのは初めてだった。だから僕はつい、グイグイと攻めてしまった。


「お前は、この艦隊でも賞賛されている凄腕の砲撃手(ガンナー)。それに引き換え、私は世間から忌み嫌われている施術師だ。とても釣り合う関係ではないだろうが」

「そうかな、真逆な者同士こそ、一緒になればちょうど補い合って、いい感じになると思うけどなぁ」

「な……!」


 カチェリーナの機嫌を直すつもりで放ったこの一言が、思わぬ方向に動く。


「おい、ルイス……本気でそう、思っているのか?」


 そう応えるカチェリーナを見た瞬間、僕はドキッとする。頬を赤くして僕の方を見上げるその顔が、僕の心の琴線(きんせん)に触れてしまう。


 別に、冗談で夫婦になりたいと言ったつもりはない。だがおそらく、こんな顔をするカチェリーナを見るまで、僕はどこか本気ではなかった。しかしこの時、僕の中で何かが弾けた。


 僕はカチェリーナの肩を握り、そっと抱き寄せる。幸いこのベンチの周辺には、誰もいない。

 突然、僕に抱き寄せられて戸惑うカチェリーナ。肩が少し、震えている。


「もちろん、僕は本気だよ」


 そして僕は、彼女の頬に右手を当てる。その手でそっと、顔を寄せる。そのまま僕はカチェリーナの唇に、僕の唇を重ねた。


 しばらくして、顔を離すと、カチェリーナが意外な表情をしていた。

 笑顔だ。うっすらと、笑みを浮かべている。それは僕が初めて見た、カチェリーナの笑顔だった。


 仲直りをするつもりが、どさくさに紛れて僕は、プロポーズしてしまった。だけど僕はもちろんこの時のことを、後悔などしていない。あの笑顔を見た瞬間、僕にとってあれが、今までで人生で最高の瞬間だった。


 ◇◇◇◇


 ピーッという、装填完了の警告音が鳴り響く。と同時に、敵のビームが我が艦のバリアをかすめる。艦内には、ギギギギッと不快な音が響き渡っている。

 その音が鳴り止むと同時に、僕は叫ぶ。


「バリア解除!」


 そして僕は、引き金を引いた。


 今日一番の手応えだ。こいつは当たる、絶対に当たる。3倍の攻撃力を持つビームがこの艦の先端から放たれ、強烈な砲撃音と衝撃が、この砲撃管制室を襲う。雷20倍の音と言ったら良いか、それに加えて、物凄い振動がシートがビリビリと伝わってくる。ビームの光により、照準器は真っ白で何も見えない。が、すぐに艦橋から、この砲撃の成果が伝えられる。


『ナンバー6782、消滅!加えて6781、大破!』


 この報告に僕は一瞬、耳を疑った。たった一撃で、2隻の艦に当ててしまった。未だかつてこんな戦果は、聞いたことがない。僕は心の中で、ガッツポーズをする。

 が、依然として残りの3隻が狙い撃ちを続けている。まだ僕らは、危機を脱したわけではない。しかしこの時、僕は確信した。今回も生き残れる、と。


 それから僕は、通常砲撃でその3隻に対処する。そして集中砲撃でこの艦を沈めようと試みるその3隻の敵艦を、次々に撃破していく。

 僕はいつも、砲撃のたびにのんびりとした風景を思い浮かべて集中する。だがこの時、僕の脳裏に浮かんでいたのは、森や海岸ではない。

 そう、あの時見た、カチェリーナの笑顔。そして、ベッドの上で恥じらう彼女の姿。それを思い浮かべるたびに僕はいつになく集中し、その度に敵艦は消滅していく。

 カチェリーナは、僕の生きる希望だ。その希望の前に、勝てるやつなどいない。そしてその思いは僕に、かつてない戦果をもたらした。


「お疲れ様です、大尉殿!」


 戦闘が終わって、すでに3時間ほどが経過していた。この短い時間のうちに、僕は「大尉」ということになっていた。


 終わってみれば、一度の戦闘で9隻を沈めた砲撃手(ガンナー)となっていた。その戦果を讃え、戦闘前に遡り「大尉」ということにされていた。正式な辞令は、帝都宇宙港にある司令部で受け取ることになっているが、呼称上はもう大尉だ。

 が、昇進を喜んでいる気分にはなれない。あの戦闘で、集中力を使い切ってしまった。今の僕は、抜け殻のようだ。ボーッと展望室の椅子に座って、オレンジジュースをすすっている。


「良かったですね、これで給料も上がって、カチェリーナちゃんも少しはいい暮らしができますよね」


 相変わらず、遠慮のない発言をするのは、主計科で自称コミュ力が高いサンドラ准尉だ。だが僕は特に何も応えず、ただサンドラ准尉に軽く手を振る。それを見た彼女は、そそくさとその場を去っていく。


 展望室にある小さな丸い窓から、外を眺める。そこに見えるのは、赤く頼りない星。この3色星域で、最も小さな星だ。だが、あれはカチェリーナの右眼を暴走させる、魔性の星でもある。

 そんな赤い星を眺めながら、僕は思った。


 ああ、今回もなんとか生き残ることができた。これでカチェリーナの元に帰れる、と。

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